Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

初めまして、さようなら?

突然だが、俺はこの時期が嫌いだ。
大体新一年生が入学式を迎えると、決まって朝の電車が、何も知らない一年生たちで満杯になる。それは押し競まんじゅうのようで、多少なりとも暖かくなってきたこの時期には不快だ。おかげで電車に乗っているだけで汗をかく。それでも新しい高校生としての初々しさは可愛らしく、数人で電車の乗り方に戸惑っている姿は見ていてほっこりする。だが、せめて電車の入り口付近に固まるのだけはやめてほしい。通路にも入れるのに、一部分だけ固まっていちゃあ意味がない。毎回電車に乗る度に、俺は彼らをいつも恨んでいる。
電車を降りて見える桜だけはいつ見ても綺麗だ。毎年この時期になると、満開の桜が道を彩る。この花々を見ていると、それとなく「今年も頑張らないと」と思うのだが、やっぱりその生活は平凡で、特に変わり映えの無い生活になる。
今年もどうせ、そんなことだろうと思っていた。だが、突然現れた彼の一言で、俺たちの平凡は崩れ去った。
「・・・今、なんて言いました?」
俺、真田裕人は思わず聞き返した。
「だから、六月までに新しいメンバーが三人集まらなかったら、フットサル部は廃部だって言ったんだ」
面倒くさそうに、バスケ部監督兼フットサル部担任の小池が改めて答える。
「冗談すよね?俺、この部活無くなったら、結構辛いんすけど」
同じく驚いた表情を浮かべながら、宇佐美悠介が問うた。
「いやいや、冗談なんかじゃないよ。教頭先生直々の話だ。これでも、俺がなんとか頼んで六月まで伸ばしてやったんだ。そこだけはせめて、感謝してほしいかな」
「そんなっ・・・」
部活が無くなる。毎週一回、このテニスコートに集まる、俺たちだけの空間が無くなる。そう思うと、それはとても嫌だった。確かに傍から見ればただ三人がボール遊びをしているだけかもしれない。それでもこの場は俺たちにとって、のんびりと三人だけでフットサルを楽しめる聖域の場であるのだ。
「で、でも!もう新入生歓迎会の部活紹介も終わりましたよね!?俺達はもちろん出てませんし、どうやって集めればいいんですか?」
石明真が問うた。
「んー?さぁ、それはお前たちのやり方でいいんじゃないか?」
「そんな無責任な!?」
「まぁまぁ、落ち着け。一応、今回その話だけじゃないんだ」
小池は振り向くと、テニスコートの入り口横にずっと座っていた、一人の青年に手を振った。
彼はこちらに気がつくと、ゆっくりと走りながらこちらへとやってきた。
「まさか、この人が誰かは知ってるよな?」
小池が言った。
「えっと・・・新任の安村先生ですよね?」
微かな記憶を思い出しながら俺が答えた。
「お、覚えててくれたか。よかったよかった」
明らかにスポーツマン体型で、若々しい彼が嬉しそうに喜ぶ。
「それで、安村先生がどうかしたんですか?」
「ああ。今日から、こいつがお前らの監督だ。一応、大学時代の後輩でね。バスケ二軍のエースだったんだよ。俺がいなくなった後も、エースとして頑張ってたんだってさ」
「・・・ここ、フットサル部ですよ?」
「ああ。でも、ちゃんとした監督がいるだけでも違うだろ?」
「まぁ、そうですけど・・・」
「んじゃ、そういう訳だから。今日から安村の指導の元、頑張ってな。じゃ!」
小池はニコニコしながら、逃げるようにテニスコートを出ていってしまった。彼は女子に人気が高い割に、男子からはあまりよく思われていない。その原因は、こういうところであるのだろう。
「あいつ、逃げたな」
宇佐美が呟いた。
「ああ。後で璃子に言って、女子に広めさせてやれよ。人気も落ちるんじゃねぇの?」
石明がニヤッとしながら、宇佐美に提案する。
「はいはい、そこ。その話は後でね」
安村が二人を指摘した。
「っていうか大体、あんたサッカーはやった事あるのか?」
細い目で彼を見ながら宇佐美が問うた。
「いや・・・申し訳ないけど、やったことなくてさ」
「はぁ。なんでフットサルはまだしも、サッカーでさえ未経験のあんたが監督なんだ?」
宇佐美が不満そうにぼやく。その顔は、嫌という字が見え見えだ。
「いやぁ、小池さんとは昔からあんな感じでさ。どうしても断れなくて」
「けっ。大人なんてやっぱりそんなもんか」
「まぁまぁ。とりあえず、落ち着けよ」
俺は、喧嘩腰な態度の宇佐美を抑えた。
「とりあえず、あれだ。俺はフットサルどころか、サッカーもあまり知らない。だから、お前たちと関わることになった以上、しっかりと勉強しようと思う。だからまずは、よろしくしてほしいんだ」
「お前たち、名前は?」安村がそれぞれの名を問うた。俺から順に、彼へ名前を告げる。特に宇佐美はまだ嫌そうで、ぶっきらぼうに答えていた。
「オッケー。裕人に悠介に真だな。じゃあ、まずは・・・」
彼は、近くに転がっていたフットサルボールを手にした。
「よし、鳥かごでもして遊ぶか!」
彼がぎこちない動きで、ボールを足で動かす。
「鳥かごぉ?どうしてそんなガキみたいな・・・」
宇佐美が舌打ちをする。これはもう、よっぽど彼を気に入っていないようだ。
「いいじゃんか、やろうぜ。石明も」
俺は彼らを誘いながら、安村の近くへ歩み寄った。俺は別に彼を嫌う気はまだ無いし、それどころか、どこか親近感さえ覚えていた。
「・・・悪い裕人、俺パス」
「あ!?お、おい、石明?」
「お、じゃあ俺も」
「宇佐美!!」
彼らは難しい表情を浮かべたまま、揃ってテニスコートを出ていってしまった。
―おいおい、そんなに嫌なのかよ?
半ば呆れ交じりに、追いかけようと走り出そうとする。
「す、すみません!今、連れ戻してきます!」
「ああ、いいよ。気にしなくて」
しかし安村は苦笑いをして、俺を呼び止めた。
「で、でも・・・」
「突然フットサルもサッカーもやったことない人が、指導することになったんだ。不満も大きいだろうね。仕方がないよ。裕人だっけ?」
「え?あ、はい」
「そうだな・・・まずは、基本的な練習でも教えてくれよ。パス回しとか。俺も一緒にやるからさ」
「は、はぁ。分かりました・・・」
―本当に、大丈夫かな・・・?
新学期に入って三日目。俺達が高校三年生になってまず最初にぶつかった壁は、部活存続を掛けた条件と、新しい監督との出会いだった。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品