Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

10.

月曜日。相変わらず宇佐美は俺たちの呼びかけを無視して帰ってしまったが、放課後に三人で廊下の休憩スペースに置いてある机に集まり、今日はどうにかしてメンバーを集める方法を考えていた。
「でもやっぱり、メンバーを迎えるとしたら一年生だな。あんまりこういうことは言いたくないけど、二人は今年で卒業だし、同い年を迎え入れても意味がない」
腕を組む安村が言った。
「ですよね・・・。はぁ、部活紹介出ておけばよかったかなぁ」
石明が唸る。それもそうだ。全くもって無名であるこの部に人を呼び寄せるためには、大勢の人の前で呼びかけるのが一番だ。
「じゃあとりあえず、明日俺と石明で一年生の様子を見てきます?もしかしたら、俺たちが知っている人もいるかもしれませんし」
「後輩ねぇ。ウチの高校来てるかなぁ。結構監督にガミガミ言われて勉強してたから、俺ほどバカな奴はいないと思うけれど」
そう。一応俺たちの通うこの学校、江ノ星高校は、偏差値が三十代というご近所ではかなりおバカな学校なのだ。それぞれに様々な理由があると思うが、俺に至っては中学時代、宇佐美と遊び呆けていたことがきっかけで、全く勉強などしていなかったせいだ。
「まぁ・・・それでも見ないよりはマシだな、うん。じゃあとりあえず、明日は裕人と真に任せるよ。その間に、俺は新任の仕事をちゃっちゃと終わらせることにしよう」
安村は机から立ち上がると、これまた大きな伸びをした。
教師がこうやって、生徒と同じ目線で話し、触れ合うことは滅多にない。彼は本当に、今後良い教師になると思う。
「それじゃあ、明後日。また結果を教えてくれ。ダメだったらまた、その時に考えよう」
「分かりました」
「じゃ、今日はここまで。気を付けて帰れよ」
「お疲れ様です」
俺たち二人は、廊下を歩いて行く彼に答えると、そのまま今日は何もせずに家へと帰った。

次の日 放課後
「石明、さっさと行こうぜ。早くしないと、みんな帰っちまう」
裕人が石明に呼びかける。
「お、おう!ちょっと待って・・・オッケー。行くか」
彼らは二人、何やら急いで教室を出ていった。一体何をしに行くというのか。
宇佐美は一人、そんな彼らをずっと見ていた。
「悠介。行かないの?」
ふと、ボーっとしていた宇佐美に、彼女である佐口璃子が話しかける。
「は?行くって、どこに」
「真田君と石明君と一緒にだよ。きっと部活存続の為に、一生懸命頑張ってるんでしょ?」
「・・・知るか。俺はやりたくない」
「またそうやって自分に嘘ついて・・・。本当は悠介だって、みんなとフットサルしたいんでしょ?」
「・・・・・」
宇佐美が黙り込む。佐口はふぅっと笑うと、宇佐美の肩をポンと叩いた。
「一番大会に出たがってたの、悠介だもんな。中学の時に帰宅部で、後悔してるんやろ?だから高校に入って、仲良かった二人を誘った。違う?」
「るせぇよ、黙っててくれ。お前だって、さっさと部活行ってこいよ」
一言一蹴してから、宇佐美がハッとする。もしかして、またいつものように怒るか?今のこんな気持ちの時に、彼女と喧嘩なんてしたくない。チラッと横目で彼女を見る。
「悠介」
「・・・なんだよ」
―なんだよ、また殴ってくるのか?
怖くなった宇佐美は、思わず身構えた。
だが、彼女は一向に手を出しては来ない。それよりも、何故か薄っすらと笑みを浮かべていた。
「悠介はやっぱり、優しいんやね。優しいから逃げたくなる」
「は、はぁ?何を言って・・・」
「二人のところに戻るのはいつでもいいと思う。きっと二人は、悠介の事をずっと待ってる。だから気持ちが決まったら、悠介もちゃんと戻ってあげてね。そしてその時は・・・ウチも全力で応援するからな」
佐口はいつになく微笑むと、教室をそのまま出ていってしまった。
―璃子の笑顔を見たの、いつぶりだったかな・・・?
最近は、彼女に迷惑ばかりかけていて、ちっとも笑ってくれなくなった。それどころか、いつも喧嘩ばかりで、彼女の可愛らしさを忘れていた。
宇佐美が彼女を好きになったのは、滅多に見せないあの笑顔だった。彼女は性格柄、笑うことが少なかった。そんな時に、彼女の笑顔を見て一目惚れした。
少しだけぽっちゃり体型で、正直彼女が特別可愛かったり、美しかったりする訳でもない。元々宇佐美の好みは年上で、最初は彼女なんて全く視界にすら入っていなかった。
だけどあの時。あのきっかけがあったから、こうしてずっとそばにいてくれている。本当は、もっと上の高校に入れる実力すらあったのに、それでも同じ高校に通ってくれている。
彼女がいることが当たり前で、大切なことをすっかり忘れていた。
「っ・・・!」
宇佐美は急いで彼女を追った。まだ、遠くにいっていないはずだ。書道部の彼女が通るルートはきっと、こっちだと思う。
見つけた、彼女だ。
「璃子!」
彼女は不思議そうにこちらを振り向いた。
「どうしたん?そんなに急いで・・・」
「あ、いや。その・・・別に何かある訳でもないけどよ。ただ・・・さっきの言葉、サンキューな」
「え?」
「もう少しだけ、考えてみるわ。・・・ああ、わりぃ。部活、頑張れよ。それじゃあな」
「あ、え?ちょっと・・・」
何しに来たと思えば、さっさと帰っていってしまった宇佐美の背中を見つめる。
「・・・もう、相変わらず、バカなんやな」
それでも、彼を一番知っているのは佐口だ。すぐに彼の言いたかったことは理解できた。
久々の彼の不器用な感謝の言葉に、佐口は思わず笑った。

「で、どうするんだ?下駄箱前で色々見てみるか?」
石明が問うた。
「そうだなぁ・・・。誰か、運よく知っている奴がいたらラッキーなんだけど」
下駄箱前の廊下に二人で立つ。次々と一年生が、校舎の外へ出ていく。その流れをずっと、石明と二人で見守っていた。
「・・・あれ?石明先輩?」
「あ?」
ふと、聞き慣れない幼さが残る高い声が聞こえた。
声のほうを向いてみると、いかにも好青年って感じの男の子が一人、石明の前に立った。
「おお!にのみや!」
「にのみや?」
聞いたことが無い名前に、思わず俺はリピートする。
「先輩、高校ここだったんですか?」
二ノ宮と呼ばれる彼が、嬉しそうに石明に問うた。
「ああ、遊びまくっておかげさまでね。お前もか?」
「あはは・・・はい。全然勉強に追いつけなくて、ここになっちゃいました」
彼はへらへらと笑いを浮かべている。
「石明、知り合いか?」
「ああ。中学のサッカー部の時の後輩。キーパーやってたんだけど、一年生でベンチ入りしたすげぇ奴だよ」
「そ、そんな。偶々ですよ。あ、初めまして。にのみや満也みちやです!」
彼は元気よく俺に自己紹介をすると、ニッと笑った。こいつはきっと、中学でもモテたに違いない。
「ああ。真田裕人。よろしくな」
「ところでお前。突然なんだけど、もう部活入った?」
ふと、唐突に石明が問うた。これはもう、キーパーとして任命する気だろう。
「あぁ、いや。またサッカーやろうとも思ったんですけど、どうしようかなって迷ってて・・・」
「つまりまだ、どこにも入ってない?」
「一応仮入部はしましたが、そうですね」
「よし!お前、フットサルやらないか!?」
「え、ええ!?」
石明が、彼の肩をバンッと叩く。彼はビクリと肩を震わせて驚いた。
「ふ、フットサルですか?やったことないですよ?」
「ああ、平気平気。サッカーよりちょっとコートとかボールが小さいだけだって。すぐに慣れるさ」
「は、はぁ・・・。っていうか、フットサル部なんてありました?部活紹介には出てませんでしたけど」
「え。あ、あはははは!それがな、あったんだよ!まさに秘密の部活、フットサル部が!な!裕人!」
「は?・・・あ、ああ」
突然に話のフリに、思わずそっけない返しをした。
「そ、そうなんですか・・・。ま、まぁ。とりあえず今度、見に行ってみますよ。あ、それと、一緒に部活迷ってる奴がいるんで、そいつも連れて行っていいですか?」
「おお!もちろんいいとも!」
これは思ってもいない好都合だ。その二人をメンバーに加えられれば、収集に残り一人を残すだけになる。
石明は俺を見ると、嬉しそうに頷いた。
「じゃあ俺たち、毎週木曜日にテニスコートにいるから。その時に来てくれ」
「分かりました。それじゃあ、失礼します!」
彼は丁寧にお辞儀をすると、足早に帰っていった。
「思わぬ収穫だったな」
未だにニヤニヤが止まらない石明が言った。
「ああ。あいつともう一人が入ってくれれば、それだけであと一人になる。ラッキーだったな」
―でも、万が一宇佐美が戻らなかったら・・・。
ふと、不覚にもそんなことを思ってしまった。
ダメだ、そんなはずはない。あいつは、ずっと俺たちと一緒にやってきた。あいつだって、同じ気持ちのはずだ。認めたくない考えを振りほどく。
「それじゃあ、もうしばらく見てみるか」
「おう、そうだな」
再び俺たちは、誰か知っている人がいないか、下駄箱前の廊下で二人、佇んでいた。
しかし、それ以降はなんの収穫もなく、今日の張り込みは以上で終わった。

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