Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

2.

20×7年現代 西村が、裕人を誘う前日

「そう・・・だったんだ」
西村が俯く。気が付くと少女は、自分の過去の悲劇を彼女に語っていた。
香苗のカフェに、二人きりで向かい合って座っている。美帆と香苗には、しばらく席を外してもらっていた。こんな話、聞かれたくもない。当然だ。
「そうよ。私は、彼に裏切られたの。それは紛れもない事実。私はきっと、もう誰とも付き合わないほうがいいのよ」
「そ、そんなことないよ!現に美帆や香苗だって、心奈の友達として仲良くしてくれているんでしょ!?」
「でも、いつか必ず、二人も不幸にしてしまう・・・」
少女が弱々しく呟いた。
「大丈夫だよ!私はほら!ピンピンしてるよ!」
西村が両手を広げて言った。その仕草に、少女は思わずふふっと笑った。
「な、何?私何か変なこと言った?」
「いや・・・ごめんなさい。ちょっと懐かしくて、笑ってしまったわ」
「えー、何それ。酷いなぁ。でもまぁ、笑ってくれたからいい、かな」
西村は嬉しそうに言うと、ふぅっと一息ついた。
「・・・ねぇ、心奈」
「うん?何かしら?」
少女が聞き返す。西村はゆっくりと口を開いて、その後確かにそう言った。
「会いたくない?ヒロ君に」
「な・・・?あ、あなた。何を言ってるの?」
ヒロ君。数年ぶりに、その単語を自身の耳で聞いた。どこか懐かしさもあって、もどかしさもあった。
「そのままだよ。ヒロ君に会わないかって・・・」
「私はたった今、彼に裏切られたって言ったばかりなのよ!?私がそんな奴に、そう簡単に会う訳ないじゃない!」
少女は声を荒げて言った。後ろの厨房のほうで物音がする。香苗が声にビックリでもしたのだろう。
西村は怒鳴られても、顔色一つ変えずに続けた。
「そうだね。確かに、そうだと思う。でも、やっぱりヒロ君には、何か事情があるんだと思うの」
「そんな訳ないわ!あいつは、この私の腕を本当にナイフで切ったのよ!?そこまでして、何かそこまでしなくてはいけない理由なんてある!?」
確かに少女はそう叫んだ。だが、心の奥底では、その自身の言葉を否定していた。
きっと彼には、何か事情があったんだ。きっとそうに違いない。彼に裏切られた瞬間から今日まで、その疑問は晴れたことはない。それでも本心では、少女は彼をまだ信じていた。
だが、現実はそうはいかない。いくら信じたところで、変わらない事実だってある。だから逃げている。目の前の答えを見るのが怖くて、一歩を踏み出せずにいた。
「心奈」
西村が小さく少女の名を呼んだ。すると彼女は、少女の両手をギュッと握りしめて言った。
「私はね?ヒロ君を信じてる。確かに心奈は、ヒロ君に切られたのかもしれない。それでも、やっぱりそれは、ヒロ君の本心とは私は思えないんだ。だからさ、一緒に信じてみよう?」
彼女がニコリと微笑む。その表情は優しくて、みるみる辛い心が癒されていくようだった。
「・・・っ!!ダメっ!やっぱりダメなの!!」
少女は西村の手を払うと、荷物を手に持った。
「私はっ・・・!やっぱり、あいつと会うことなんてできないっ!!」
「あ・・・待ってよ!心奈!」
少女は勢いよく、カフェを飛び出した。

「やめてあげて、陽子」
彼女を追いかけようとしたとき、二階へ上がる階段から声が聞こえた。
声の主はゆっくりと、階段を降りながら姿を現した。
「美帆・・・もしかして、全部聞いてたの?」
「えへへ、ごめんね。やっぱり、心奈の秘密は知っておきたいなって思って。後で自分から謝るから、陽子は気にしなくていいよ」
「でも・・・」
美帆は先程まで少女が座っていた席に座ると、微笑みながら言った。
「きっと、心奈は突然陽子に再会して、それだけでも混乱してたと思う。それなのに、更に元々好きだった子に会おうなんて言われたら、誰だって混乱するし、嫌になっちゃうと思うよ」
「あっ、そっか・・・そうだよね」
言われてみればその通りだ。自分たちは数年ぶりに会ったのだ。当の自分でさえも多少緊張していたのに、彼女に無理を言ってしまった。申し訳ないと思う。
「それでね、陽子。私も心奈の現親友として、ここまで聞いちゃった以上協力せざるを得ないと思うの」
「ちょっと、現親友って何?じゃあ私は旧親友?」
「んー?いや、もしかしたら、今の心奈にとったら私達は、単にそんな言葉だけの存在だけなのかもしれないよ?」
「うっ・・・」
確かに。いくら西村自身が親友と思っていても、彼女の中ではただの旧友というくくりの存在なだけなのかもしれない。やはり相変わらず、美帆は人を見る目が少し違くて、凄いと思う。
「陽子。話変わるけど、そのヒロ君って子。明日ここに呼べる?」
「へ?た、多分大丈夫だけど・・・」
「じゃあ、彼を明日のお昼過ぎくらいに、この場所に呼んでくれる?陽子には、心奈と同じように話を聞いてもらって、私は階段からじっくり盗み聞きしてるから」
「盗み聞きって・・・っていうか美帆、なんだか楽しそうだね」
ニコニコしながら作戦を伝える美帆に、西村はぼやいた。
「うん?まぁね。誰かを助けるために動くって、やっぱりいいよね」
「助けるって言ってもさ。心奈はあの調子だよ?本当にそう思ってるかな?」
「うん、思ってるよ。きっと」
「どうして、そう思えるの?」
「だって・・・あの子、普段から嘘の自分で周りに接してるから」
「嘘の自分?・・・あっ、確かに言われてみれば、ちょっと喋り方違ったかも」
「やっぱりね。あの子、結構ボロが出てるから、すぐに分かっちゃったんだよねぇ。実は心奈って昔は、元気で無邪気な子だったでしょ?」
「え?う、うん・・・」
「不器用で強がり。そして泣き虫ってところかな。一人でなんでも抱え込む、いじめのターゲットにされやすい典型的なタイプ」
「まさか、そこまで分かったの?」
「当然。なんたって私の趣味は、人間観察と困ってる人を助けることだからね。それに、心奈の現親友ですから」
美帆はそう言うと、ニコッと愛らしく笑った。

「はぁ・・・」
とうとう西村からも逃げてしまった。
一体、自分はどうすればいい?確かに叶うのなら、今すぐにでも彼に会いたいと願っている。だが、いざ目の前になると怖い。どうして今まで、それほど強く願っていたのかが分からなくなるほど怖くなる。
一体この世界は、どの選択が正解ルートなのか。誰かが示してくれるなら、こんなにも苦な思いはしないというのに。
「ただいまぁ・・・」
家の玄関の鍵を開ける。家の中はシーンとしていて、静寂が漂っていた。
ふと、違和感を感じた。普段なら、祖母がいつも玄関にまでわざわざ、重い足取りで迎えに来てくれるはずだ。それは幼い頃から、毎日毎日、変わらずに起きていた日常だった。
「おばあちゃん?帰ったよー?」
トイレだろうか?いや、トイレだとしても、玄関の目の前の扉だ。すぐに聞こえるだろうし、この時間に風呂に入るわけがない。
嫌な予感がする。少女は履いていた靴を脱ぎ捨てると、急いで居間に入った。
誰もいない。なら台所は?いない。トイレ、風呂、客室。一階は全て回った。それでも祖母は見当たらない。
二階だろうか。恐る恐る、少女は階段を見上げた。
「・・・?」
暗くてよく見えない。何かが階段の踊り場に見える。
少女は息を飲み込んで、階段の電気を点けた。
階段が明るく照らされる。そこには、足のようなものが転がっていた。
「っ!?おばあちゃん!?」
急いで階段を駆け上がる。するとやはり、祖母は階段の踊り場で、ぐったりと頭から血を流して倒れていた。
「おばあちゃん!しっかりして!おばあちゃん!!」
女子高生である少女でも持ち上がってしまうほど軽い祖母の体を揺らした。まだ温かい。彼女の腕の脈を測る。まだ微かだが、動きがあった。
まだ生きている。少女はゆっくりとその場に再び寝かせると、カバンに入っていたスマートフォンを手に取り、一、一、九と入力した。
―ダメだよ、おばあちゃん。あなたが死んでしまったら、私は・・・本当に一人になってしまう。
≪百十九番、消防署です。火事ですか?救急ですか?≫
電話の担当は、不幸にも男性だった。だが、そんなこと今はどうでもいい。
「あ、あのっ!帰ってきたら、おばあちゃんが倒れてて・・・!」
≪分かりました。あなたのお名前と、自宅の住所を教えていただけますか?≫
「は、はい・・・」
スマートフォンをギュッと握りしめる。手汗で、滑り落ちそうだ。必死に掴んでいるが、このままだと落とすのは時間の問題かもしれない。
数年ぶりに異性と話した。やっぱり、低い声を聞くと・・・怖い。
≪大丈夫ですか?まず、お名前を教えていただけますか?≫
スピーカーから声が聞こえる。ダメだ、今は祖母を助けなければいけない。
「あ、明月心奈です。住所は・・・」
震える声で少女は答える。
≪落ち着いて。教えてくだされば、すぐにかけつけます≫
彼は優しく囁いた。なんだか、どこかの誰かの声と似ている気がする。そう思うと、何故かさっきまでの恐怖は消えていった。
「あ、ごめんなさい!えっと、住所は・・・」
―おばあちゃん、絶対、死んじゃダメだよ。でないと、私・・・。
倒れて気を失っている彼女を見て、少女は強く願った。

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