Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.1

20×2年 2月下旬 当時小学6年生

「へ?引っ越し?」
「そう。葉月はづきの体調が、だいぶ悪くなっているらしいの。看病するために、陽子が卒業するタイミングで、向こうに引っ越そうと思うんだけれど・・・大丈夫?」
テーブル向かいの席に座る母が言った。
「そ、そんな・・・?!急に言われても困るよ・・・」
突然の宣告に、西村は俯いた。
「ごめんね。ずっと心配かけないように黙ってたんだけど・・・。葉月の為なの。大丈夫?」
「確かにお姉ちゃんも大事だけど・・・でも・・・」
確かに彼女も大切だ。だが、自分の大切な友人達と突然別れろと言われても困る。
「・・・陽子がどうしても嫌だったら、お母さんとお兄ちゃんだけでも向こうに行こうと思うの。お兄ちゃんはもう向こうの高校に通ってるし、近くなるから便利だと思うから。しばらく別々に生活することになるけど・・・どうかしら?」
「え?お兄ちゃんもそっちに行っちゃうの?」
「ええ。部活もやってるし、いい機会だと思うのよ。お兄ちゃんはそれでもいいって言ってくれたわ。後は、陽子次第なの」
「私・・・」
―心奈と別れる?ずっと一緒にいた心奈と?それに・・・。
彼の顔が過ぎる。大好きで堪らない、彼の顔が。
「・・・もうちょっとだけ、考えてていい?」
「ええ。でも、なるべく早くね?」
「分かったよ・・・」
椅子から立ち上がると、トボトボと西村はリビングを出た。
「お。陽子、結局どうするの?」
ふと、風呂から出てきた兄が声をかける。
四歳違いの兄は、昔からよく自分に優しくしてくれる。バスケ部に所属していて、一年生ながらエースナンバーを貰っているほどスポーツが得意だ。妹想いで、一緒にいて楽しくて、みんなに自慢の兄だった。
「分かんないよ・・・ずっと一緒にいた友達と別れなきゃいけないんでしょ?」
「それはそうだけど、葉月姉ちゃんの為でもあるだろ?どうせ一生会えない訳じゃないんだし、何年かの我慢だよ」
「でもっ・・・!」
諦めきれない。喉もとまで来ていた言葉を飲み込んだ。
「・・・ま、ゆっくり考えるといいよ。時間はまだあるんだしさ」
彼は西村の頭をポンポンと叩くと、リビングへと入っていった。
葉月とは、母の十六歳差の妹だ。現在大学三年生で年も近く、昔はよく遊んでもらっていた。
だが今年の一月、彼女に子宮頸癌しきゅうけいがんが見つかった。ステージも三A期まで進んでおり、若くしてかなり深刻な状態だ。五年生存率は手術込みで五十六・二パーセント。現在は隣町の病院に入院しており、もうすぐ手術が行われる。
確かに彼女も大切だ。だが、それでもやはり自分の友人達も大切なのだ。
―それでも・・・やっぱり無理だよ・・・。
自分の部屋のベッドに寝転ぶと、突然の話に西村は涙を流した。

次の日
「えぇ!?引っ越し?」
南口が声を張って驚く。
昼休み。親友の心奈には相談できないと感じた西村は、同じく友人である南口を校舎裏に呼び出し、例の件を相談した。
「うん・・・卒業したら、向こうに引っ越すんだって」
「そっかぁ、残念だなぁ。心奈には、もう話したの?」
「ううん・・・心奈には、まだ言わないでほしいの。心配させたくないから。・・・だって、あの子。私がいないと、何にもできないんだよ?ずっと私と一緒にいて、ずーっと傍にいてくれてたの。心奈には、言えないよ・・・」
西村が俯く。今少しでも優しくされたら、すぐにでも泣いてしまいそうだった。
「そう・・・分かった。心奈には言わないよ。それに、心奈にはもう、ヒロ君もいるもんね」
「っ・・・ヒロ君・・・」
彼の名を聞き思い出す。そうだ、彼へのこの想いも、早くどうにかしないといけないのだ。
ギュッと唇を噛んだ。
「陽子?・・・ああ、そっか。陽子もヒロ君が好きなんだっけ?」
お見通しと言わんばかりに南口がふふふっと笑う。今まで一度も、誰にもこの気持ちを話したことが無いのに、何故彼女は分かったのか?
「ふぇ!?そ、そんなことないよ!ヒロ君は、心奈と一番仲が良いの!それでいいの!」
「もー、ダメだよ嘘ついちゃ?バレバレなんだから」
彼女が鼻をツンと突く。どうやら、完璧にお見通しのようだ。
「うぅ・・・。そうだよ、ヒロ君になんて言おうかなって、すっごく悩んでて・・・」
「うーん、そっかぁ。じゃあ、やっぱり想いをちゃんと伝えなきゃ」
「で、でも!私が言ったところで、ヒロ君は心奈が好きなんだよ!?意味ないよ!」
そう。彼は彼女の事が好きだ。自分なんかよりも、彼は彼女を選んだのだ。それは、とうの昔から気がついていた。そう思うたびに胸がズキリと痛み、苦しかった。
「うーん、そうかなぁ?やっぱり、『好き』ってちゃんと言っちゃったほうが、気持ちも楽になると思うなぁ」
「でもっ・・・!」
「大丈夫。ヒロ君は優しいから、ちゃんと喜んでくれるよ。それでも、ヒロ君が怖いの?」
「こ、怖くはない・・・と思う。でも・・・心奈が知ったら、なんて思うかなぁって・・・」
そう、心奈はまだ、西村が彼に好意を抱いていることに気づいていないはずだ。話したこともなければ、鈍感な彼女だ。きっと言うまで気が付かないだろう。
「心奈かぁ・・・。まぁ、多少のショックは受けちゃうかもしれないけど・・・でも、このまま内緒にしておくのもダメでしょ?」
「それは、そうなんだけど・・・」
「だったらほら、勇気持たないと。ヒロ君のハートはキャッチできないよ?」
南口は楽しそうに微笑んでいる。
「・・・ところで、玲奈は中田君になんて言ったの?」
「私?私は、『将来結婚して、私の旦那さんになってほしいの』って言ったよ?」
いかにも恥ずかしいセリフを、まんざらでもない様子で南口が言った。やはり、彼女はどこか抜けている。
「け、結婚!?凄く未来の事をお願いしたんだね?」
「ふふっ、まぁね。それでも中田君は、オーケーしてくれたよ?」
「いや、それはそうだけど・・・」
それもそうだ。今回は訳が違う。一筋縄でも、二筋縄でもいかない。何せ親友と同じ人に恋しているのだ。それを、引っ越してしまう自分だけ先に告白してしまっては意味がない。
「大丈夫大丈夫!ヒロ君なら何とかなるって!」
「う、うーん・・・?」
何だか半分彼女の悪ノリのような気がするが(後にこれが美帆譲りということを知る)、ひょんなことから西村は、彼へ告白することになってしまった。

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