Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

2.

「それじゃあね、また」
「おう、またな」
「またね、陽子」
夕方。西村は駅で彼らと別れると、一人駅の本屋へと入った。あまり本屋には寄らないほうだが、今回ばかりは訳が違う。
―二巻・・・あった。買っちゃおうかなぁ。でも・・・。
怪奇探偵正村誠一郎。一ヶ月ほど前、憎たらしい彼に一巻を借りたシリーズだ。
結局、借りるがまま読む羽目になってしまった。最初こそ後悔していたものの、読み進めるうちに段々と楽しんでいる自分がいた。おかげで家に帰っては、ちょくちょく空いた時間を使い読み、一昨日ようやく読み終わったのだ。あまり読書をしないため、このスピードが速いかと言われればきっと、遅いほうなのかもしれないが。
―うーん・・・ちょっと中を歩きながら考えるかぁ。
やっぱり彼の顔を思い返すたびに憎たらしいと思うが、それでも小遣いを消費して買うよりは、彼に借りたほうがよっぽど合理的だ。ただ、自分がどれだけ彼に耐えられるか、心理的な問題である。
―意外と色んな本があるんだなぁ。あ、あの曲の本もあるんだ。
何年か前に一躍有名となった、音声合成機能によるキャラクターの曲が描かれた本たちが、棚いっぱいに置かれていた。あまりそのジャンルは聞かないため、本まで出ているとは知らなかった。
―女性におススメ、恋愛小説モノ・・・か。
ふと、壁際に立っている大きな棚の、恋愛小説のコーナーに目がいった。一体何冊置かれているのだろう?ざっと見ただけでも、百冊以上はあるだろう。
『・・・ねぇ、なんか前もこんなこと無かった?』
『・・・そういえば小学生の時も、こんなつまらないこと言い合ったな』
『ふふっ、懐かしい』
―・・・ヒロ君。
先程まで一緒にいた、彼の笑顔が過ぎる。相変わらず、彼を想う気持ちは一向に消えることはない。寧ろ、彼が親友である彼女と仲良くしている場面を見れば見るほど、自分自身の胸が痛むのだ。叶うならば、今更でも気が変わってくれないかと、願ってみては自分を呪っている。
「喧嘩・・・してみたいなぁ」
ざわざわとざわめく駅内の本屋で一人、ポツリと呟いた言葉が溶けるように消えていく。思えば自分は、異性と本気で喧嘩をしたことが無い。自分には兄がいるが、喧嘩をするほど荒い性格でもないし、それよりも仲が良すぎだと、周りからよく言われてしまうくらいだ。
正直に言うと、喧嘩というモノもあまりしたことがない。心奈が裕人とあんな風に自然体で本音を言い合えることが、とても羨ましいと思う。数ヶ月前まで他人を拒絶していたことがまるで嘘のように感じる。
大好きな人との喧嘩。一体それが出来たら、どれだけ幸せなのだろうか。
「お前、そんなものに興味があるのか」
「うわぁ!?び、ビックリした!?」
「・・・前にも言ったが、俺が立っているとそんなに驚くのか?」
そこには不服そうに立っている、私服姿の憎たらしい健二が立っていた。紫のパーカーを羽織り、下はジーンズといった、彼っぽい服をしていた。彼の私服は初めて見るが、意外と彼に溶け込んでいる。
「あぁ、いや。そうじゃなくて・・・」
「・・・まぁいい。恋愛なんて興味はない」
彼はそう言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。
―な、何よあいつ。
自然と足が彼を追う。何も追わなくてもいいのに、何故か彼ともう少し話したかった。
彼は大きい本棚に挟まれたコーナーに入ると、棚から一冊の本を取り出し、無言で読み始めた。
「・・・ねぇ、ここによく来るの?」
西村は問うた。
「ああ」
「そっか、地元だもんね・・・。何読んでるの?」
「・・・数学もロクに解けないお前には、理解できない本だ」
まさか、まだ前のあの事を引きずり出してくるとは。思わずイラッと来た西村は、彼の左手を掴んだ。
「むぅ・・・!いいから見せなさいよ!」
彼の左手を挙げる。本の表紙には、「弁護士になるためのいろは」と書かれていた。
「・・・あんた、そんなもの読むの?」
「悪いか?」
彼は静かに左手を戻すと、相変わらずパッパッと西村が触れた部分を払った。
「いや、意外だなぁって・・・」
「ふん・・・」
彼はそのまま、再び本へと視線を戻してしまった。
この無言の時間がもどかしい。立ち去っても構わないはずなのに、何故か立ち去りにくい雰囲気だ。
「・・・あ、そうだ。この間借りた本、読み終わったんだけど」
「・・・そうか」
相変わらず視線を本に向けたまま、無表情に彼は返事をする。
「・・・ねぇ。その・・・嫌だったらいいんだけど・・・」
「二巻か?」
「あ、そう。よかったら貸してくれないかなーなんて・・・」
すると彼は、パタンと読んでいた本を閉じて、棚へとその本を戻すと、肩にかけていた小さいエナメルバッグから、一冊の本を取り出した。
「え、持ってるの?」
「・・・ん」
彼は無表情にそれを西村に手渡した。
―な、なんで持ってるのかは不思議だけど・・・まぁ、いっか。
「あ、ありがとう・・・本は、今度学校の時に返すね」
「ああ」
彼は短く返事をすると、再び棚から一冊の本を取り出し、無言で読み始めた。本の表紙には、「三十代ですが、弁護士です」というユーモアなタイトルが書かれていた。それを見た西村は、一つを察した。
―この人は、やっぱり・・・。
ずっと、疑問だった。何故、周囲からそう呼ばれている割に、彼からはそのような雰囲気が察し取れないのか。
「・・・ねぇ。一つ聞いていい?」
西村はそんな彼に向かって、一つの疑問を口にした。
「なんだ?」
珍しく彼は、視線だけをこちらに向けて西村の言葉を待っている。一呼吸置くと、西村は次に口を開いた。
「・・・あんた、アニメとか見ないでしょ?」
「っ・・・」
彼は一瞬驚いた表情を見せると、そのまま本をパタンと閉じた。
「だったらどうした?俺にはアニオタという名の通り、アニメオタクでいてほしかったのか?」
「え、いや、そうじゃないけど・・・。ただ、そうなのかなーって」
「・・・それは俺じゃなくて、お前ら他人が認識することだ。俺がどうだろうと、お前らがアニオタだと思ったら俺はアニオタなんだ」
「え・・・?そ、それは違うでしょ?」
思わず西村は反論した。何故彼と口論になっているのか、西村自身不思議だった。
「あなたがアニオタじゃなかったら、それはアニオタなんかじゃない。間違ってるのは・・・いや、間違ってたのは私。あなたはアニオタなんかじゃない。そうでしょ?」
―何を言ってるの、私?なんでこんな奴に・・・。
「だが人間なんてものは、ありもしない噂話を現実にしようとする。そしてそれは、いつしか偽りの現実と化すんだ。それは当人がどうしようと変わるもんじゃない。だったらそれを受け入れて、どう対応するかを考えなければならない。社会なんて・・・人間関係なんて、そんなもんだ」
「違う!確かに私だって、あんたと付き合ってるみたいなありもしない噂話をされてるけど、私はそれを認めたくない!だから私は、どうにかしてそれを晴らす方法を考えてる!あなたは、そのありもしないアニオタっていう噂をされ続けて、嫌われ続けるままでいいの?」
店内に西村の叫びが響く。思わず向けられた視線と目が合い、ハッと西村は正気を取り戻した。その瞬間、恥ずかしさで頬が熱くなる。
「と、とにかく!きっと晴らす方法はあるよ!だから、諦めないで頑張ろう?」
―な、なんで私、こんな奴に熱くなって・・・。挙句に手なんか差し出して・・・?
気が付くと西村は、彼に右手を差し出していた。ずっと叫びを聞いていた健二は、いつになく口をぽっかりと開けて、驚いていた。
だが、次に彼が口を開いたとき、再び西村は驚愕した。
「・・・が」
「え・・・?」
「クソがっ・・・!そうやって、思ってもいない偽善で他人を救った気になってやがる。そんな奴は何人も見てきた!そうして、事が終わったら知らん顔して放り出すんだ。まるで今まで何事もなかったかのようにな」
「そ、そんなっ!?私はそんなつもりは・・・」
「うるさい!!とにかく、そんな偽善心はさっさと捨てておくんだな」
「あっ・・・待って・・・」
彼は怒った様子で背を向けると、そのまま早歩きで本屋を出ていってしまった。
取り残された西村は、手渡された本の二巻を持ったまま、暫くの間その場に立ちすくしていた。

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