Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

4.

世間はよく、桜だー、花見だー、満開だー、とかうるさいが、自分はそんなのに一切興味が無い。
どうして世の中の人々は、花なんかを見て楽しむのだろう?そんなもの見ていても、何の利益もないし楽しい訳でもない。それならば、スポーツをして体を動かしていたほうが何倍も楽しい。
この間、彼女に桜を見に行こうと言われて、彼女の誘いとしぶしぶついては行ったものの、彼女との雑談以外、あまり楽しく無かったのが現状だ。
ロマンチックという言葉があるが、そんなものは自分には向いていないと思う。対照的に彼女はロマンチックな出来事を求めているのかもしれないが、イマイチどうしてあげればいいのかが分からない。
最近、彼女との趣味の食い違いに悩み始めてきた。それでも彼女の事は好きだし、これからも大事にしていきたいのはもちろんだ。どうすれば彼女とより仲を深めることができるのか。最近はそればかり考えていた。
「おーい、どした?」
ふと、彼の声が聞こえた。
「・・・んあ?ああ、悪い悪い」
「珍しいな、お前が桜なんてボーっと見つめて。花なんて興味なさそうなのに」
親友である真田裕人がぼやいた。
「まぁ、興味が無いことはないんだけどよ。前、玲奈と桜を見に行ったんだが、イマイチ楽しめなくてさ。どうすればいいかなーって思ってて」
「ふぅん。和樹らしい悩みだな」
中田和樹は春休み最終日。裕人の家にて、バスケットボールの一対一をして遊んでいた。
そんな中、裕人の家の前にそびえ立つ、一本の大きな桜の木を見ていた。
「まぁでも、南口だって、それはもう承知の上だろ?どうせ長年の付き合いなんだし」
「だとは思うんだが・・・最近上手くいってなくてなぁ」
「へぇ。例えば?」
「いや、その・・・あいつ、カメラオタクなのは言ったよな?」
「ん、ああ。聞いた」
「そう。そろそろ俺の頭じゃあいつの話についていけなくてよ。まずそこから話題のズレがあるというか。それと、俺いっつもバスケばっかりやってるから、テレビとかあんまり見ねぇし。最近話題の芸人とか、全然知らねぇんだよな」
「お前、バスケバカだもんな」
「まぁ・・・な」
裕人が隣で、バスケットボールを人差し指の上でクルクルと回している。難なくその技をやってみせる彼は、本当に凄いと思う。
「お互い部活もやってるし、ろくに会話もしてねぇしよ。ちょっと最近マズいんじゃねぇかなぁって思ってて」
「ふーん。心奈にも相談してみようか?」
心奈とは、彼の彼女の事だ。マジメな性格だが、どこかが抜けていて、友人である自分でも可愛らしいとも思う女の子である。
「明月?うーん・・・いや、いいよ。俺たちの問題だし、明月まで巻き込むわけにはいかん」
「そうか?ならいいんだが」
「まぁ・・・悩んでても仕方ねぇよな。次、行くか」
「お、オーケー」
彼はボールを叩きながら、ゴールの前まで歩いた。それと向かい合うように、中田もゴールの前に立つ。
「スリー、ツー、ワン」
彼の掛け声とともに、互いに動き出した。彼はもう何年もバスケをやっていないはずなのに、シュート成功率は自分よりも高い。流石は、昔エースとして活躍するはずだった彼だ。
「よっし」
彼のシュートが決まった。また取られた。本当にこいつはフットサル部なのか?思わず疑問に思ってしまう。
「おいおい、やっぱりまたバスケやったほうがいいんじゃねぇのか?お前」
「んー?いや、バスケはもう、趣味で遊ぶくらいでいいよ。本気でやる気はないし」
「そうか・・・?」
「それよりほら。今度お前だ」
「あ、おう」
彼がボールを投げて渡した。今度は中田がボールを持ち、彼と向かい合った。中田の合図とともに、互いに動きだす。
―クッソ、どこまでもついてきやがる。
ドリブルをしながら逃げても逃げても、彼はピッタリとついてくる。マーク力も高いとなると、かなり厄介だ。
「いよっと」
「な!?」
気がつくと、彼にボールを取られてしまっていた。彼はニヤニヤと笑いながら、人差し指の上でボールを回している。
「詰めが甘いな。お前、そんなに前下手だったか?」
「ちげーよ。ずっとやってなかったはずのお前のほうが、何故か上手くなってんだろ」
「そうか?これでも全然なまりが抜けた気しないんだが」
「けっ、そうかよ」
―本当にやればいいのに。勿体ない。
心の底から、そう思える。彼ならきっと、今からでもプロを目指せる人材かもしれない。そんな彼がフットサルだなんて、きっと欧米も驚愕だ。
「ふぁーあ、疲れたな・・・っと?」
ふと、家のベランダのほうから聞き慣れないベルの音が鳴った。きっと、彼のスマートフォンの通知音だろう。
彼がその場に向かうと、何やら誰かと電話をし始めた。何を話しているのかは分からないが、とりあえず段々話が愚痴の言い合いになっていることで察しがついた。
五分程の電話を終えると、裕人は再びベランダにスマートフォンを置き、こちらに戻ってきた。
「誰だ?今の」
「心奈だよ。今宝木といるらしくて、暇だから来たいって言うから、呼んだけど。いいよな?」
「ん。ああ、構わねぇよ」
「うっし。じゃあ、あいつら来るまで、もう何試合かやっとこうぜ」
「オーケー。次は取らせねぇからな?」
「おう」
二人は互いに微笑み合うと、掛け声とともに動き出した。

「わぁー!アップルパイ!」
おやつにと出された裕人の母特製のアップルパイを見るたび、美帆がご機嫌な声をあげた。
「あら、リンゴ好きなの?」
「はい!大好きなんです!」
「そうなの。頑張って作ったから、よかったら召し上がってね」
「はーい!ありがとうございまーす!」
裕人の母は嬉しそうに微笑むと、部屋を出ていった。
中田たちは、裕人の部屋に四人、思い思いの場所に座り、のんびりと雑談をしていた。
「お前、ホントリンゴ好きだな」
さっそく幸せそうに、大きな一口でアップルパイを頬張る彼女に中田は言った。
「大好き!だって、美味しいんだもん!」
「はは、幸せな奴だな」
中田は軽く微笑むと、アップルパイを一口入れた。うん、確かに甘くて美味しい。
「あつっ!?おい、お前らよく食えるな。熱くねぇのか?」
裕人が口元で熱そうに、小さくかじった。
「えー、ヒロ。猫舌だっけ?」
それを見て、心奈が笑っている。
「ああ?前言わなかったか?」
「うーん。覚えてない」
「んだよ。お前こそ猫目なんだから、猫舌だったらもっと可愛いのに」
「なっ?!ちょ、急にそんなこと言わないでよ!」
顔を真っ赤にしながら、彼女が裕人の頭を叩いた。見るだけでも非常に痛そうである。
「いいな、お前ら。幸せそうで」
「うーん?このバカヒロが変なこと言うだけだよ。別に私はただ、こいつにお仕置きしてるだけだし」
「はは、そうかい」
「ところで、和樹君は玲奈とどんな感じなの?」
ふと、美帆が問うた。
「あ?俺か?」
「うん。前に何度か一緒に会ったけどね?仲は良さそうだったけど、なんかどこかお互いに恐縮してるような感じがしたから、大丈夫かなぁって」
「・・・そう見えるか?」
「うん。なんだかぎこちなかったし、本当に何年も付き合ってるのかなぁって、正直思っちゃった。・・・あ、別に悪く言ってるわけじゃないんだよ?」
美帆が右手を振った。
「いや、わあってるよ。一応」
流石は、この二人を復縁させた彼女だ。自分たちの関係も、全てお見通しだったという訳である。
「そうなんだよなぁ。それもあるし、最近趣味にも食い違いがあってよ。本当に、このままで大丈夫かと思ってて」
「うーん、そっかぁ・・・」
美帆はアップルパイの最後の一口をゆっくりと噛みしめると、次にこう告げた。
「じゃあ、二つだけアドバイス。まず中田君、少し玲奈に頼りすぎなんじゃないかな?」
「へ?俺がか?」
「うん。中田君、玲奈なら大丈夫だろうとか思っちゃってること。ない?」
「それは・・・あるかもしれん」
「だろうね。そんな事だろうと思ったよ」
確かに、自分は真面目な彼女なら、多少は許してくれるだろうと思っている事もしばしばある。そのおかげで、南口に助けてもらったことも少なくない。
「それから、もう一つ」
彼女は悪戯する子供のように微笑むと、こう告げた。
「・・・中田君、まさかだけど今迷ってるでしょ?」
「迷ってる?何に?」
「女の子」
「・・・はぁ?」
中田と裕人の声が被った。裕人も呆れ顔である。
「お前、まさか別の女の子と仲良くしてんのか?」
「な!べ、別にやましい関係じゃないぜ?ただの部活のマネージャーだ」
「ふーん、怪しい」
心奈が目を細めてこちらを見る。まずい。これはもう非常にまずい。
「いや・・・確かに玲奈も大切だ。でも、そっちのマネージャーのやつも、同じくらい今大切で・・・」
「和樹君!」
「は、はい!?」
美帆がニコニコと微笑んでいる。やばい、悪魔だ。
「どういう関係か。しっかり話してくれる?」
「ぐぅ・・・わぁったよ!話すよ!でも、本当にそんなやましい関係じゃないからな!?」
中田は一つため息を吐くと、彼女との今の現状を三人に話した。
彼女が中田専属のマネージャーということ。バレンタインデーにチョコを貰い、告白されたこと。正直、今は南口よりも一緒にいて楽しくて、上手くいっていること。全て、そのまま話した。
「ふぅん・・・これは玲奈が知ったら悲しむね」
「はは、ある意味和樹らしいな。女に悩まされるだなんてな」
裕人と心奈が、それぞれに楽しそうにしている。くそ、散々バカにしやがって。
「じゃあそうだなぁ・・・その子が中田君に彼女がいるって事を知ったうえで仲良くしてるとなると・・・これはキッパリ言うしかないね」
美帆が言った。
「な、何言ってんだ!俺の事を応援してくれてるのに、やめてくれって言うのか?」
「でも、それしか方法は・・・」
「冗談じゃねぇぞ?あいつは、俺を好きな男としてじゃなくて、一人のプレイヤーとして応援してくれているんだ!そこまで応援してくれるサポーターに、やめてくれなんて言えるか!」
「・・・そう。なら、仕方ないね」
美帆は諦めたように苦笑いを浮かべると、立ち上がり裕人のベッドに寝転んだ。
「わぁ、ふかふか~。これ、だいぶいいやつなんじゃない?」
「あ?ああ、一応父さんのお下がりなんだけどね」
「おい!話逸らすんじゃねぇよ!?」
呑気にベッドの話題に逸らした美帆に、中田は叫んだ。
「うるさいなぁ。ちゃんと話すよぉ」
彼女はベッドから起き上がると、壁にもたれかかった。
「そうだね・・・大会に優勝するとか」
「はぁ?お前、マジで言ってるか?」
「もちろん。その前に、玲奈が中田君にしてもらいたいことをあらかじめ聞いておいて、優勝したら果たす・・・みたいな、そんな感じとかでもいいんじゃないかな?」
「あのなぁ・・・簡単に言うけどよ。優勝ってそんな楽じゃないぜ?それに俺、ベンチだし」
「そこで、その夏樹ちゃんだよ」
「・・・はぁ?」
「夏樹ちゃんの夢は、和樹君の大会優勝。その為に頑張って練習して、彼女の気も満たせる。一石二鳥、って感じ?」
両手で一と二を作り、楽しそうに美帆が笑った。
「でも、本当に優勝できんのか?お前。キッパリとそいつと離れたほうがいいんじゃねぇのか?」
裕人が言った。
「さぁな」
「中田君、ベンチなんでしょ?大丈夫?できるの?」
同じように心奈が言う。
―こいつら、似つかねぇのに似たような事言いやがって。
「知らん。・・・でもまぁ、一応やれるとこまではやってみるわ」
「それなりにな」そう中田はつぶやくと、トイレを偽って、裕人の部屋を出た。
―夏樹を見捨てるなんて・・・できねぇよ。
壁に寄りかかりながら、中田は再び迷っていた。

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