Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.26

20×3年 7月 心奈との騒動の後

「辞める?」
バスケ部の監督が、裕人を睨みつけた。
「すみません、急に」
「お前・・・お前が辞めることで、チームにどれだけ影響が出るのか分かってるのか?」
「はい、分かっています。でも、それを踏まえた上での判断です」
「なら、和樹はどうなる?あいつ一番の取り柄は、お前との抜群なコンビネーションだ。お前がいなくなったら、あいつが辛くなる」
「それも・・・分かっています。でも、それでもやっぱり、俺は部活を辞めたいんです」
「むぅ・・・」
ここまで引けを取らない裕人に、鬼の監督と呼ばれる監督も、流石に表情を濁らせた。
「何かあったのか?俺でよければ相談に乗るが」
「何か・・・無かった、と言えば嘘になります。でも、言えないんです」
「は?」
「言ったら、もっと状況が酷くなる・・・最悪、今のチーム内のみんなも被害を受けます。お願いです。俺が辞めれば、みんなは何事もなくプレーができるんです。この左腕が、その証拠ですから」
「・・・お前、誰かに言わされてるのか?」
再び監督が睨みつける。それでも裕人は怯まなかった。
今回ばかりは違う。これは彼女に言わされたんじゃない。全て裕人の意思だった。
「違います。全て、俺の意思です」
ずっと、睨み続けていた。それをずっと見つめ続ける。
たっぷり三十秒ほど経つと、監督はゆっくりと目をつむった。
「・・・分かった。みんなには俺から言っておく」
「っ!あ、ありがとうございます」
「分かったから、さっさと行け」
彼はそっぽをむいて、手を払った。どうやら、これ以上話しても無駄と判断したようだ。
その前に、裕人は最後に一言、彼に伝えたかった。
「監督!・・・今まで、ありがとうございました」
裕人は、思い切り頭を下げた。それでも監督は、こちらを見てはくれなかった。
「そう思うなら、今後のお前の意思にそれを生かせ。俺からはそれだけだ」
「はい!失礼します」
力強く彼に礼を伝えると、裕人は部屋を出て行った。
―さて、どうするかな。
一人、廊下を歩く。自分の顔を知る同学年の者たちが、裕人の存在に気が付くと一歩退いた。あいつも、あそこのあいつもまただ。
もう、こうなって三日目だ。流石に慣れた。
どうやら、誰かが校内に噂を流したらしい。「真田裕人が、明月心奈をナイフで切った」と。
それからどう話が流れたのかは知らないが、俺が暴力団の一員だとか、彼女を最後に・・・などといった、様々な尾ひれがついている。
そのせいで、ほとんどの人が裕人に怯え、離れていった。最初は戸惑ったが、訳が分かればどうということはない。全ては、彼女の為にやったのだ。反動は大きくとも、後悔はなかった。
部活は辞めた。これからは帰宅部だ。今までよりだいぶ早い時間に帰ることができる。それがなんだか新鮮で、少し楽しみでもあった。
昇降口で靴を履き替えて、学校を出る。その間にも、ある人には指を指され、ある人は何かを囁かれた。「あの左腕も、どうせ喧嘩して不良に切られたんでしょ?」と、どこからか囁かれた。あながち間違ってはいないが、違う。
それでも噂は、どんどん尾ひれを引いて増殖し、巨大化していく。どれだけ否定してもしきれないくらい、噂は膨張していっている。
彼女もこんな気持ちだったのかと思うと、裕人はとても痛感した。もっと早く、手を打ってやればよかった。それだけがただ後悔であり、それ以外裕人には、何も残されていなかった。
「あれ?真田?」
学校を出たあたりでふと、どこかで聞いたような声が聞こえた。
裕人は振り向くと、そこには宇佐美と佐口の二人が、ガードパイプに座っていた。
「なんだ、宇佐美か」
「おいおい、なんだってなんだよ。お前、部活じゃねぇのか?」
相変わらずのツンツン頭を揺らしながら、彼が聞いた。
「・・・辞めた」
「は?どうして?」
「お前には関係ないだろ。ほっといてくれ」
どうせこいつも、理由を知ったらみんなのように避けてしまう。裕人は彼を一蹴すると、その場から立ち去ってしまった。
―もう、この学校に俺の居場所はない。
裕人はゆっくり、だけど早歩きで、家へと帰っていった。

心奈は一人、部屋に引きこもっていた。
学校にはもう行きたくない。誰も救ってくれる人などおらず、行くだけで辛い思いをするだけだ。それに、もう彼の顔を見たくなどない。
彼に切られた左腕が痛む。泣き崩れていたせいで、処置をするのがだいぶ遅れてしまったため、かなり治りが遅くなってしまっている。
「・・・っ!」
ふと、視界に七夕の日に彼から貰った、猫のぬいぐるみが目に入った。その瞬間、再び怒りが込み上げてきた。心奈はベッドから起き上がると、そのぬいぐるみを掴んだ。
「こんなのっ・・・!!」
ゴミ箱を向く。そのまま投げて入れればいい。入れればいいのに、その投げる動作が、どうしてもできなかった。
力が抜けたように、そのままその場にへたり込む。眠たそうな猫の顔に、涙が滲んだ。
「ダメだよ・・・やっぱり。ねぇヒロ、戻ってきてよ・・・」
ぬいぐるみを抱きしめる。それでこの悲しみが消えるわけでもないのに、今はどうしてもこのぬいぐるみを抱いていたかった。
コンコン。ふと、扉がノックされた。きっと祖母だろう。
「・・・いるよ」
急いで涙を拭うと、心奈は震える声で言った。
ゆっくりと扉が開くと、心配そうな 表情を浮かべた祖母が入ってきた。
「心奈、大丈夫かい?」
「大丈夫・・・じゃ、無いと思う」
「そう・・・」
祖母はゆっくりと心奈に近づくと、目の前にゆっくりと座った。
「まだ、何があったか言いたくないのかい?」
「・・・うん」
「そうかい。話す勇気ができたら、言っておくれよ?ばあちゃんが聞いてあげるからね」
「うん・・・」
「・・・今日は、いい天気だったね。おかげで洗濯物がよく乾いたよ」
「・・・うん」
「これから夏は本番だねぇ。夏休みは、久々に二人でどこかに行ってみるかい?」
「・・・考えてみる」
「そうかい。行くとしたら、どこがいいかねぇ?のんびりと過ごせる場所が良いねぇ」
他愛もない祖母の話に、心奈はただただ適当に返事をしていた。
本当は、今すぐにでも部屋から出て行ってほしかった。でも、言えなかった。彼女には、彼女だけは、気分を悪くさせたくはなかった。
「・・・心奈」
「ん・・・」
祖母はそう言うと、心奈の体を両手で包み込んだ。
「泣きたかったら、いっぱい泣けばいい。泣いて泣いて、スッキリして。そうしたら、これから自分は何をどうしたらいいのか、考えればいいんだよ」
「おばあちゃん・・・」
彼女は微笑みながら心奈の頭をポンポンと優しく叩くと、重い足でゆっくりと部屋を出て行った。
部屋に一人きりになった途端、再び涙が溢れ出てきた。
心奈は部屋で一人、喉が枯れるまで泣き続けた。

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