Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.22

十一の日

―どうして?どうして私ばっかりこんなことが起きるの?
心奈は、普段彼と別れる分かれ道の前の段差に座って泣いていた。
彼がここを通る保証はない。それに、通ったとしても、いつ通るかなんてさっぱりだ。
それでも、ここで彼を待っていたかった。彼が来ることを信じて、かれこれ一時間以上、ここに座って彼を待ち続けていた。
「じゃあなー。また明日」
遠くから声が聞こえた。ゆっくりと心奈は顔を上げる。
見覚えのある顔が来た。彼だ。それが分かった途端、嬉しさのあまりに止まりかけていた涙がまた溢れ出した。
「っ・・・!ヒロ・・・ヒロ!」
立ち上がると、隣に置いてあるカバンも忘れて、勢いよく走りだした。とにかく嬉しかった。数日間、彼の顔を見られていなかった分、余計に嬉しさが増した。
「え?ちょ、ここ・・・っ!?」
勢いよく彼に抱き着いた。大会帰りのせいで、多少汗の臭いもしたが、それでも彼の匂いが心地よかった。
「バカっ!!私っ!ずっと・・・ずっと会いたくて、でもヒロは大会で学校にいないしっ・・・!でも私は色々嫌なことばっかりで・・・!」
彼の制服に涙が染みる。そんなことお構いなしに、彼の存在をこの手で、この身体で感じたかった。
「お、おい!?落ち着けよ。何言ってんのかさっぱり・・・」
「いつも私ばっかり嫌なことばっかりで・・・!どうして私なの?ねぇ、ヒロ!うぅ・・・」
「えぇ・・・」
裕人は困った様子で、それでも心奈の背中を優しくさすった。
「とりあえず落ち着けよ。そこ、座ろうぜ」
「うぅ・・・うん・・・」
彼に手を握られて、今度は揃って先程座っていた路地の段差に座った。
「それで?何があった?」
彼が問うた。
「その・・・教科書が・・・その・・・」
はっきりと話したいのに、どうも呂律が回らない。
「落ち着いてからでいい。隣で待っててやるから」
「うん・・・ごめん、ね」
鼻をすすって、心奈は俯いた。
ふと、彼が自分の左手に手を添えた。不器用な優しさが彼らしくて、ついふふっと笑ってしまった。
「・・・今、笑ったか?」
「え?わ、笑ってないよ」
「そうか」
「・・・ありがと」
「・・・おう」
しばらくの間、ぼんやりと二人で空を眺めていた。夏は日が落ちるのが遅い。まだまだ明るい夕焼けの中、彼はただただ隣にいてくれた。
「大丈夫か?」
彼が言った。
「うん。もう大丈夫。ヒロのおかげで、落ち着いた」
「そうか」
安心したようで、ふぅっと息を吐いた。本当に、彼の力は凄いと思う。自分一人では無理だと思っても、彼が隣にいるだけで、なんでもできてしまうような気がする。
「それで、もう話せるか?」
「うん」
心奈は深呼吸をすると、ゆっくりと今日起きた出来事を説明し始めた。
「あのね、今日の三時間目の授業の時・・・」

午前中
理科室からの帰り道。いつも通り心奈は、校内を一人で歩いていた。
今日は偶々先生に実験道具の後片付けの手伝いを頼まれてしまったせいで、帰りが一番最後になってしまった。もしかしたら、また机やロッカーから、物が無くなっているかもしれない。
不安を抱きながら、休み時間のざわめく自分の教室へと入る。室内のみんなは特にいつもと変わらずに賑わっていた。
自分の席に座ると、恐る恐る自分の机の中を覗く。すると予想通り、机の中の物が全て無くなっていた。
はぁと深く息を吐くと、心奈は隣の席に座る男子に、恐る恐る声をかけた。
「ね、ねぇ。私の机の中に入ってた教科書、知らない?」
「はぁ?知らないけど。っていうかお前、昨日も体操服無いとか騒いでたよな?」
彼は思い出したように言った。
「え?う、うん・・・」
「お前さ、いじめられてるの?」
「へ・・・?」
彼はニヤリと笑みを浮かべて、続けて言った。
「はは、ダッセェ。まぁそうだよな。普段から一人で行動しててさ。友達もそんなにいないんだろうし。自業自得だよな」
「そ、それは・・・」
反論できない。まさにその通りだからだ。自分には友達が少なくて、いつも基本一人ぼっちだ。
「そんなんだからいじめられんじゃねぇの?ゴミ箱に教科書捨てられてさ」
「ちょっと!言いすぎじゃないの!?」
突然二人の間に、話を聞いていた心奈の前の席に座る彼女が割って入った。自分をまだ庇ってくれる人がいる。心奈は少し安心した。
「ああ?でもよ、俺なんか間違ってるか?」
「確かに間違ってないかもしれないけど・・・でも、それは心奈ちゃんの自由でしょ?世の中にはね、そう色んな人に話せない人だっているのよ?」
「はっ。お粗末な性格だな」
彼は両手を広げて、呆れ顔で笑った。
「心奈ちゃん、気にしなくていいからね?」
「う、うん・・・」
彼女はニコリと笑うと、机の中から教科書を出そうと中を覗き込んだ。
「・・・あれ?」
尻上がりの声を彼女が出した。
「どうしたの?」
「おっかしいな。教科書がないや」
「えっ?」
嫌な予感がした。まさか自分以外に、彼女もターゲットにされてしまったのだろうか?
心奈の中で、不安が急速に積み重なった。
「おいおい、お前もいじめられてんじゃねぇの?」
一方で、彼は面白可笑しいようにニヤニヤと笑っている。
「うーん、カバンにもないなぁ。ロッカーはあるかな?」
彼女は後ろのロッカーにも探しに行った。しかし、そこにも教科書はなかったようで、すぐに彼女は戻ってきた。
「とりあえず、私も見てみようかな」
心奈も続くように後ろのロッカーを確認しに向かった。ロッカーの戸を開けると、中身は特に漁られた形跡はなく、幸いにも次の授業の教科書はロッカーに入っていた。
「ん?」
ふと、何故か同じ教科書が二冊並んでいることに気が付いた。一体誰のだろうと二冊を一緒に引き抜く。
片方は当然自分のものだった。しかし、心奈はもう片方の教科書を見て、思わず絶句した。
「何、これ・・・」
その教科書の裏には、油性ペンらしきもので書かれた『不幸になれ』『死ぬべきだった』『生きていて楽しいか?』などといった言葉が乱雑に書かれていた。その筆記は、心奈が持っているノートの切れ端に書かれた文字に少し似ていた。
名前の部分はペンでグジャグジャに消されており、誰のものかは判別できなかった。一体これは誰のだろう?中をパラパラとめくってみると、重要語句にしっかりとラインが引いてあったり、小さく丁寧な文字で先生の言葉を書いていたりと、見る限り男子のモノではないように見えた。
ふと、心奈の中で嫌な予想が一つ想像できた。もしそれが真実だと思うと、思わず血の気が引いた。しかし、こういう時の予感は大体当たってしまうのだ。世の中とはそういうものだ。
教科書を隠すように自分の席に戻ると、未だに教科書を探している彼女の背中を、ポンポンと叩いた。
「ん、なぁに?」
いつもの彼女の笑顔だ。今からこれが崩れ去ってしまうと思うと、とても気が重くなった。
「あの・・・あのね。私のロッカーに、これが入ってて・・・」
「・・・えっ?何これ、酷い落書き」
裏の文字を見て驚愕すると、パラパラと中身を確認した。すると、みるみるうちにさっきの笑顔は消え去っていき、ただの無表情な顔へと成った。
「ねぇ・・・これ。もしかして、心奈ちゃんがやったの?」
視線を教科書に向けたまま彼女が言った。
「そ、そんなわけないよ!ただ、私のロッカーに入ってただけで・・・」
「じゃあ・・・なんであなたのロッカーに入ってるの?」
「知らないよ!私だって知りたいよ!」
「おお?なんだ?いじめられてた鬱憤晴らしでもしたかったのか?」
面白い現場に立ち会った!と言わんばかりに、隣の席の彼が言った。
「そんなこと!私はそんなの趣味じゃないし」
「じゃあ、あれか?構ってほしかったのか?普段一人ぼっちだから、誰かに構ってほしかったとか?」
「ち、違う!とにかく私じゃない!」
「証拠は?」
彼女が無症状に言った。
「証拠・・・?そ、それは・・・」
「無いんでしょ?だったらもう・・・そういうことじゃん」
「私じゃ・・・」
「酷いよ・・・どうしてこんなことするの?心奈ちゃんはこんなことする人だなんて、思ってなかったのに・・・」
ひたすらに言い訳を考えていると、遂に彼女が泣き出してしまった。周りのクラスメイトから、どよめき声が聞こえ出す。
「おいおい、明月ってそんな奴だったのか?」「明月さん、意外だなぁ」「サイテー」
周囲から自分を批判する声が聞こえる。
―違う、違うのに。泣きたいのはこっちなのに。どうしてみんな信じてくれないの?
涙を必死に堪えながら、心奈は耳をふさいだ。
「あーあ。もっと仲良くなりたかったらいい方法があっただろうに。バカだなぁ」
隣の席の彼が、嘲笑うように言った。
「うるさい・・・」
「へへ、まぁいいんじゃね?いじめ以前に忘れられたほうが気が楽でしょ」
「うるさい・・・!」
「まぁ、もともとみんなお前の事なんて誰も見てなかったけどね」
「うるさい!」
大声で彼の言葉を一蹴した。
クラスがシーンと静まり返る。彼は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにフッと笑い、手を下に向けて振った。
―もう、嫌だよ・・・。助けて、ヒロ・・・。
思わず机に突っ伏すると、次の授業のチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。
彼女はすぐに落ち着いた様子で、こちらをチラッと見たが、すぐに前を向いてしまった。
瞬間。周りの人々が、全て敵になったような気がした。

結局、心奈の教科書はその後、美術室の先生のカバンの中から見つかったらしい。まだゴミ箱ではなかっただけマシだが、それでも犯人は、同じ人物であろう事に変わりはない。
美術の先生から教科書を受け取った際、クラスの皆からは普段とは違う、少し冷たい目線が向けられていた気がする。
「・・・なるほど」
話を聞き終えた彼は、暗くなり始めた空を見上げた。
「私、どうしたらいいのかな・・・?」
「うーん。難しいな・・・」
先生に相談することも浮かんだが、あまりこの手の方法は良くないと思う。寧ろ、余計に悪化する気がする。
「とりあえず、普段通り生活していればいいんじゃないか?」
「え、でも・・・」
すると彼は、心奈の頭にポンと手をのせた。
「心配すんな。何かあったら、すぐに俺に言ってくれ。絶対になんとかしてやっから」
そう言うと、彼はニッと笑った。心奈は、その彼の姿が可笑しく見えた。
「・・・強くなったね、ヒロ」
「はぁ?な、なんだよ急に」
「昔は『俺なんかが力になれるかなんてわからないけど』って言ってたくせにさぁ。今じゃ何よ。『俺に頼れ』って。ちょっとカッコつけちゃってさ」
「う、うるせぇ。こういう時くらい素直に受け取れよ」
「ふふ。でも、ホントにちょっとカッコよかった。ありがとう」
さっきまでの不安が嘘みたいだ。彼と話していると、嫌なこともすぐに忘れられてしまう。心奈は彼に微笑んだ。
「へ、いつもそんな感じだったらいいのにな」
「何よ。お礼言ってるんだから喜びなさいよ」
「へいへい。そりゃどうも。さて、そろそろ帰るか。途中まで送ろうか?」
彼は立ち上がると、大きく伸びをした。
「え?でも・・・」
「途中でまた泣かれたりしたら困るからな。仕方ない、付き合ってやるよ」
「ちょっと!それじゃまるで私が迷子の子供みたいじゃない!」
「さっきまでわんわん泣いてたのは誰だよ」
「さっきのはさっきでしょ!?ああもう!一時間以上待ってて損した!さっきのお礼取り消すから!」
「え、ちょっと!悪かったって!そんな怒るなよ!」
怒ったふりをして先を歩く心奈を、裕人が急いで追いかける。
本当に、彼がいてくれてよかった。急ぐ彼の顔を見て、心奈は微笑んだ。

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