Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

6.

「行ったぞー、星岩」
「は、はいぃっ!」
二ノ宮が投げたボールが、星岩の方向に飛ぶ。彼はおぼつかない足取りで追い、最終的に・・・頭のてっぺんに落ちた。
「あがっ」
痛そうに頭を抱える彼に、俺は仕方なく立ち寄る。
「あぁ、大丈夫か?」
「あ、あはは・・・なんとか・・・」
「よし、次は止めろよ?」
「は、はいっ!」
彼が元気よく返事をする。
―でも、前よりもだいぶ上手くなったな。ゴールデンウィーク中に、練習でもしたのか?
今日、久しぶりに彼らと会いボールを蹴る。思い違いかもしれないが、前に一度見た彼の初心者な動きとは、明らかに違う気がした。
それでもまぁ、まだまだ動きは初心者で、これからの成長が期待、といったところである。
「あ、ボール取ってきます!」
星岩は、転がっていったボールを取りに、すぐさま走って行った。
「お前!やっと来たのか!?」
「ん」
ふと、背後で石明が何かを叫んだ。何事かと俺が振り向くと、テニスコートの入り口に一人。今の今までずっと待ちくたびれていた人物が立っていた。
「あっ、宇佐美!」
相変わらずのツンツン頭で、どこか気怠そうな俺たちの友人。そして、絶対に欠かせないフットサル部のメンバー、宇佐美悠介が、こちらを見つめながら立っていたのだ。
思わず俺は、彼のそばへと駆け寄る。石明も同様に、俺の後ろを付いて彼へと近づいた。
彼は前に立つ俺たちを見ると、唐突にフッと笑った。
「二人とも・・・フットサル、楽しいか?」
久々に話す彼の第一声は、思わぬ発言だった。その言葉に、俺と宇佐美は共に顔を見合わす。
「そりゃあそうだろ。前まで、三人だけの場所だったのが、今ではこんなにメンバーが増えたし。楽しいに決まってるさ」
石明が、後ろの安村、二ノ宮、星岩を見せる。彼らはこちらを見つめながら、彼の言葉を待っている。
「そうか・・・。俺もそろそろ、フットサルをやりたくなってきたんだ」
「っ!なら!」
「・・・だけどよ」
石明が喜びのあまり、彼の肩を掴もうとしたとき。不意に彼が放った言葉によって、それは果たせずに宙に留まったままになった。
「・・・安村、つったか?」
宇佐美が安村を睨みつける。それを聞いた先生は、「ああ」と答えながら、彼の前まで歩み出た。
「俺はやっぱり、まだあんたを認められねぇ。だからよ、一つ試していいか?」
「・・・何をだい?」
「そうだな・・・おい、そこのキーパー」
宇佐美が二ノ宮を呼ぶ。まさか話の輪に入れられるとは思ってもいなかったのだろうが、彼は体をビクンとさせて驚いた。
「は、はいっ!?」
「今からPK戦だ。この先生のシュートを止めろ。安村。あんたは五回中、三回入れたら勝ちだ。もしあんたが、三回シュートを決められたら・・・俺は大人しく戻ろうと思う」
「お、おい宇佐美!本気で言ってるのか!?」
驚いた様子の石明が、彼の肩を揺さぶる。だが、彼は表情一つ変えずに、彼の手を解いた。
「本気も何も、監督名乗ってんだからそれくらいはできて当然だろ。なんだ、お前ら?心配か?」
宇佐美は俺たちの顔を見て、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
確かに監督なら、それなりにスキルを持っているものだと思う。だが、彼はそれでも初心者だ。まだまだ俺や石明にさえついてきていないし、それだけでも不安になる。
安村は、少しの間考え込む様子を見せると、俺たちにニッと笑ってみせた。
「裕人、真。俺にやらせてくれ」
「で、でも!」
「悠介の言う通りだ。監督はやっぱり、それなりに出来ないといけない。だから、俺はやるよ。満也!お前も大丈夫だな?」
「え、ほ、ホントにやるんですか!?」
「当たり前だろ?ここでやらなかったら、監督として失格だ。俺はやるよ」
彼は、入り口付近に転がっていたボールを手に取ると、二ノ宮の前に立った。
「そうだな。おい、そこのお前。ネットを二枚、キーパーの横に置け」
「は、はい!?わ、分かりました!!」
宇佐美は星岩にも指示すると、彼は二ノ宮の左右にネットを置いた。ゴールエリアを作るためだろう。二ノ宮の背後はフェンスだ。これで、本物のゴールじゃなくとも、大体のゴールエリアは確認できる。
「んじゃ、安村先生。キーパーと相談して、好きな時に蹴ってどうぞ」
宇佐美はそう言うと、腕組して一人、コートの端に行ってしまった。取り残された俺と石明は、ただただその様子を見ているしかなかった。
「いいか、満也。全力で止めてくれ」
ふと、安村が彼に告げた。二ノ宮は、再び驚いたそぶりを見せる。
「な、何言ってるんですか?先生は、ゴールしなきゃいけないんですよ?」
「だからこそだろ?俺だって、全力で満也からゴールを奪おうと思う。だからお前も、全力でゴールを守ってくれ」
「わ・・・分かりました」
「よし、じゃあ行くぞ!」
安村は一呼吸置いてシュートコースを確認すると、二ノ宮に向かってボールを蹴った。
だが、そのボールはゴールを大きく逸れて、左方向へとズレてしまった。
「せ、先生!蹴る時は、ボールをよく見たほうが・・・」
「満也!真剣勝負なんだ!アドバイスはしなくていい!」
「は・・・はい」
安村は、ボールを取ってきた星岩からボールを受け取ると、ゆっくりとそれを地へと置いた。
―先生・・・本当に今のままでシュートを決める気だ。
彼を見て、改めて彼の凄さを思い知る。あの彼の寛大さ。そして、何事も真剣に見ることができる心の強さ。それに立ち向かう勇気。やっぱり彼は・・・凄い。
「ふぅ・・・いくよ!」
再び安村は、ゴールとボールを交互に見ながら、黙々とコースを見極め始める。数秒ほどの動作を終えると、彼は助走をつけてから、思い切りボールをゴールへと蹴った。
「よっ、あ!?」
今度彼が蹴ったボールは、運悪く二ノ宮の予測したコースに飛んでいった。それを二ノ宮がパンチングで防ごうする。だが、そのボールは彼の腕をかすめて、見事ゴールに入ってしまった。
「満也!お前の腕なら、今のシュートは止められたはずだ!躊躇うな!」
見事シュートが成功したにも関わらず、なおも安村は二ノ宮を叱った。対する二ノ宮は、複雑そうに顔を上げて、安村を見つめている。
「そんな事言われても・・・」
「満也・・・。聞いてくれ。確かに俺は悠介に言う通り、監督としてはまだまだだ。初心者だし、経験も昔の体育の時間くらいでしかない。でも、俺はやるからには本気でやりたい!本気でやって、本気で勝ちたい!甘やかされて取った勝利なんて、ちっとも嬉しくなんかないだろ?だから、お前だって本気でやってくれ!・・・頼む!」
「え、ええ!?」
フットサル部のチームメイト四人。全員が思わず驚いた。なんと安村は、二ノ宮に対して頭を下げたのだ。当の本人である二ノ宮は、もうどうしていいか分からずに、あたふたとしている。
「わ・・・分かりましたよ!でも、ホントに手抜きしませんからね!?」
「ああ!頼む!」
安村は嬉しそうにニッと笑うと、星岩からボールを受け取った。
「行くぞ!」
ボールを置いたのもつかの間。彼は思い切り、ボールを蹴った。そのボールを、易々と二ノ宮が取ってみせる。そんな中でも安村は、楽しそうにニコニコと笑っていた。
「流石だな満也!やっぱり、お前はそうでなくちゃ!」
「あ、ありがとうございます!次も取っちゃいますよ!?」
「ああ!その調子で頼む!」
「・・・先生、どうしてあんなに楽しそうなんだ?」
ふと、俺の隣で様子を見ている、石明がぼやいた。
「本気で上手い人とプレイするのが楽しいんじゃないか?そうすることで、自分も全力で戦うを得なくなる。自分の今の限界を確認できるし、どこが弱点なのかも見極められる。よくアニメであるやつだろうよ」
「へぇ・・・まさか、現実にそんな人がいるとはねぇ」
そんな人物は、アニメや漫画の世界だけだと思っていた。だが、今目の前に、そんな憧れの人物がいる。それだけで何だか、不思議な感覚だった。
「よっしっ!」
安村が嬉しそうにガッツポーズを取る。どうやら話している最中に、安村がまたシュートを決めたらしい。これで二対二、五分五分だ。次のシュートで、宇佐美の存続が決まる。
「最後、思い切り行くぞー!」
「はいっ!」
すると彼は、先程までよりも大体三歩ほど、大きく助走の間をつけた。どうやら、高めのシュートを蹴るつもりらしい。だが、本当のフットサルコートならまだしも、テニスコートでそのシュートは大丈夫だろうか?俺は少し、心配だった。
「よーっし!」
彼は思い切りボールに駆け寄ると、思い切り右足を伸ばし・・・まさかのシュートゴロだった(ボールの蹴る位置を間違えて、ボールが飛ばずにそのまま転がっていってしまうことだ。実際にやらかすと恥ずかしいのである)。
「えぇ!?」
どうやら、二ノ宮も予測していなかったらしく、右方向に飛び込んでしまった。ボールはそのまま、寝そべる彼の足横を転がり・・・フェンスに到達した。
「あ、あはは・・・まぁ、偶にあるよね」
シュートゴロを蹴った張本人は、恥ずかしそうに頭を片手で抱えている。
「ぷっ、ははははは!」
ふと、今までずっとテニスコートの端っこで様子を見ていた宇佐美が、面白そうに大きな声で笑った。そのまま安村に向かって歩き始める。
「ったく、最後の最後でカッコ悪ぃなあんた」
「ははは・・・でも、勝負は勝負だ。三本シュート、取ったよ?約束通り、戻ってきてくれるよね?」
「・・・チッ、しょうがねぇなぁ。まぁ暇だったし、戻ってやるよ」
「おぉー!宇佐美!」
後ろで会話を聞いていた石明が、嬉しそうに彼に後ろから抱き着いた。うん、少し気持ち悪い。
「おい、石明てめ!気持ち悪ぃ離せ!」
「いやぁ、やっと戻ってきてくれたかぁ!うんうん!」
「いい加減にしろ・・・!」
もみ合っている二人は放っておき・・・。一方の二ノ宮は、少し悔しそうにこちらへと歩み寄ってきた。
「いやぁ、まさか最後がゴロだとは思いませんでしたよ」
「それは俺もだよ。最後は気持ちよくシュートしようと思ったけど、少し調子に乗ったかなぁ。もっと練習しないとな」
「はは、ですね」
「でも、凄かったですよ二人とも!」
同じくずっと様子を見ていた星岩が、興奮気味に言った。
「そうか?」
「ですよ!先生のシュートも凄かったです!よーし、俺も練習しないと・・・!裕人先輩!またパス練習付き合ってもらっていいですか!」
「ん、いいよ。やるか」
「ありがとうございます!」
「よしよし、じゃあ悠介も加わったことだし!今日からまた、頑張っていこう!」
「おー!」
安村の掛け声とともに、全員が声を合わせた。
初心者に訳ありメンバー。色々ありつつも、段々とまとまってきていると思う。あと一人メンバーは足りないものの、これは夏の大会に期待しても、いいのかもしれない。今までの俺たち三人の夢が、ようやく叶うかもしれないんだ。頑張ろう。
ボールを持って歩く俺は、今までにない快感を覚えながら、彼とパス練習をするために位置に着こうとした。
「あの・・・」
「・・・ん」
ふと、テニスコートの入り口に一人、見慣れない男の顔があった。
何年生だろうか?百七十センチくらいの身長で、虚ろな顔をしている。それはどこか、何かを恨んでいるような・・・そんな気がした。どこか、前までの俺を思い起こさせる、そんな印象だった。
「ここはサッカー部・・・なんですか?」
「ああ、いや。フットサル部だよ」
「フットサル・・・そうか・・・」
そう返事をすると、彼は何やらブツブツと独り言を呟きはじめた。どうやら自分の世界に入ってしまうタイプのようで、こちらを気にせずになにやらずっとぼやいている。
星岩を待たせているのだが、かと言って彼を無視するわけにもいかず、俺は少し苛立ちを覚えていた。
「あの」
「ん?」
「・・・入部希望して、いいですか?」
「・・・は?」
彼は相変わらず、虚ろな表情一つ変えずにこちらを見つめている。
俺はそんな彼に、少し恐怖を覚えた。
―――彼の入部によって、今のこの良い雰囲気が崩れる。何故か、そんな気がした。

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