Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.30

二泊三日の沖縄旅行 最終日

心奈は朝一番で、彼らの元へ向かった。
今日で彼らとはお別れだ。別れの挨拶を告げに、真っ先にここへやってきたのだ。
「ん・・・おぉ、心奈ちゃん。朝からランニングかい?」
海の家の外で、トラックの荷物を整理していた、秀光が声をかけた。
「おはようございます。ランニングというか・・・まぁ、そんなに家から遠くなかったんで、走って来ちゃいました」
ふぅっと息を一息つきながら、心奈は言った。
「うん、若い子は元気が一番だ。ところで、今日で帰るんだったかな?」
「はい。なので、挨拶がてら、もう少しだけ手伝おうかなーって」
「おや、いいのかい?親戚の方々は」
「大丈夫です。と言うより、私よりおばあちゃんの親戚なので、知らない人ばっかりで窮屈なんですよね。こっちの手伝いしてるほうが、気が楽というか」
「そうかい。まぁ、心奈ちゃんがいいなら、こっちも助かるよ。秀樹ももう少しで来るから、少し座って待っててくれるかな。私は、ちょいとトラックで運んでいく物があるんだ」
「一緒に行きましょうか?」
「いやいや、そこまでしてくれなくてもいいよ。心奈ちゃんは、秀樹の面倒でも見ててくれ」
「分かりました。お気をつけて」
彼のトラックを見送ると、心奈は浜辺に歩み寄った。
まだ誰もいない、静かな海。サァーっと波立てて押したり引いたりを繰り返している海は、見ていてなんだか飽きなかった。
カモメが気持ちよさそうに鳴いている。その鳴き声は、聞いているとゆっくりと心が癒されていくような気がした。
「よう」
「っ!?つめた!?」
突然、首元にひんやりした感覚が走った。
咄嗟に振り返ると、いつもの憎たらしい顔をした秀樹が、お茶のペットボトルを持って立っていた。
「もー!いきなりやめてくださいよ!ビックリするじゃないですか!」
「あ?だって、ビックリさせたかったからな。それより、ほら。飲むか?」
「むぅ・・・貰っておきます」
「ん?お礼が聞こえないなぁ?」
わざとらしく耳を立てて、秀樹がそっぽを向いた。
これは一昔前に、どこかの誰かさんにも言われたようなセリフだ。こういったセリフに、自分はとても弱い。
「ぬぅ・・・あ、ありがとうございます」
「よろしい。それが年上への対応だな」
偉そうに彼は言うと、持っていたもう一本のお茶のペットボトルを開けた。
「何見てたんだ?海でも眺めてたのか?」
「はい。やっぱり、何度見ても綺麗だなぁって思って」
彼はお茶を飲んでペットボトルの蓋を閉めると、思い出すように言った。
「・・・あいつも、そんな風に見てたよ。海が綺麗だって言って、大好きだった」
あいつとは、きっと彼の昔の彼女の事だろう。
あれからと言うものの、彼の印象がだいぶ変わった。彼も同じく、死というトラウマを背負いながら、こうして生きているのだ。それも必死に、再び同じような出来事が繰り返されぬように。
「思い返せば、『そんなもん見ててどうするんだ』とか、あいつに言っちまってたなぁ。それでもあいつ、色々考えちまってたのかねぇ?」
「さぁ・・・私たちがどうこう言ってても、結局何も分かりませんよ。全てを知っているのは、彼女さんだけなんですから」
「・・・ま、それもそうだなぁ」
心奈は彼から貰った、キンキンに冷えたお茶のペットボトルを開けると、一口だけ飲んだ。ちょっぴり苦かったが、それでも彼にそんな顔は見せられず、我慢して味を噛みしめた。
「あ、それ苦いほうだから」
彼が自分のペットボトルを振りながら言った。
手渡されたペットボトルをよく見ると、『淹れたての深いコク』と大きく書かれていた。彼のペットボトルには書かれておらず、普通のあまり苦くないお茶らしい。
「・・・あー!道理で苦いと思ったんです!酷いですよ!」
「うるせぇな。苦いの苦手なんだよ」
「でもでも!普通女の子に苦いほう飲ませますか!?我慢して飲むくらいしてくださいよ!」
「なんだよ。なんならホレ、こっち飲むか?」
彼は何の邪気もない様子で、幾らか飲んだペットボトルを差し出した。
「えっ・・・?えと・・・」
―の、飲む?でも・・・。
飲みたくない。といえば、嘘だった。だが心奈の正気が、それを制した。
「・・・冗談だよ。なにマジになってんだよ」
「なっ・・・そ、そんなこと・・・!」
「顔に書いてあんぞ。嫌ではないって」
彼はにやけ顔で言った。その笑みが、やっぱり何だか憎たらしい。
「いやー、困ったもんだな。俺の飲みかけのお茶を飲もうとする女の子がいるだなんて」
「だからっ!そんなことないですっ!大体、秀樹さんだって年下の私なんかより、もっと同い年の人とかと仲良くなればいいじゃないですか!」
「んー?同い年ね。そういえば言ってなかったんだけど、昔の俺の彼女も、一つ年下なんだよね」
「へっ?」
「俺、年下好きなんだわ。同い年とか年上といると、なんだか調子狂ってよ」
「そりゃあ・・・そうですよ。何せ、秀樹さんがそんな性格だから」
「ああ?そんなってなんだよ、そんなって」
「憎たらしくて、全然女の子に優しくなくて。その上いつも命令口調で面倒なことは全部任せて。おまけにデリカシーもないし、一緒にいるだけで気疲れしちゃいます」
「おーおー、言うじゃねぇか。全部、褒め言葉だな」
「そういうところも、秀樹さんらしいです」
心奈は笑った。
なんだかんだ言ってても、心奈は彼を信頼していた。彼の行動や言動には、いつも裏に優しさがある。不器用で直接本音を言えないところが、なんだか可愛らしい。
「・・・なぁ、心奈」
「ん?何ですか?」
ふと、彼に両肩を掴まれた。
「へっ・・・?」
彼と向き合う形になり、急に胸の鼓動が勢いを増し始めた。ビックリして、ペットボトルが手から滑り落ちる。
どうして、自分は彼に好意を持っているのだろう?本当なら、この人よりも大切な人が、自分にはいるはずなのだ。
「俺・・・お前となら、やり直せる気がする」
「え、ちょっと・・・秀樹さん!急にどうしたんですか!?」
「・・・俺、お前の事好きだわ」
「えぇ!!?」
心奈の叫び声は、朝の海にとても響いた。叫んだ後に、とても恥ずかしさがこみ上げた。
「なぁ、実はお前も、何か悩みとかあるんだろ?それも、俺がなんとかしてやるからよ」
「で、でもっ・・・そのっ・・・」
これが本当の告白というものなのか。
ひと月前に自身も彼に告白はしたが、どうやらレベル差がだいぶ違ったようだ。それを身を挺して実感する。
彼の告白に、心奈は思うように言葉を出せずにいた。
「・・・まぁ、いいや。突然悪かったな」
彼は諦めたように両肩に置いていた手を放すと、今までのは何だったのかと思うくらい、大きな欠伸をした。
「でも、出来れば帰るまでに答えは教えてほしい。お願いだ」
「え、えっと・・・うん」
彼は優しく微笑むと、家の中へと向かっていってしまった。
心奈は未だに激しく動く鼓動に、想いを悩ませていた。

それからというものの、ずっと彼への返事を考えてばかりで、ボーっとしていることが多かった。
彼との会話もだいぶ少なくなってしまい、せっかくの最後の時間だというのに、思うように過ごせなかった。
「心奈ちゃん、どうかしたかい?」
心配そうに、かき氷を作る秀光が問うた。
「・・・ふぇ?あ、いえ!大丈夫です!かき氷、持っていきますね!」
「え、ああ。頼んだよ」
心奈は彼から出来上がったかき氷を受け取ると、注文した女の子へと持っていった。
「はい、どうぞ」
「わぁ!おねーちゃん、ありがとー!」
「どういたしまして。ありがとうね」
「はーい!」
女の子は嬉しそうにかき氷を食べながら、家を出て行った。
「心奈ちゃん、そろそろ時間じゃないのかい?」
秀光がタオルで汗を拭きながら言った。
時計を確認する。針はもうすぐお昼の十二時に差し掛かりそうだった。飛行機の時間は二時間後だ。移動時間も含めて、早めに戻らなくてはならない。
「あ、本当だ。そろそろ戻らないと・・・」
「後は、私達に任せてくれ。なぁに、男二人いれば、これくらいどうってことないよ。明日には他の従業員もお盆休みから帰ってくるしね」
「それは心強いです」
心奈は彼に微笑んだ。
「今までありがとうね、助かったよ」
「そんな。私だって楽しかったです。それに、いい経験にもなりました」
「そうかい。そりゃあよかった。それと・・・」
「おい、心奈!まだいるか!?」
急に店の中に、息を切らした様子の秀樹が入ってきた。
「はっはっは。どうやら、私の話はここまでのようだね。秀樹、心奈ちゃんを見送ってあげなさい」
安心した様子の秀樹は汗を拭うと、口元を釣り上げて笑った。
「ったりめぇだろ。女一つ見送れねぇ奴は男失格だ」
「一つ?私はモノですか?」
「ああ?いちいちいいんだよ!ツッコまなくて!」
面倒くさそうに叫ぶ秀樹をよそに、秀光は嬉しそうに笑っていた。
「はっはっは。その調子なら平気だな。それじゃあ、心奈ちゃん。またいつか、会えたら会おうね」
「はい!秀光さんもお元気で!」
彼に別れを告げると、心奈は秀樹と並んで家を出た。
「・・・それでなんだが」
「・・・返事、ですよね」
一気に空気が重くなる。
正直、なんて言えばいいか。まだ心の中で決まっていなかった。
どうすれば、誰も傷つかずに結末を迎えられるのか。その答えを、ただひたすら探っていた。
「嫌だったら・・・いいんだ。それにほら、俺たち五歳も年の差があるしよ。住んでる場所も離れてるし、思ってる以上にうまくいかないとは思うんだ」
「はい・・・」
「それでも・・・それでも、俺はやっぱりお前と別れたくない。もう会えないと思うと・・・何故か、辛いんだ」
「それは・・・私も同じです。でも・・・」
心奈は俯いた。
「心奈は・・・俺が嫌いか?」
彼が問うた。
「嫌い・・・では、ありません。寧ろ、一緒にいて楽しかったです。でも、それが好きっていう感情なのかと言われると・・・よく、分からないんです」
「そうか・・・」
「でも・・・」
言葉と同時に、心奈は彼の手を手に取った。
彼が途端に、驚いた表情を浮かべる。
「これだけは、言わせてください。私は秀樹さんと出会えて・・・本当に、心の底から嬉しかった」
「心奈・・・」
彼が微笑んだ。
本当なら、その次にその言葉を言おうとしていた。
心に決めたその一言を言えば、そこで済むはずだったのだ。
だが、現実は甘くなかった。
「っ!?」
「・・・秀樹さん?」
彼が表情を強張らせる。次の瞬間、力が無くなったように、彼は心奈に倒れかかった。心奈の体に、彼の体がズシリと伸し掛る。
「お前は・・・本当に哀れだ」
「っ!?あなたは・・・!」
目の前に立つそれに、心奈は見覚えがあった。
「俺が誰か・・・分かるな?」
それは、赤く銀色に染まる尖ったモノを持ちながら言った。
「えっ・・・まさか!?」
すぐに彼の背中を確認する。
秀樹の背中は、既に赤黒く染まっていた。
それを見た瞬間、再びあの瞬間がフラッシュバックする。
「ひ、秀樹さん!?大丈夫ですか!?」
「ぐっ・・・心奈・・・俺を置いて、逃げろ・・・」
「で、できません!だって・・・」
それは気がつくと、既に心奈の真横まで来ていた。
ひと月前、彼に傷つけられた頬に再び尖ったそれが向けられた。
「お前はあれで気がつかなかったのか?最も愛する男に裏切られ、罵声を浴びせられ、挙句にナイフで切られたんだ。それなのに、何故再び愛を育もうとする?また裏切られるに決まっているんだ。お前は、もといそういう運命にある」
「ち、違う!」
「違わない。これまでずっとそうだっただろう。そうじゃなくとも、お前と関わってきた人物は皆、不幸な目に合ってきた」
「違う・・・やめて・・・」
「だったらもう、やめたらどうだ?どうせ結末が見えている人間関係なら、最初から築かないほうがいいだろう。そのほうが、お前の身の為でもある」
「もうやめて!!!」
心奈は叫んだ。
ぐったりと自分の腕の中で倒れる彼の頭に、涙が落ちた。
「ここ・・・な・・・?」
彼が小さく言った。
「喋らないで・・・ください」
「・・・これが最後の忠告だ。お前はもう二度と、他人と関わってはいけない。いけないんだ」
それは尖ったそれを下ろすと、それを投げ捨てて、足早に逃げ去ってしまった。
追いかけたほうがいいのだろうが、到底女の自分には追いつけない。ましてや重症人がいるのだ。そんなことできる訳もない。
「ぐぅ・・・!」
「っ!秀樹さん!」
心奈は彼をゆっくりと地面に寝かせると、彼の名を呼んだ。
「何か、血を止めるものを・・・」
「こ、こな・・・」
「だから、喋らないでください!」
「おま、え・・・男が、いたのか・・・?」
「っ!・・・いましたよ。もう、いないですけど」
「そう、か・・・。フラれて自殺なんざ・・・バカが、すること・・・だ」
「分かりましたから!!お願いだから喋らないでください!!すぐに秀光さんを呼んできます!」
「待て・・・」
歩きだそうとした心奈の足を、彼は弱弱しい手で掴んだ。
「なんですか!一刻を争うんです!いい加減にしてください!」
「俺は・・・!お前を裏切ったりしねぇ!」
横たわる彼が、精いっぱいの力で叫んだ。
その瞬間、心奈はハッとした。
「例え・・・お前の答えが、ノーだと・・・しても。俺は、お前を裏切らねぇ・・・から・・・よぉ」
尻すぼみに答えると、彼は力尽きたように目を閉じてしまった。
―・・・嘘でしょ?
「秀樹さん?秀樹さん!ねぇ、秀樹さん!!秀樹!!ねぇ!!」
心奈は彼の名を呼んだ。だが、彼はその呼びかけに答えることはなかった。
「秀樹さん!!!」
心奈は喉が潰れるほどの声で、彼を心から呼びかけた。

二日後
結局その後は、救急車を呼んだり、警察に情報提供を求められたりで、予定通り帰ることができなかった。
とんだ大騒動に海周辺への立ち入りは禁止され、当然秀光の海の家もしばらくお休みになった。
秀樹はというと、命はなんとか助かったものの、出血多量であと少し遅かったら危なかったらしい。
今は安定しているようで、じきに目を覚ますのを待てとの事だ。
心奈は、彼の病室にいた。
未だ彼は眠った状態で、目を覚ましていない。
再び起こった悲劇に、心奈の心は崩壊寸前だった。
―私が関わったから、秀樹さんはこんな目に遭った。
『・・・これが最後の忠告だ。お前はもう二度と、他人と関わってはいけない。いけないんだ』
あの時の言葉が蘇る。
もう、何もかもが嫌だ。自分が誰かと関わると、必ず不幸が訪れる。もしかしたら、自分は疫病神なのかもしれない。
自分が接することで、不幸な目に遭う人がいるのなら・・・自分から接さなければいいのではないか?
いや、寧ろそれなら、嫌われたほうが気が楽ではないか?どうせあの時のように、自分は誰からも嫌われる運命なのだ。それならば・・・。
「ん・・・」
ふと、どこからか声が聞こえた。
「っ!秀樹さん?」
「おう・・・?心奈、か?」
彼のベッドに歩み寄る。目を覚ました彼は自分を見て安心したようで、微笑んだ。
「よかった・・・お前、助かったんだな」
「バカ言わないでくださいよ!もうちょっと遅かったら、秀樹さんのほうが死んでたんですよ!?」
「ははっ、わりぃ。・・・ところで、俺どのくらい寝てた?」
「二日間ですよ。おかげで予定よりも長く沖縄にいるんですからね?感謝してください」
「おう。・・・それで、なんだが。俺を刺した奴・・・知り合いか?」
「あっ・・・えっと・・・」
彼が真剣な表情に変わった。
一体どこから、どう説明すればいいのか。正直自分も、彼の事はあまり詳しくないのだ。
「多分ですけど・・・私を裏切った彼の部下です」
「ああ?どういうことだ?」
「それだけじゃ、分かんないですよね。分かりました。イチから説明します。長いですけど、いいですか?」
「ああ。話していいんだったら、頼むわ」
心奈は、これまでの過去の出来事を秀樹に話した。
自分が思うに、彼と初めて出会った時。彼が足を刈って倒したほうではない、もう片方の悟郎と呼ばれた男だと思う。
彼は、自分たちのあの出来事を知っていた。それならば、必然的に彼と関わりがあることになる。つまり、今回は彼の命令か何かで、わざわざ自分を追ってきたのだ。
「なるほどな・・・」
彼は納得した表情を浮かべると、まだ治り切っていない体を起き上がらせようとした。
「ちょ、ちょっと!まだ日が浅いんですから、ちゃんと寝ていてください!背中の傷が開いちゃいます!」
「うるせぇ・・・これくらい、平気だ」
痛そうにしながらも、彼は体にムチを打ち、無理やり起き上がった。
「お前、もう帰るのか?」
「あっ・・・はい。残念ですが、今夜には」
「そうか・・・」
思い悩んだような表情を浮かべると、咄嗟に彼が手を伸ばした。
「ふぇ!?」
彼が心奈の体を両手で抱いた。
「一応、気絶する前にも言ったけどよ・・・俺はお前を裏切らねぇ。それは、絶対に約束する」
「ひ、秀樹さん!それはいいんですけど、なんで抱き着くんですか!?」
「ん・・・いや、寂しいから」
「もう・・・」
ため息を吐きながらも、心奈はそのまま彼の体に腕を伸ばした。今までずっと寝ていたのが嘘のように、彼の体は温かかった。
「お、随分素直になったな。普段からそうだったら、より一層可愛いんだけどな」
「い、一応恥ずかしいんですから、変なこと言わないでください!」
「ははっ、わりぃな」
心奈の頭をポンポンと叩くと、名残惜しそうに彼は手を放した。
「一応、お前の過去も分かった。その上でお前の返事も聞きたいけど、この状態だ。どうしようもねぇ。ここは仕方なく、このままお別れしておくよ」
「そう、ですか。じゃあ・・・そろそろ失礼します」
「ああ。くれぐれも、あいつには気をつけろよ」
「はい、分かってます」
「運が良かったら、また会おうぜ」
「はい!それじゃあ・・・」
「心奈!」
部屋を出ようとした心奈に、彼は呼びかけた。
「・・・信じてるぞ」
「え・・・?あ、はい!」
その時は、彼の最後の言葉の意味がよく分からなかった。
心奈は微笑む彼に一礼して、病室を後にした。

―そうだ・・・。
「・・・来実ちゃん」
帰り際、心奈は彼女の名を呼んだ。
もしかしたら、彼女のように他人と接していれば、自然と人は寄り付かなくなるのではないか?
それなら他の人は傷つかないし、不幸も訪れない。
決めた。
これからは、彼女を目標に周りと接していこう。そして、自分から嫌われるんだ。
そうすれば、自分の気も楽になれる。誰も悪い思いはしなくなる。
それに、そうして強くなればきっと、それも気にしなくなる。弱い自分を隠すことで、自分にも不幸は訪れなくなるかもしれない。
「いい?心奈ちゃん。この世にはね。幸せになるべき人と、なるべきではない人がいるの。確かに私は前、あなたに恋愛について教えたわ。でも、それとはまた別よ。幸せになるべきではない人は、なるべき人にとってはただの邪魔者なのよ・・・」
彼女に言われた言葉を、思い出しながら口に出してみる。
上品で上目遣いで、上から目線で憎たらしい口調。
なんだかお嬢様になったような気分だった。これはまた、ある意味これまでの生活とは違った雰囲気が味わえるのかもしれない。
「・・・ふふ、ふふふ」
心奈は彼女のように、不気味に笑ってみせた。意外とやっていて楽しくて、このままやっていけるかもしれない。
この日から心奈は、本当の自分を隠すようになった。
誰も寄り付かせない、孤独の少女。明月心奈へと成ったのだ。

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