Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

7.

ゴールデンウィークも明けた。ある日は誰かさんに怒鳴られたり、ある日は数年ぶりに姉が帰ってきたりなど、なんだか色々あった気がする。楽しいこともあれば、辛いこともあったりと、なんだかんだ充実した連休だったと思う。
西村は昨夜、そんな北海道から帰ってきた姉に、相談を持ち掛けた。
昨夜―――。
「っていう訳なんだけど・・・」
「ふぅん。そっかぁ、陽子も大変だねぇ」
姉の葉月は、相談後に飲むと持ってきた缶ビールのふちを、クルクルと撫でている。その仕草はいかにも、早く飲ませろと言っていた。
「その子きっと、昔に何かあったんだろうねぇ。僕だって何か嫌なことがあったら、急に手を出されても掴みたくないよ」
「そう、だよね・・・」
「確かに陽子の気持ちも分かるよ。でも、『頑張ろう』って責め立てるのは、陽子の自分勝手じゃないかな。その子はその子なりに、今の自分でいいって思ってたらそれでいいのかもしれないよ」
「で、でもっ!絶対今のままじゃあ苦しいままだと思う。誰だって、嫌な噂をされっぱなしじゃ嫌だよ」
「ふぅむ・・・」
葉月は口元に親指を添えて唸ると、次にこう話し始めた。
「僕の向こうの友達にね。親と仲が悪くて、高校卒業して以来家を出て、一度も話してない男の飲み友達がいたんだ」
「えぇ!?それは、お父さんとお母さんが悲しむよ・・・」
「ほら、そういうところ」
「へ・・・?」
「陽子はね。すぐになんでもかんでも、その人が可哀想って思ったら、首を突っ込むでしょ。確かにそれで、救われる人も少なくないかもしれないよ。でも、中にはそんな気持ちの中に、首を突っ込まれたくない人だって大勢いるんだ。その男の人は僕が説得しても、一切気持ちを変えることはなかった。きっと、今でも実家に帰ってないと思う」
彼女は机に頬杖をついた。考え込む西村を見つめると、一つふぅっとため息を吐く。
「確かに陽子は昔から、自分が『助けたい』って思ったら突っ走っちゃうクセがあるからね。確かにいいことかもしれないけど、時には諦めも肝心って言うだろ?人はそれぞれに、全ての人が全ての問題を解決できる訳じゃない。自分にはどの人のどんな問題が解決できるのか、その問題に対してどう手助けができるのか。それをちゃんと、見極められるようにならないと。・・・まぁでも、その陽子の『助けたい』って気持ちは良い事だと思うよ。世の中には、他人なんてどうでもいい、自分が一番可愛いんだ。なんて考えてる人のほうが圧倒的に多いからね。その気持ちを持っているだけでも、素晴らしいと思うな」
「そうかな・・・」
「そうだよ。例えいい方向に事が進まなくても、落ち込まなくていいと思うよ」
「そっか・・・。うん、ありがと・・・」
彼女はニカッと微笑むと、いよいよと缶ビールを開けようとした。だが、缶を開けようとした瞬間に彼女の手の動作が止まる。何事かと彼女を見ると、何やら上の空でボーっと考えているようだった。
「・・・そうだ。一つ聞いていい?」
「何?」
「陽子はその子のこと、嫌いなんだよね?」
「え?そりゃあもちろん!あんな奴、好きでも何でもないよ!」
「ふぅん。じゃあさ。何で助けたいと思ったの?」
「・・・えっ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。葉月はそんな様子の西村を見て、何やら嬉しそうにしている。
「だって、嫌いだったらそこまでして助けなくていいじゃん。それとも、本当の偽善者だったりして」
「そ、そんな事!・・・でも、何で私あいつのこと助けたいんだろう・・・」
「・・・好きだったりしてね」
「にゃあっ!?すすす好き!?」
唐突に噛んでしまった。彼女の言葉を聞いてドキリとする。何故だ?こんなに、こんなにも気持ちでは嫌いなはずなのに、彼女に言われた途端に胸がざわつき始めた。この感覚は・・・小学生の時に彼へ抱いた時と似ている。
「ないない!!ないないないない!!絶対にない!!」
全力でその気持ちを否定する。だが、ますます楽しくなったのか、葉月はニヤニヤと笑っている。
「嘘ぉ?でもだって、確か陽子の好みのタイプは昔『静かで優しい人』とか言ってたよ?そのまんまじゃない?」
「それは昔好きだった子のタイプで・・・!」
「はは、何もそんなに言わなくてもさ。いくら言葉で言ってたって、結局は陽子の心次第だし。それはいいんじゃない?それはそうと、その件にしたって、ちゃんと謝ればいいと思うし。本だって借りてるんでしょ?ちゃんと返す時に、話すチャンスがあるじゃん。その時にまた、好きなのかを自分に確認してみるんだよ」
「自分に確認・・・」
「よっし!良い事言ったよ僕!じゃあ、いっただきまーす!」
そう言うと葉月は、勝手に話を終わらせて、缶ビールの蓋を開けた。もうここまで行ったら止められない。諦めよう。
―私が、あいつの事を・・・好き?
テーブルを見つめながら、もう一度自分に問いかける。だが、やっぱり信じられなくて、本当の答えは見当たらなかった。
そうして今、次の日の朝を迎えた。彼はまだ、学校へは来ていない。西村は自分の席に座ると、黒板を一人でボーっと見つめた。
―私があいつを好き・・・。
彼女に言われた言葉が頭の中をグルグルと回っている。離したくても、払いたくても、その考えはどうにも抜けない。いつまでたっても消えてくれないその念に苦しんでいると、突然自分の脇の下を何かが通った。
「よーこ!」
「ふぁあ!?」
「おぉ、今日もまたいいモノを持ってますなぁ」
「ちょ、バカ!やめなさいよ!!」
唐突に後ろから、何者かに胸を触られた。思わずその手を振り払う。もちろんこんな事は誰がやる訳でもなく、犯人は刹那に悟った。
「へへ、だって陽子。また前みたいにボーっとしてるんだもん。また何か悩み事?」
その犯人である香苗は、隣の健二の席に座ると、心配そうに微笑んだ。
「そんな事ない!だいたい、突然後ろから掴むってどういうことよ!?」
「ああ、ごめん!ごめんて!まさかそんなに怒るとは・・・」
「はぁ・・・まぁいいよそれは。香苗だし」
「んん!?それはどういうことだい?」
「なんでもない!」
「むぅ・・・で?結局悩み事あるんでしょ?」
彼女は机に頬杖をついてこちらを向いている。一瞬話そうとも思ったものの、どう説明したらいいのかが分からずに、西村は口を閉ざしてしまった。
「・・・裕人君と心奈の事?」
「え?」
「あぁ、陽子。前裕人君の事好きだったんだもんねぇ。迷うのは無理ないよ。でも、あの二人はもう出来上がっちゃってるし、仕方ないと思うよ。確かに諦めたくないかもしれないけど、そこは我慢我慢!また新しい男を探さないとね」
「え、あ、うん・・・」
「ま、陽子はいい子だし、頑張ればすぐに彼氏くらいできるよ。私とは違ってね・・・!」
どうやら、先程の言葉を根に持っているらしい。それでも一人で勘違いをしてくれたらしく、勝手に話を完結させては、自分の席へと向かっていった。運がいいのか悪いのか分からないが、一先ずよしとしておこう。
「あっ・・・」
そんな彼女を見送っていると、このタイミングかとツッコみたくなるくらいの絶妙なタイミングで、大嫌いなはずの彼が教室へ姿を現した。相変わらず、眼鏡面の不愛想な顔つきである。
「お、おはよう」
彼へ何気なく挨拶をする。彼は一瞬こちらを見たが、それを無視して西村の隣に座った。
―な、何よ!いくら話したくなくても、挨拶くらいはしなさいよ!
やっぱりこいつ大嫌いだ!!
「・・・あ、あのさ。これ、借りてた一巻。ありがと」
「ん」
西村はカバンの中から、借りてた本を出して彼に手渡した。彼は短く返事をすると、それを机の中へと仕舞った。
「・・・この間は、ごめん。急に頑張ろうとか言って、手なんか差し出しちゃって。急に出されたら、誰だって嫌だよね。それも、好きでもない子に出されたら尚更」
彼はカバンの中から本を一冊取り出すと、西村の言葉を聞いていないのか、聞く耳を持たない様子で読書をし始めた。少し腹は立ったものの、西村はそれでも話を続ける。
「でもね。もしあなたが困ってるなら、ちょっとでも力になりたいと思ってる。それは、本当だよ?確かにあんたなんか大嫌いで憎たらしくて、ちっとも好きじゃないけどさ。でも、困ってたらお互いさまでしょ?だからさ、私でよかったら・・・話、聞くよ?」
「・・・相変わらず偽善者面は続けるんだな」
彼は本を向く視線を変えないまま、そんな言葉を口にした。どうやら彼はこんな様子でも、ちゃんと話は聞いているらしい。それが分かると、無視はされていないんだと、少しだけ嬉しかった。
「偽善者・・・か。そうだね。じゃあ私は、偽善者でもいいよ」
「・・・は?」
彼がようやくこちらを向く。西村は小さく微笑むと、言葉をつづけた。
「例えその人が、偽善者でもいいじゃない。その人との関係が、その時間だけもでもいいじゃない。大切なのは、一人でいないこと、だよ」
「・・・お前、何を言ってるんだ?」
「だってそうでしょ?前に、友達探しを手伝ってもらうまで気にも留めてなかったけどさ。あなた、いっつも一人で行動してる。きっと何かあったのかもしれないけど。でも、一人じゃきっと寂しいよ。みんなと、いや。二人でいたほうが、きっと楽しいと思う。だからさ、こんな私でよかったら・・・少しくらいは、一緒にいてあげても・・・いいよ」
―・・・はぁ。仕方ないなぁ、もう。
どうやら、昨夜の彼女の言葉は本当らしい。いつの間にか自分は、彼を心の底から救いたいと思ってしまっている。これはもう、どう抗おうと変えられない事実だ。こうなってしまっては、どうにも変えられない。ここは、新しい道が開けたとして、喜んでおくべきなのかもしれない。今の自身の鼓動が、何よりの証拠だった。
彼は相変わらず、不愛想な表情でこちらを見つめていた。すると不意に彼は、フッと一つ微かに笑った・・・気がした。
「お前が何を考えているのかは知らないが・・・。もういい、勝手にしろ」
「お、本当?じゃあ勝手にさせてもらおっと。それじゃあ早速、放課後どうせ暇でしょ?あんたどこか行くの?」
「・・・お前、放課後まで付いてくる気か」
「いいでしょ?それともどこか、連れてってあげようか?」
「断る」
「えー?そんなところは相変わらずだなぁ。っていうかあんた、もう少し笑ったら?そうすれば少しはカッコいいと思うよ?」
「うるさい。人の読書の邪魔をするな」
「あー、はいはい。そうですかー。・・・でも、いつかあんたを心の底から笑わせてやるからね?覚悟しててよ?」
「・・・勝手にしろ」
彼は本へと視線を戻すと、再びいつも通りの彼へと戻ってしまった。
だが、その表情は心成しか、いつもよりも強張り方が緩まったような。そんな気がしていた。
―こうなったら、とことんこいつを笑わせてやる!いつか、絶対!必ず!
そんな不愛想な彼の横顔を見る西村は、つい嬉しくてクスッと笑ってしまった。
―――この目標を果たした時には、きっと・・・。秘める想いを胸に、西村の新たな恋路がスタートした瞬間だった。

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