Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

16.

早いもので、四月も今週が最後だ。子供の頃に比べて、時間の感覚がとても早く感じるのは、誰もが思う疑問だろう。無論、自分もその一人である。昔は一年間なんて、とても長ったらしいはずだったのに、今では名残惜しいくらいに月日は走り去ってしまう。この年齢での感覚の違いが不思議だ。
「よっと」
バスケットボールをゴールに投げる。そのボールは、見事にすっぽりと穴にダイブした。
「お前、だいぶ調子がいいみたいだな。自主練でもし始めたのか?」
部活の練習終わり。一人残ってシュート練習をしていると、偶々戻ってきたチームメイトの紀彦が話しかけてきた。
「ん?自主練っつーか、前に夏樹んちに泊まり込みで練習しに行ってよ。それきり、あいつに放課後付き合わされてる」
「ああ、あいつの家行ったんだ。コートデカかったろ?」
「ん、ああ。知ってんのか?」
「知ってるも何も、俺夏樹と幼馴染だからさ。家も近いから、昔はよく二人で遊んでたよ」
楽しそうに、紀彦が微笑んだ。
「ああ、そういえばそうだったな。あいつ、昔からあんな感じなのか?」
「そうだよ。自分がやりたいことはとことんやって頑張る。でも、偶に嫌なことがあると、一人で落ち込んでわんわん泣くんだ。中学三年生の時、大会で準優勝で負けた時に、放課後わざわざ俺を呼び出して泣いたんだ。『私はキャプテンなのに情けないな』とか言ってさ」
「はは、夏樹らしいや」
「今の話、夏樹には内緒だぞ?」
「わぁってるよ。知ったらどんな練習課せられるか知ったこっちゃない」
「いたいた!和樹ー、紀彦ー」
ふと、体育館の入り口で二人を呼ぶ黄色い声がした。勿論、誰だかはすぐに分かった。
「どうした?夏樹」
「ゴールデンウィーク中に、練習試合決まったよ。相手は江ノ星高だって」
「江ノ星か・・・」
―ああ、いや。あいつはいねぇんだよな。
ふと、親友である裕人の顔が浮かんだ。彼は江ノ星高校だったはずだが、彼はもうバスケ部ではない。変な期待は無しにしておこう。
「和樹!今度こそ練習の成果、ちゃんと監督にアピールしてね!点は最低でも、十点は取ってくれないと、また練習厳しくするからね?」
「じゅ、十点!?俺だけで?何言ってんだお前?」
「もう、情けないなぁ。少しは『やってやるよ!』とか言えないの?」
「い、いやそんなこと言われてもな。俺ベンチだし、まず出してくれるかも分からねぇし・・・」
「だったら!もっと練習中に監督にアピールする!そのためにも練習練習!ほら、シュート練してたんでしょ?さっさと再開する!」
「え、あ、お、おう!?」
落ちていたボールを拾うと、夏樹はそれを中田に投げ渡した。会話を隣で聞いていた紀彦が、面白いものを見るように笑っている。
「じゃ、俺は先に帰るよ?」
「あ、お疲れー、紀彦。車に気をつけてね」
「分かってるよ。子供じゃあるまいし」
紀彦は夏樹に手を振りながら中田に微笑むと、体育館を出ていった。
「あ、ほら!ボーっと突っ立ってないで始める!」
「へいへい、わぁったよ」
中田は彼女の指導の元、日常となりつつある自主練が今日もスタートした。

一方
『和樹君、今別の女の子と仲良くしてるって知ってる?』
―中田君が、他の女の子と・・・。
南口は一人、駅前にある公園のベンチに座っていた。
思えば裕人たちもこの場所が思い出の場らしいが、自分たち二人にとっても、この場所はとても大切な場所なのだ。
夕方の六時過ぎということもあって、先程まで元気に遊んでいた子供たちはすっかり帰ってしまった。今は、駅前を走る車の雑音だけが、耳を通り抜けていった。
「あ、いた。玲奈ー」
ふと、公園の入り口から声がした。その声の主は段々、自分に近づいてくる。
「ごめんね、心奈。放課後にわざわざ呼び出しちゃって」
南口は目の前に立った制服姿の彼女に詫びると、彼女はニコリと微笑んだ。
「大丈夫だよ。それより、私に相談って?」
心奈が隣に座るがまま、南口に問うた。
「うん・・・なんとなく分かってたかもしれないけど・・・。中田君の事」
「あー・・・やっぱりそう来たかぁ。でも、なんで私?美帆のほうが、きっといいアドバイスしてくれる気がするけど」
彼女の問いかけに、南口は無言で首を振った。
「ダメなの。美帆は確かに的確なアドバイスをしてくれるけど、でもなんだか・・・美帆の言葉を聞くのが怖くて」
相談相手に彼女を選んだ理由としては、やはり自分にはない性格の持ち主だからだろう。美帆は言葉の通りであるし、西村はなんだか、相談相手にはし難い部分があった。香苗はごもっともである。
「ああ・・・そういえば、この間も珍しく怒鳴ってたね」
「そう、だったね。ついカッとなっちゃって叫んじゃったなぁ。あんなに叫んだの、いつ以来だろう」
きっと、カッとなってしまうほど、自分はショックを受けていたのだろう。それもそうだ。何年も仲良くしていた、大好きな彼が自分から離れてしまうのではないかと思い、怖くなってしまったのだから。
「あの時は、中田君がそうならそれでいいって言っちゃったけど・・・でも、やっぱり嫌なんだ。私はやっぱり、中田君が・・・好きだから」
「・・・ふふっ、でも意外だなぁ。一見二人って、カップルって感じがしないんだもん。がさつで適当な中田君に、真面目で優等生な玲奈。なんか、言葉だけだと似合わないよね」
心奈が可笑しく笑った。
「そうかなぁ・・・?」
「うん。それに、玲奈が本気で男の子を好きになるっていうのも意外だし、玲奈のほうから告白したっていうのも結構意外だよ」
「え、私ってそういうイメージなの?」
「みんながそうかは分からないけど、少なくとも私はそうかなぁ。でも、良いことだと思うよ。誰かを本気で好きになるって、悪いことじゃないと思うし」
「心奈がヒロ君を好きみたいに?」
「え、わ、私はいいの!!私はあいつの世話係みたいなもんだしっ!」
「うふふっ、そうかもね。ヒロ君にはやっぱり心奈がお似合いかも」
「んもぅ・・・」
頬を赤く染めた心奈が、ふてくされている。相変わらず、同じ女性から見ても彼女の一つ一つが可愛らしい。
「でも、私が玲奈の立場だったら迷わずに一発殴ってるよ。だって、何年も玲奈と付き合ってるのに酷いよ!玲奈だって、何かガツンと言っちゃえばいいんだよ!」
「そう言われても・・・なんか言いづらいっていうか、私は心奈みたいに、色々文句言えないし・・・」
「うーん・・・きっと玲奈は、そういう優しいところがいけないんだと思うよ?」
「えっ?」
思わず心奈を見た。彼女は暗くなりかけた、薄暗い空を見上げながら言った。
「『優しすぎも仇。時には喧嘩もいい愛情』昔から、よくおばあちゃんが言ってる言葉なんだ」
「優しすぎも仇・・・?」
「うん。私だって、ヒロと色々言い合っちゃったりするけど、それは必ず仲直り出来るって分かってるからするんだよ。ほら、本音を言い合って喧嘩しないと、本当に仲良くなれないってよく言うでしょ?あれって、結構本当だったりするんだよね」
えへへっと彼女が笑う。
「玲奈ってさ。中田君と、喧嘩したことある?」
「ないよ・・・だって、怖いもん」
「やっぱり。まぁ、玲奈らしいけどね」
彼女は立ち上がると、南口の目の前に立った。身長が百八十センチある裕人に負けない身長を持つ彼女が立つと、とても高々く見える。
「本音が言いづらかったとしても、『バカ野郎!』って一言叫んじゃえばいいんだよ。そうすれば、きっとそのまま色々文句言えちゃうって」
「そ、そうかなぁ?」
正直、バカやアホなどといった、他人を貶す言葉はほとんど使ったことが無いために、本当に大好きである彼に向かって、その言葉を叫べるかが心配だ。
「あ、そうだ!今度璃子ちゃんにも話聞いてもらおうかな」
「璃子ちゃん?」
「うん、ヒロと同じ高校行ってる女の子。きっとその子なら、私よりいいアドバイスくれると思うよ。大丈夫、ちょっと変わった子だけど、悪い人ではないよ」
「うーん・・・そっか」
「じゃあ、今度のゴールデンウィークにでも予定立ててみよっか。私から玲奈に連絡するよ」
「う、うん・・・分かった」
多少強引ではあるが、心奈の提案が決まったところで、二人は別れた。
果たして今後どうなってしまうのか。南口は、今まで積み重ねてきた彼との関係が崩れ去ってしまうことが、ただただ恐怖で仕方が無かった。

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