Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

5.

ゴールデンウィーク最終日。夏樹との練習の日々が続いたせいか、ほとんど休日を遊べずに過ごしてしまった。今日一日だけ、夏樹には休んでいいとの許可を貰ったのだが、そんな日に限ってこの誘いだ。もちろん嫌なわけではなかったが、例えるなら休みたかったというのが三割。そして・・・気まずいというのが七割だ。
「おはよ、中田君」
トートバッグを肩にかけて、水色のセーターに、真っ白な無地のスカートという彼女らしい服装だ。いつもは特に何も感じないのだろうが、最近は夏樹と一緒にいた時間が多かったが為に、なんだか違和感を感じる。
「お、おう。おはよう」
「じゃあ、行こっか」
「そうだな・・・」
いつもと変わらない様子で、彼女はそのまま歩き始めた。その後ろを、中田が付いていく。
―ダメだ、いかんせん気まずさが抜けない。クソ、いつも通りだ。いつも通り。
「で、どこ行くんだ?私の行きたい場所でいいかって言ってたけど」
「うん。いい天気だし、写真撮りに行きたいなぁって。今日は、山のほうまでバスに乗ってこうかなって思ってね」
「そうか。じゃあ、電車で下ってから、そっちでバスに乗ったほうがいいな」
「だね。そうしよう」
中田に賛成すると、彼女はニコッと笑った。
何故だろう。いつもより何か、違う気がする。確証はないが、なんとなくそんな気がした。
二人は駅に着いてから数分程待った後、下り線の電車に乗り込んだ。
「・・・最近部活、どうなの?」
南口が問うた。その顔は、少し俯いている。
「え?ああ。頑張ってるよ。一昨日の練習試合でさ、途中交代で入って、十二点取ったんだ。だいぶ調子が良かったよ」
「へぇ、そうなんだ。凄いね。練習してたの?」
「あ?・・・まぁ、それなりに」
「・・・そっか。頑張ってね、応援してる」
「お、おう・・・」
彼女は小さく微笑むと、再び下を向いてしまった。
―ああ!ったく、どうすりゃいいんだ・・・!
何だか思ったように会話が進まない。これといった話題も思い浮かず、ただただ電車が揺れる音だけが響いた。
無言の時間が数分続いた。お互いに顔を見合わせずに、どこかしら目を背けてしまっている。顔を見ることがなんだか怖くて、居ても立っても居られなかった。
「れ、玲奈」
やっとの思いで、中田は南口の名を呼んだ。彼女は少し驚いた様子で、こちらを振り向いている。
「あ、あのさ。その・・・」
「・・・何?」
「ああ、いや・・・。なんつーか・・・何か、あったか?」
―ああもう!何かあったのは俺だろ・・・何で玲奈に聞いたんだよ・・・。
口に出してから後悔する。この空気が重い原因は、間違いなく中田自身だ。それは当然自覚している。
南口は数秒上の空で考え込むと、ニッと笑った。
「別に何もないよ。どうしたの?そんな事聞いて」
「あ?い、いや・・・なんか、なんとなく元気がないかなぁって気がして・・・」
「そう?私はいつも通りだよ。というか、そういう中田君こそ、疲れてるんじゃない?今日呼ばないほうがよかったかな?」
「あいや!そんなことはないぞ?部活で疲れてようが、玲奈に呼ばれたからには行くしかないからな」
「・・・ふふっ、ありがと」
「あ、ああ・・・!」
彼女は微笑むと、そのまま再び黙り込んでしまった。寧ろ、逆効果だったかもしれない。
―ああ・・・どうすっかなぁ・・・。
頭を抱えながらも、結局電車を降りるまでの間、どちらの口が開かれることは一向に無かった。

―中田君の嫌いなところ・・・か。
高い建物がほとんどない、田んぼと山が広がる風景を眺めながら、南口はふと思った。
今日は単なる彼とのデートが目的じゃない。彼への気持ちの再確認。そして、佐口に言われた事。彼の嫌な部分を、一つでも見つける為だ。
「にしても、五月のくせにあっちぃなぁ。ホントにこれから梅雨になんのか?」
黒のTシャツにジーンズ。シンプルすぎる服装な彼は、Tシャツをわしゃわしゃと暑そうに掴み揺らしていた。
「この辺は山に覆われてるからね。熱がこもってるんだと思うよ。・・・まぁ、そうだとしても、ちょっと暑いかも」
改めて言われると、確かに暑苦しさは感じる。まだ五月だが、下手したら熱中症にも成りかねない可能性もある。
「んで?田舎のほうに来たはいいけどよ。どっちに歩くんだ?」
どっちに歩く。というのは、いい写真が撮れるポイントを探すために、思うがまま歩いて行くのが南口のやり方だ。それを既に、彼は熟知している。
「そうだね。・・・あっちの山のほう、行ってみよっか。案外いい場所があるかも」
「オーケー。じゃあ、行くか」
南口は彼と並んで、共に歩き始めた。
―・・・そういえば、中田君と手を繋いで歩いたこと無いなぁ。いや・・・やっぱり恥ずかしいけど。でも・・・中田君からも、手を出してくれたこと、一回もなかった気がするなぁ。
初心に返って考え直してみると、確かにそうだ。彼は今の今まで、南口をリードはしてくれても、その次への一歩へは足を踏み入れて来ようとしてこなかった。
今までは、彼らしいという考えで完結していた。だが、いざ思い返すとそれは、彼に勇気がないのではないか、という推測もできる。
―璃子ちゃんが言ってたことって、こういうことなのかな・・・。
「っていうか玲奈。カメラは下げておかないのか?」
「・・・え?・・・ああ!忘れてた。出しておかないとね」
唐突に中田に呼びかけられ、思わず南口はトートバッグの中から、更に小さいファスナー式のバッグを取り出した。それを開くと中には、いつも通りバッテリーやらレンズやら、とにかく色々入っている。
「よし。やっぱりこれをかけておかないと、スイッチがオンにならないね!さーて行こう中田君!」
一眼レフカメラのストラップを首にかけると、南口は彼に呼びかけた。自覚はしているのだが、カメラを持つと自分は、少しだけ性格が変わるのだ。なんというか、やる気が出るとでも言えばいいのだろうか。
「お?お、おう!」
南口はそのまま、いい写真が撮れる風景がないか、周りをキョロキョロと見渡し、歩き始めた。

「いいねぇ!この角度・・・いや、あと左五度くらいかな・・・」
南口が何やら、カメラを覗きながらボソボソと呟いている。いつもの事だが、相変わらず自分の世界に入られると困ったものだ。こちらの事を一切気にしなくなる。
ピピッ!と高い音が鳴ると、パシリという音の後、南口がカメラから顔を離した。
「でも、ここいい景色だね。町全体が見渡せて綺麗」
二人はその後、見えていた山の中間地点にまで足を運んだ。上には神社があるらしく、長々と頂上まで、階段が続いている。
「田んぼばっかだけどな」
「そこが良いんだよ。何もなくて、空気も美味しくて。日本って感じがするね」
「ふぅん・・・そうか」
正直、彼女の一つ一つの意味が、中田には理解し難い。考えたり感じるよりも、自ら動く行動派である中田には、写真撮りという趣味がイマイチ分からないのだ。思い出を残すためならまだ理解ができるものの、風景画となってくると管下外だ。
「さて、何枚かいい写真撮れたし。そろそろお昼だね。どうしよっか」
南口が問うた。彼女がカメラの時間を見ながら言った。
「ん、そうだな。どっか、店でも探すか」
「うん、上にも行ってみたいけど、お昼食べてからまた登ろうか」
「りょーかい。じゃ、一回下りるか」
二人は一度、五分程かけて下山した後に、近くにあった蕎麦屋へと入った。中は昔の古家のような雰囲気で、床は石畳でできており、とても落ち着いた雰囲気だった。そんな店の中を、南口が一枚とっさにパシリ。どうやら、気に入ったらしい。
自分たちの地域で有名なのは、けんちん汁ならぬけんちんそばだ。以前テレビ番組でも取り上げられたらしく、他の地域ではあまり有名ではないらしい。美味しいのに、勿体ないと思う。
という訳で二人とも、揃ってけんちんそばを注文した。十分程、適当な雑談を交わしていると、お店のおばさんが二人分、お盆に乗せて持ってきた。目の前に置かれた直後から、汁のいい香りが漂ってくる。これはもう、空腹時には堪らない。
「・・・よしっ。それじゃあ、いただきまーす」
しっかり彼女は写真を収めていた。揃って告げると、一口汁をすする。この、濃い味付けがクセになり飽きない。野菜と豚肉の旨味が、とても染みていている。そばも続けて口に運ぶと、これまた味の詰まった麺が美味しい。
「美味しいね」
ふと、向かいに座る南口がニコニコと笑っている。今日は初めて、彼女のこの笑顔を見た気がする。それだけで、中田は嬉しかった。
「そうだな。部活終わりだったら、何杯でもいけそうだな」
「っ・・・部活・・・」
「・・・ん?」
「あ、ううん!なんでもないよ!」
「そうか?」
ふと、彼女がまた、何かを思い出したように俯いてしまった。
―なんだ?俺、何かマズいこと・・・っ!!
『じゃあそうだなぁ・・・その子が中田君に彼女がいるって事を知ったうえで仲良くしてるとなると・・・これはキッパリ言うしかないね』
その瞬間、前に美帆から言われた助言を思い出した。
―もしかしたら、あいつ・・・玲奈に・・・。
彼女の性格を考えれば、それもきっとやりかねない。それならば、彼女は自分の今の現状を、知っているということになる。つまり、その上で彼女は今日、自分を誘った。となると・・・。
「・・・玲奈。昼飯食い終わったら、ちょっと話がある」
中田は箸を一度どんぶりの上に置くと、彼女を見つめながら言った。彼女は特に驚いた様子もなく、無言で首を傾げながらコクりと頷いた。

「話って?」
先程の山の階段を改めて上りながら、南口が問うた。
「ああ。あんまりこういうこと、聞きたくないんだけどよ」
上を見上げながら、中田は続けた。
「・・・お前、宝木から何か聞いたか?」
「えっ?・・・あっ!?」
彼女の足がおぼつく。咄嗟に階段から足を踏み外しそうになった彼女の腕を、中田は掴んだ。
「あ、ありがとう・・・」
「平気だ。それで・・・どうなんだ?」
持ち応えた彼女に再び問う。彼女は少し考え込んだ後に、寂しそうに「うん」と頷いた。
「中田君・・・今、部活のマネージャーの子と仲が良いって聞いたよ・・・」
「・・・聞いちまったか」
―だから、今日は朝からあんまり元気が無かったのか。それなら納得だ。
「玲奈。俺は・・・」
「あ、あのねっ!?」
中田が話し始めようとした途端に、南口が珍しく割って入った。二人はそのまま、その場で向かい合う。
「私は・・・私は、中田君の事、その・・・大好きだよ?」
視線を逸らしながら、南口があっさりと告げた。突然の告白に、思わず胸がドキリとする。
「・・・あ?」
「で、でもっ!でもね?中田君が、他の子と仲良くなっちゃっても、その・・・寂しいけど、仕方ないのかな・・・なんて。だ、だって!こんな魅力も無い私なんかに、ずっと一緒にいてくれたんだよ?私はそれだけで嬉しいし、ありがとうってずっと思ってる」
俯きながら、胸の前で、彼女がギュッと拳を握っている。彼女の言葉に、中田はすぐにそれが嘘だと分かった。
「だから、その・・・無理しなくて、いいんだよ?」
「・・・無理って、なんだよ?」
「だ、だからっ!こんな私と一緒にいなくても・・・いいんだよ・・・って・・・」
彼女の言葉が、どんどん尻すぼみになっていく。下を見つめながら、彼女が微かに体を震わしていることに、中田は気が付いた。
「・・・だから今日、誘ったのか?」
中田が問うと、もはや声も出さずに、静かにコクンと頷いた。
「・・・そうだな。確かに、無理してるかもしれない」
「えっ・・・?」
「行くぞ」
一息吐くと中田は、小さく彼女に呼びかけた。彼女は渋い顔をしながらも、中田の後をそのまま付いてくる。
「玲奈。歩きながらでいいから聞いてくれ」
「・・・うん」
「確かに俺は、お前と趣味も違うし、性格も正直合わないと思う。思ってることとか、感じてることもだいぶ違うだろうしな」
後ろを振り向かないまま、中田は続けた。
「なんでお前らが付き合ってるんだ、なんて。何度も言われたよ。高一の時の文化祭、あの時だって言われただろ?俺たちは、周りから見ても、面白いカップルらしいな」
「だったら・・・」
「けどよ」
彼女が何かを言いかけた言葉を遮る。そのまま中田は、強引に話を続けた。
「・・・部活のマネージャー。夏樹って言うんだけどよ。確かに、夏樹と話してると楽しいんだ。冗談も言い合えて、一緒にバスケもして、バカみたいな話して。夏樹はいい奴だよ。いつも元気で無邪気で、いい女だと思う。きっと、将来いい嫁さんにもなると思う。それでもよ。・・・なんか、違うんだよ」
ふぅっと一度息を吐く。ようやく、先程いた中間地点だ。頂上までは、これの倍近くあるらしい。同じく後を歩いていた南口へ、立ち止まり振り向く。彼女はこちらを、寂しそうに見つめていた。
「確かに、それが自分勝手だとか、エゴだとかって言われちまえば、それまでかもしれん。けどよ。・・・あいつを『好き』、っていう気持ちには、正直なれねぇんだ。・・・もちろん、玲奈がいるっていうのもあるかもしれない。でもなんか・・・あいつとは、親友っていうか、幼馴染みたいな。そんな関係なんだよ。よく分かんねぇかもしれねぇけどさ」
「でも・・・」
久しぶりに南口が口を開いた。だが、何かを言いかけたものの、そのまましぼむように口を閉ざしてしまった。
「・・・確かに俺は、あいつに告られた。正直に嬉しかったし、夏樹と仲良くなってよかったなとも思ったさ。でも、その時思ったんだ。夏樹と、今以上の関係には、なりたくない・・・って」
「・・・どういう、こと?」
「だから、なんつーか・・・もしも!もしもだぞ?俺が玲奈を捨てて、あいつと結婚することになったとしよう。でも、そうなった場合、どうにも満足できない気がするんだ。夏樹とは、今のままの関係が、一番いい気がするんだよ。あいつと生活する、っていうのは、考えられないんだよな。その・・・偶に行く旅行っつーのか・・・温泉旅行・・・ああ!違う!なんだかな・・・」
何か、いい例えが無いものか。どうしても思い浮かばずに、思わずムシャクシャしていると、不意に南口が、うふふっと笑った。
「・・・あ?どうした?」
「だって・・・説明が下手なの、中田君らしいなぁって思って。それで・・・結局、何が言いたいの?」
次の言葉を、南口が待ち遠しく待っている。これは、一本取られてしまったらしい。
「ああ、ったく。少しはカッコよくきめたかったんだけどな・・・」
「もう、いいから早く言ってみてよ?」
「あー、そうだな。要するに・・・玲奈。俺は今でも、お前が好きだ。誰が何と言おうとも、な。それは、昔も今も変わんねぇよ」
「・・・うふふっ、もう。中田君らしい」
南口が、ニコッと笑った。いつも通りの、彼女らしいちょっと美しさが目立つ笑みである。
「あーあ。なんか打ち明けたらスッキリしたな。今までどう玲奈と話せばいいか悩んでたけど、バカみてぇだ」
「私も。美帆に聞いたときは、すっごくショックだったけど。でも、中田君の言葉を聞いて安心した」
「おいおい、俺の話、もしかしたら嘘かもしれねぇぞ?」
「それはないよ。だって中田君、嘘下手だもん。嘘だったら、すぐに分かるよ」
「ぐっ・・・そうですか・・・」
何はともあれ。なんとか、二人の間のいざこざは解けたらしい。今まで気まずかったが為に、一安心だ。これからはまた、今まで通り仲良くやっていけることを願いたいものである。
「あ、ねぇ中田君。偶にはさ、手繋ごうよ」
「・・・ああ!?どうした、急に。珍しくおねだりか?」
突然のお願いに、思わず驚いた。顔を少し赤く染めて、南口が手を差し出している。いつになく、その姿が可愛らしく映って見えた。
「いいでしょ?ちょっと気分がいいから、おねだりしたい気分なの」
「へっ・・・そうかよ。じゃ、行くか」
中田は南口の手をギュッと握りしめると、二人で頂上を目指して、続きの階段を上り始めた。
初めて握る彼女の手は柔らかくて、とても温かかった。

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