Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

2.

放課後

今日は木曜日。俺が所属している部活の、活動日である。
と言っても、部員は俺を含めて三人。それぞれ見飽きた顔しかいない。いつ廃部になってもおかしくはない、というか。正式に部活として承認されているかすらも怪しい、フットサル部に所属している。
元々、数年前の先輩の代から部員も少なかったらしく、廃部ギリギリで活動していたらしい。それがどうやら、俺達の代でピークを迎えてしまったようだ。去年の夏に、唯一の救いだった先輩二人が引退し、今では俺達三人だけの虚しい部活と化している。
おかげでグラウンドはサッカー部と野球部。体育館はバスケ部とバレー部に完全に占領されており、唯一週に一度、木曜日に休みがあるテニス部のテニスコートを借りて、ここを三人だけの聖域としている。
一応、部活顧問の先生はいる。バスケ部顧問の小池先生だ。まだ二十代と歳も近く、身長も百八十センチある自分よりも背が高いうえに、すらっとしていて超イケメン。バレンタインには、教員机に収まりきらないほどのチョコを貰うという、本校一の人気者先生だ。一見、そんな先生が顧問になってくれている事はありがたいのだが、当然ながらフットサル部には目もくれず、バスケ部一筋なのである。
本来は別の教師が顧問に就いていたのだが、二年前に異動した結果、小池先生が取り敢えず存続の為に名前を貸してくれているらしい。もちろん廃部寸前の部活に他の教員を回してくれるはずもなく、パッとしないままの部活動を送っているというわけだ。
さて、そんな部活動に所属している俺だが、今の現状に特別不満は抱いてはいない。寧ろ、省エネ思考の俺には好都合だ。上下関係はあまり得意ではないし、大勢の中で動くのも好きじゃない。最低限のエネルギー消費で十分だ。無駄なエネルギーを使って、人と接することは実に愚者がする事だと思う。……まぁそうは言うものの、俺だって別の部類の愚者である事も事実だが。
「裕人!早くしろよ!時間無くなるぞ!」
ふと、ホウキを持ちながら、ボーっと教室の外を眺めていた俺の耳に、聞き飽きた声が入り込んできた。まったく、少しは静かに出来ないものか。
「ああ?お前、少しは待つくらいしとけよ」
「つったってよ!もう五分経ってんぞ?掃除なんて、五分もありゃ終わるだろ!」
「あのなぁ……。どういう掃除をしたら五分で終わるんだ?っていうか、それ掃除って言わねぇだろ。省エネの俺でも最低十分は掛かる」
というより、俺は汚らしいのは嫌いだ。いくら普段省エネモードだろうと、そういう部分には仕方なく、エネルギーを使ってもいいという許可が、本能から下りている。
俺は呆れながら、教室の入り口で、野次を飛ばしている宇佐美に近づいた。
「いいんだよ!そこら辺に落ちてるゴミを適当に拾っとけばすぐ終わるだろ?」
「お前……そんなんだから、佐口に怒られるんだぞ?」
「あー?璃子はいいんだよ。あいつ細けぇだけだから」
「いや、あのな?だから……あぁ、やっぱいいや。怠くなった。うん、それでいいと思います。はい」
「はぁ?意味分かんねぇよ。まぁいいや。石明と先行ってるからな?早く来いよ!」
「はいはい。言われなくても」
宇佐美はそう言うと、さっさと廊下を走って行ってしまった。ホント、あの相変わらずな性格はどうにかならないものなのか。毎度毎度、俺のエネルギーが削がれていく一方だ。
「裕人、もう机運ぶぞ?」
ふと、後ろから、同じ掃除当番の一人に声を掛けられた。マズい、少し話し過ぎたみたいだ。だいぶ掃除をサボってしまった。
「ああ、悪い。今やりますよ」
ホウキを適当に教室の隅に掛けると、そのまま他のみんなと共に、適当に掃除を済ませる。
――さぁて、さっさと行かねぇと。また色々言われるからな。うだうだと文句言われる前に、さっさと向かうとしましょう。
リュックを背負って教室を出る。そのまま俺は、外のグラウンドの隅にある、テニスコートへと急ぎ足で向かった。
「おっせーぞー。裕人」
急いでやってきました雰囲気ムードを出しながら中に入るも、既に時遅し。っていうか、多分こいつらはどんなに時間を早めても文句を言うと思う。そういう奴らだ。二人はワイシャツ姿のまま、揃ってフットサルボールのパス回しをしていた。
「はいはい、すみませんね」
「んじゃ、揃った事だし。適当に始めますかぁ」
手をズボンのポケットに突っ込みながらボールを蹴っている宇佐美はそう言うと、石明から回ってきたボールを、ワンタッチで思い切りこちらに向かって蹴った。
……ボールが俺とは全く別の方向へと勢いよく飛んでいったのを見て、俺と石明は思わず吹き出して笑ってしまった。

一時間半ほどの練習……というか、三人の戯れを終えて、日も段々落ち始めた頃。俺達三人はテニスコートに丸く座って、適当な雑談にふけっていた。
「お、この子可愛くない?」
唐突に、スマートフォンをいじっていた石明がポツリと呟いた。彼はそう言うと、こちらにスマートフォンの画面を向ける。
「へぇ、可愛いじゃん。何て名前の子?フォローするわ」
「えっと……『麦わらのヴィーナス』、って子。検索で出てくると思う」
「……お、出た。オッケー」
「お前ら、よくもまぁそんな気軽にフォローなんて出来るよなぁ。俺は怖くて出来ねぇわ」
というより、俺はそのアプリのアカウントは持っているものの、ほとんど呟いてはいない。俗に言う、見る専だ。
「えー、裕人マジで言ってるの?まぁ、お前はいつもいつも奥手だから仕方ねぇか」
石明がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながらこちらを見る。
「奥手じゃなくて、せめて省エネと言ってくれ」
「はいはい、そうですかぁ」
「っていうか宇佐美。お前佐口がいるくせによくもまぁそんなことしていられるよな。佐口に何も言われねぇの?」
「あ、確かに。佐口の事だから、『あんまり他の女の子と絡んでたら許さんよ!』とか言って、束縛とかされてそうだけどね」
石明が彼女の真似をして、声色を変えて話す。当然ながら、似ている訳はない。寧ろ、若干引くレベルである。
「あー、んー、まぁ。見つかったら色々言われる、だろうな。多分」
「マジかよ。ああ見えてお前ら、一応恋人同士だろ?」
「一応って言うな一応って。これでも一応恋人同士だ」
「自ら『一応』という単語を使ってしまったな、お前。後で佐口に言っとくか」
「あっ……。そ、それはいいんだよ!それは!」
すかさず出た俺のツッコミに対して、若干恥ずかしそうに宇佐美が俺の肩を叩く。やめてください、今のは結構痛かったです。
「……でもまぁ、ホントに一応なんだよな。一応」
「一応一応ばっかりで、どれが一応なのかが分からん」
「だから!一応恋人なんだよなって事だよ!」
「へぇ、本人も一応っていう自覚あるんだ」
「なんだよそれ!?」
関心そうに石明が呟いた。それを聞いた宇佐美は、増々声のボリュームを上げて話す。
「いやいや。だってお前ら、恋人って言う割にはケンカ多いし。仲良くしてるようなところ、少なくとも学校生活の中では一度も見たことが無いかもね」
「……やっぱり、そういうもんか?」
「あれ。……もしかして、気にしてたりします?」
「まぁ……一応、な」
しっかりと「一応」という単語を使って、会話のひと段落をフィニッシュさせた宇佐美は、数十秒前の威勢はどこへやら、萎むように声のトーンを落としてしまった。
「その、な?俺らって幼馴染だろ?昔から、付き合い始める前からお互いの事知ってるし、他の一般的なカップルと違って『あいつは何が好きなんだろう』とか、『どうすれば喜んでくれるのか』とか、そういうドキドキ感が無い訳。お互いに色々知っちゃってるからな」
「ほほぅ。言ってる事に一理はある」
「だろ?それに、俺らって付き合い始める前からケンカばっかりだったからよ。どうしてこう、恋人として成り立っているのか、自分でも不思議って訳よ」
「じゃあ、何?ヤったの?」
何の躊躇ためらいも無く、石明が唐突に問う。
「……例えどっちだろうと、いくらお前たちにだって言わん」
「ちぇっ、つまんね」
子供のように渋い顔を一つすると、彼はそばに置いてあった、レモンティーのペットボトルを手に持ち、一口含んだ。
「まぁ、いいんじゃね?恋人いるいないでも、相当変わってくるもんだぞ。どっかの恋人大募集してる奴と違ってな」
「あぁ!?裕人、そう言うお前だって彼女いないだろ?」
「俺はいいんだよ、面倒だから」
「おいおい……。本当にそんなんでいいのか?結婚願望とか無い訳?」
「まぁ、ぼちぼちな。今はいいわ」
「そのぼちぼちは、省エネモードだと何十年後だよ……」
「知らん。まぁともかくだ。気にする事もねぇと思うぞ。ケンカしてたって、佐口からそれ以上あーだこーだ言われた事、結局無いんだろ?だったら別にいいんじゃねぇの?」
「ふぅむ。そういうものなのかねぇ?」
宇佐美は胡座をかきながら、両手を後ろに置いて、黒色に染まり始めている空を仰いだ。
「心配なら、一回佐口に直接聞いてみたらいいんじゃねぇの?っていうか、手っ取り早いのはそれだな」
「おーおー、裕人。省エネの割にグイグイ行きますね。本音はもしかしたら、彼女欲しかったりするんじゃないの?」
隣で聞いていた、石明がなんだか楽しそうにこちらを見てぼやく。その目は、何だか気持ち悪い。
「あぁ?何でそうなるんだよ」
「いやぁ、普段女子と全く関わろうとしない裕人にしては、なんだか的確な意見を出してくるなぁと思ってさ」
「俺が誰と関わろうと、俺の勝手だろうよ」
「それはそうだけどさぁ。女友達の一人くらい、作ったらいいんじゃねぇかなって」
「……まぁ、『一応』佐口がいるわな」
「あぁ……。『一応』女友達だな」
「おい、お前ら。後で璃子に言っといてやろうか?」
「あ、結構です大丈夫です」
――即答……。
ここぞとばかりに口を挟んできた宇佐美に対して、石明がすかさず、両手をぶんぶんと振りながら否定した。まったく、こういう行動だけは無駄に早い。
「まぁ、とりあえずそれはもういいわ。暗くなってきたし、今日は帰ろうぜ」
「ん、そうねー」
そう言うと、宇佐美は横に置いてあったボールを手に持って立ち上がった。つられて、そのまま石明も一緒に立ち上がる。
「へいへい」
遅れて俺も立ち上がると、荷物が置いてあるテニスコート入り口付近へと向かう二人の後ろを歩いた。何やら俺を抜いて二人で話していたが、特に面倒だったが為に、その後の話はまともに聞いていない。
「腹減ったなぁ。ラーメンでも食ってかね?」
荷物をまとめながら、宇佐美が呼び掛ける。
「いいけど、どこの?」
「あー?じゃあ、あそこの金豚寺きんとんじは?」
「え、あそこ俺ん家の真逆だから遠回りなんだけど」
石明が言う。
「いいだろ?別に少しくらい」
「いやいや、お前らは駅に向かうからいいけどよ、少しは俺の事も考えてくれよ。……」
宇佐美は彼の意見を全く聞く様子もないまま、話がコロコロ進めていってしまっている。そんな二人の会話を俺が後ろで聞きながら、俺達はテニスコートを後にした。

「大人に成り切れていない」俺にとって、こんな風に平凡な高校生活が送れる事自体、この上ない喜びだった。何せ、彼のおかげで、今の俺はここにいるのだから。彼には心から、感謝をしているつもりだ。
もちろん、今の生活に、もっと刺激を求めたい気持ちはある。だが、今はこの平凡で十分だ。流石に、これ以上は欲張りすぎだと思う。
この時の俺は、こんな平凡すぎる日常が、これからもずっと続くのだと思っていた。平凡なまま高校を卒業して、適当に思うがまま進路を決めて、平凡なまま二十代、三十代へとなっていくのだろう。適当に、気の合う可愛い子と結婚して、子供を育て、孫に見守られながら死んでいくんだ。……そんな風に思っていたというのも、とうの昔の話だ。
何の変哲もないただの男子高校生であった俺に、ちょっとずつ変化が起こり始めたのは、あの時。彼女と出会った事が、全ての始まりだった。

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