Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.5

「コウスケ!」
「あ!ママだ!ママ―!」
三十分程、三人で座って色々と話していると、ようやく彼の母親らしい女性が登場しては、彼の名を呼んだ。彼は嬉しそうに、その場から立ち上がった。
「いてっ!」
「あっ!コウスケ君!」
彼女に呼ばれるまま、彼は足の怪我を忘れて走り出した。そのせいか、痛むであろう右足から、再びコンクリートの上で転んでしまった。思わず西村は、彼の元へと駆け寄る。
「大丈夫?」
「いてて」起き上がる彼に、西村は問いかける。すると彼は、ニッと笑ってこう言った。
「大丈夫だよ!僕、強いもん!」
小さい男の子の強がりなのか、それとも本当に平気なのかは定かではなかったが、どうやら無事のようだ。西村は一安心して、駆け寄る彼の母に一礼する。
「ごめんなさい。この子が、ご迷惑をおかけしました。・・・って、どうしたのその傷!?」
こちらに一礼を返し、彼を見た途端に、彼女が声をあげる。
「あっ、怪我をして一人でいるところを見つけて、手当てしました。コウスケ君、強いんですよ?傷口を水で流しても、泣かなかったですし。ね?」
「うんっ!」
彼がニコニコしながら頷く。
「そうですか・・・もう、勝手にいなくなっちゃダメでしょ?ちゃんと、ママの傍にいてね?」
「はぁい」
「それじゃあ、私達はこれで。ほら、コウスケもバイバイって」
「またね!お姉ちゃん!」
「うん、またね」
彼女と手を握りながら、彼は楽しそうに去っていった。
―自分にもいつか、あんな子が出来たらいいな・・・なんて、まだまだ先の話だよね。
二人を見送り、西村は待ちくたびれている様子の裕人の傍に戻った。
「大丈夫だった?」
「うん、ちゃんとお母さんに受け渡したし、安心だね。じゃあ、私達もいこっか」
「オッケー」
ようやく肩の荷が下りた西村達は、二人で本来の目的地である、肉屋へと向かった。

「ふぅ、美味しかった」
「でしょ?あそこのお店のメンチカツは、私のお気に入りなんだよ?」
商店街を歩き出ながら、メンチカツを食べ終わった裕人が幸せそうに呟いた。
ふと、不意に彼が寂しそうに呟く。
「西村は、この町が好きなんだね」
「へっ?・・・うん、大好きだよ。私が生まれ育った町だもん。優しい人が沢山いて、良い場所が沢山ある。確かに、次に引っ越す町だって、いいところだと思うけれど・・・。それでもやっぱり私は、この町でもっと暮らしたかった、かな・・・」
―それも、みんなと・・・ヒロ君と、一緒に。
・・・ダメ、こんなこと考えてたら、また泣いちゃう。我慢、我慢。
「そっか。・・・ごめん、この話はやめよっか。もっと楽しい話しよう」
「ヒロ君・・・。うん、だね」
「ところで、この野菜とお肉。そろそろ俺、分かっちゃったんだけど、言ってもいい?」
彼が手に持っている、二つの袋を掲げながら言った。
「ん?うん、言ってみて?」
「もしかしてだけど、これから昼ご飯作ってくれるつもり?しかもこの材料だと、肉じゃがかな?」
「おー、分かっちゃった?正解」
「やっぱり?」
彼が嬉しそうに微笑む。
「でも西村、料理できるの?」
「何よ、小学生だからって、甘く見ないでよね?こう見えて、家族の晩御飯作ってるの、私なんだから」
「え、そうなの?凄いね」
「・・・まぁ、お父さんとお母さんが仕事でいないから、なんだけどね」
「あぁ・・・。えっと、お姉さんの為?」
「うん。特に最近は、少しでも貯金ができるようにって、二人とも毎日遅くまで仕事してるんだ。お兄ちゃんも部活で帰りが遅いから、大体家には、私一人かな」
「そうなんだ・・・」
二人の間に、再び重い空気が漂い始める。
―ああもう、どうして暗い話になっちゃうんだろう。ダメ、もっと話題変えないと。
「と、とにかくさ!今から私の家に行くから、ついてきて!」
「え?西村の家に行くの?」
西村が叫ぶ。すると何故か彼が驚く。
「・・・何で?」
「いやぁ・・・女の子の家に行った事なんてなかったから、ちょっと緊張するなぁって」
「もう、そんなに変に緊張しなくても、普通の家だよ?」
「あはは、そうだね」
「もう・・・」
苦笑いを浮かべている彼に呆れながらも、西村は彼を、自身の自宅へと招いた。十分程二人で歩いた先に、ようやく自身の家が見えてくる。住宅地によく見る、二階建てで灰色の一戸建てだ。
家の鍵で玄関を開けると、彼をリビングへと連れた。壁にかかる時計を見ると、お昼の十二時半を過ぎていた。
「ごめんね、引っ越しの準備してるから、ダンボールが多くて。気にしないで?」
「ああ、大丈夫だよ。それより、何か手伝う?」
カウンターキッチンに西村が入ると、袋をテーブルに下ろしながら彼が問うた。
「んー。気持ちはありがたいんだけど、今回は私一人で作りたいんだ。ヒロ君は、椅子に座って待っててよ」
「そう?なら、お願いしようかな」
「ありがと。頑張るよ」
彼に微笑む。彼は嬉しそうに笑ってくれた。
なんだか、同棲カップルのような感じで気恥ずかしいが、我慢しよう。西村は予め用意してあった白滝を冷蔵庫から取り出し、袋の中から材料を取り出すと、「よしっ」と一言気合を入れてから、料理を開始した。

彼と談笑しながら料理に打ち込むこと四十分程。予算の都合上、おかずは肉じゃがだけだが、お椀に二人分のご飯をよそい、テーブルに並べた。
「おぉー、結構本格的だね」
「本格的も何も、ちゃんとした肉じゃがです。ちゃーんと昨日練習して、美味しく作れるようにしたんだからね?」
「へぇ、そうなんだ・・・ん、練習?」
「・・・あっ」
思わず口が滑ってしまった。椅子に座るがまま、恥ずかしさで顔を熱くなる。
「えっと、その・・・ヒロ君を悪く言う訳じゃないんだけど。ヒロ君の事だから、どこに行くとか、予定は全く立ててないんだろうなぁって思って。だからどうせだし、私の料理を食べてもらえたら嬉しいなぁ・・・なんて」
えへへ、と西村は笑った。
「そっか、なーんだ。そういうところも全部お見通しかぁ。ま、いいけどね」
「もう、これからもし心奈とデートするときは、ちゃんと考えてあげないとダメだからね?ヒロ君から誘ったのに、それじゃあイメージダウンしちゃうよ」
「なっ!?べ、別にまだ明月とデートするかは分からないけど・・・まぁ、覚えておくよ。そ、それより!早く食べよう?」
「ふふっ、そうだね。食べようか」
二人でしっかりと「いただきます」と告げると、裕人は早速、西村が作った肉じゃがのを口にした。
「お!美味しい!」
「ホント?よかったぁ」
彼の笑顔を見て、ようやく緊張がほぐれる。少し濃い目に味付けしてみたのだが、果たして彼の好みに合うかが心配だったのだ。気に入ってくれたようで、こちらも大満足だ。
「まだもう少し残ってるから、食べたかったら言ってね?」
「オッケー!」
―もう・・・そんなに喜ばれたら、もっと別れるのが辛くなっちゃうじゃん・・・。
彼がご飯を頬張る姿を見て、西村は思わず目を擦り、悟られないように笑った。

午後五時過ぎ
「なぁに?こんなところまで?」
「いいから、ついてきなって」
「うん・・・?」
昼食後、しばらく雑談にふけっていると、裕人が「最後くらい、俺が行きたい場所に行ってもいい?」と告げ、ここまで連れてこられた。
一体こんなところまで来て、何があるというのか?西村には、彼の向かう場所が、全く想像つかなかった。
「よいしょ。ちょっと辛いけど、ここを登ろうと思うんだ。行ける?」
「え?ここ・・・登るの?」
「うん。ちょっとキツいけど、上まで行けば分かるから。頑張ろう?」
「えぇ・・・分かったよ・・・」
しぶしぶ彼についていくこと数分。予想通りすぐに息を切らしてしまい、立ち止まってしまった。そんな西村に彼は、微笑みながら手を差し伸べてくれた。彼の手に連られながら、やっとの思いで一番上まで登り終える。疲れ果てた西村は、芝生の上にへばり込んだ。
「はぁ、はぁ・・・疲れた・・・」
「ごめんね、こんなところに連れてきて。でも、どうしても見せたかったんだ」
「えぇ?何を・・・?」
呼吸を落ち着かせながら、正面を向く。
「っ・・・!綺麗・・・」
その景色を見た瞬間、西村はその風景の虜となった。彼は満足したように微笑むと、西村の隣に座る。
「でしょ?ここの裏山、誰も来ないんだ。一人でいたい時とか、何か嫌なことがあった時はいつも、一人でここに来てたんだよ」
「そうなんだ・・・」
目の前に広がる、オレンジ色の夕焼け。まるで自分たちの街を侵食していくようで、ほんのり薄暗いバックが、より美しさを際立てていた。
「ここ・・・心奈は、知ってるの?」
「ううん。明月どころか、和樹君も知らないよ。多分、俺しか知らない秘密の場所。本当は、誰にも教えたくなかったんだけど、西村にはいいかなって」
「ヒロ君・・・」
彼は寂しそうに微笑むと、夕日を覗いた。少しの間、周囲に静けさが走る。
「・・・西村はさ。少し怒りっぽいところはあるけど、マジメだし、話しやすいし、向こうに行ってもすぐ打ち解けられると思うよ。友達も、すぐにできると思う。それに、もう一生会えない訳じゃないんだしさ。そんなに悲しまなくても、大丈夫だよ」
彼が夕日を見ながら呟く。
「・・・うん」
―ダメ・・・そんなこと今言われたら、私・・・。
「それに、明月や南口、和樹君だってそう思ってると思う。引っ越すのは仕方ないことだし、今はお姉さんのほうが大事だと思うから」
「・・・うん」
「西村と別れるのは辛いけど・・・でも、どこにいても俺たちは友達だから。それだけは、忘れないでほしい・・・かな」
「うん。・・・っ!」
「え、西村?」
裕人が驚く。
「やっぱりやだ!ヒロ君や心奈と別れるなんてやだよ!」
隣に座る彼に寄り添うと、彼の肩に腕を回す。
許されるのなら少しだけ、ほんの少しでもいいから、彼をこの手で感じたかった。
「なんでお姉ちゃんはガンになったの!?どうして引っ越さなきゃいけないの!?やだよ!!私、引っ越したくない!でも、お姉ちゃんにも、いなくなってほしくない・・・!」
「西村・・・」
「っ!」
不意に、彼が腕を回して、自身を抱きしめた。彼の優しさに、再び涙があふれ出る。
「・・・ごめん、ヒロ君。少しだけ、こうしてていい?」
「うん・・・」
結局、こうなってしまった。また今回の件を悔やみ、泣いてしまった。
でも、今回は一人じゃない、彼がいる。彼がいてくれている。自分の大好きな、彼がいてくれている。それだけで少しだけ、気持ちが楽な気がした。
どのくらい、彼に触れていたのだろうか?すっかり日の入りしてしまい、辺りは暗くなってしまった。
鼻を啜ると、西村は口を開いた。
「ごめん・・・もう平気。なんか、スッキリした」
「そう?なら、よかった」
彼が微笑む。やはり、大好きな人の笑顔を見ると、こちらも安心できるのは何故だろう。
「そうだ。最後に、これ渡しとくよ」
ふと、彼がポケットから財布を取り出した。彼は財布をいじりながら、何かをしている。
「よしっ」と声をあげて彼は、こちらに何かを差し出した。
「・・・これ、キーホルダー?」
彼の手のひらに乗るそれを受け取る。薄暗い中、キラリと鈍い輝きを放つ、十字架のキーホルダーだった。見る限り、まんま男物である。
「うん。少しでもそれで思い出してくれたらいいなぁって」
―だからって、女の子にこんな男物渡さなくてもいいのに・・・。
「・・・もうっ、本当に・・・バカなんだから」
「え、なんか言った?」
「何でもない!!でも・・・ありがとう」
彼に肩を寄せる。本当に、彼の不器用な優しさにはつくづく元気づけられる。
驚いたのもつかの間、彼は笑って、西村に寄り添ってくれた。
「・・・向こうに行っても、頑張ってみる。ヒロ君が大丈夫って言ってくれたから、なんか勇気出たよ」
「そう?なら、よかったよ」
この時間が、いつまでも続けばいいのに。そんなことを思っていた時間は、あっという間に過ぎ去っていく。
西村と裕人の最初で最後のデートは、こうして一日を終えたのだった。

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