Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.19

7月7日

昨日の予報では、昨日から今日まで連日で雨の予報だったが、幸運にも雨は一日で止み、今日はアイスクリームもすぐに溶けてしまうほど暑い快晴であった。
心奈は一人、待ち合わせ場所である駅前の公園に向かっていた。
―今日があの紙が言う最終日。ヒロと一緒にいられることが、最後かもしれない日。
もしかしたら、中田の言う通り心配し過ぎなのかもしれない。でも、万が一何かが起こってからは遅いのだ。
今日は思いきり楽しもう。公園の入り口に立つ彼を目視した心奈は、固く心に決めた。
「おはよう、ヒロにしては早いじゃない」
「お、心奈。おはよ」
「うっ・・・その呼ばれ方、なんかまだ慣れないなぁ」
心奈と呼ばれる度に、相変わらず胸がチクリとする。本当は嬉しいはずなのに、心から喜ぶことができないこのもどかしさが腹立たしい。
「まぁ・・・正直言うと、俺もまだ慣れないけどさ。でも、そっちが俺をヒロって呼ぶんだし、すぐ慣れると思うけど」
「うん・・・そうだね」
「で、集合したのはいいけど、どこに行くんだ?祭りは四時からだけど」
裕人が腕に付けた時計を確認する。大きな針は、まだ昼の一時前を指していた。
「特に決めてないよ。適当に、行き当たりばったりでいいかなぁって」
「えぇ?なんだそれ」
「ほらほら、時間がもったいないから、さっさと行くよ」
「へいへい」
心奈が先導する形で、二人は適当に駅に向かって歩き始めた。
七夕祭りは、心奈たちの地区方面から駅を挟んで反対側の商店街で行われる。
駅へと近づくたび、お祭りのポスターがそこらじゅうに貼られている。夜には花火も上がるようで、特に花火が打ち上がる時間帯が大きく書かれていた。
「あ、ねぇ。ヒロってゲームするの?」
心奈が問うた。
「ゲーム?まぁ、上手くはないけどそれなりに」
「そっか。じゃあ、あそこ行こ!」
心奈が指差す先には、地元でも有名なゲームセンターの看板が置いてあった。『この先三十メートル先!』と、大きく書かれていた。
「ゲーセン?あんまり行った事ないけどなぁ。っていうか、心奈こそゲームするの?女子ってほとんどゲームしないイメージがあるんだけど」
「えー?やる人は女の子でも結構いるよ?私もそれなりにやるし」
心奈自身も、英語の勉強日以外は、それなりにゲームをして遊ぶことがある。女子同士でもゲームトークをする人はいるし、男子以上にゲーム好きな人も大勢いるものだ。
「意外だなぁ。なんか」
「もしかして、ヒロの中の女の子のイメージって、あんまり遊ばずにスポーツ万能成績優秀!って感じのイメージしてる?」
「ん・・・まぁ、そんな感じかも」
「はぁ。・・・だからモテないんだよ、ヒロは」
「は、もて!?」
「あ、ほら見えてきた!さっさと行くよ!」
「え、おい!逃げるなバカ!」
逃げるように店内へと駆け込むと、ゲームセンター独特のとてつもなく大きな音が耳に響いた。中は冷房が強く、外に比べて居心地がよかった。
「さて、何から遊ぼうか?」
「んあ?そうだな・・・」
「あ!ホッケーとかやる?私、ヒロに勝てる自信あるんだけど」
「ああ?言ったな?じゃあ勝てなかったら後でアイス奢りな」
「なら私が買ったら、ヒロもアイス奢ってよね」
「オーケー。じゃあやるか」
エアホッケー台を挟んで向き合いスタートすると、裕人からディスクがスタートした。
彼がディスクを弾く音が、近くに大きく響いた。

「ちぇ、結局全部勝てなかったな」
アイスのカップをゴミ箱へと捨てながら裕人が言った。結局、裕人が二人分のアイスと、ついでに飲み物を購入する羽目となったのだ。
「ヒロも強かったけどねぇ。ま、私に一歩劣ってたってことだよ」
「ゲームが強い女、恐るべしと言ったところか」
「なんか言った?」
「いえ、なんでもありませぬ」
「あぁ・・・あぁ!面白かった!さて、次はどこ行こうか?」
大きく伸びをしながら、心奈が言った。
「んー?まぁ、そこらへん歩きながら考えるか」
「そうだね。よし!休憩終わり!行こっか!」
ベンチから立ち上がると、二人は目的地もなく、適当に歩き始めた。
「ところで・・・一つ、聞いていいか?」
裕人が問うた。
「ん、何?」
「なんか今日、急いでるみたいだけど・・・なんかあった?」
「っ・・・!」
予想外の質問に、思わず言葉を詰まらせてしまった。どうやら、彼は気づいていたらしい。
「というか、ここ最近妙にボーっとしてること多いけど、どうしたんだ?」
「え、そうかな・・・?そんなことないよ!あ、ほら!ちょっとあそこ行ってみようよ!」
心奈は無理やり笑顔を作って誤魔化すと、さっさと先に歩いて行ってしまった。
「あ、ちょっと・・・」
裕人はため息を吐くと、しぶしぶ心奈の後を付いていった。

夕方6時過ぎ
適当に時間つぶしを楽しんだのち、二人はお祭りが行われる商店街へと足を踏み入れた。
数時間前は、まだ人数も疎らであったくせに、夕方になったらこの調子だ。これでは、まともに屋台をみることができない。
「にしても、相変わらず凄い人の量だな」
「ホントだねぇ」
お祭りもこれから本番だと言わんばかりに、人がぞろぞろと集まってくる。
相変わらず、毎年凄い人の数だ。狭い商店街の道が、人で埋め尽くされてとてもじゃなく歩きにくくなっていた。
「ってあれ・・・?ちょっと、ヒロ!早いよ!待って!」
いつの間にか、前を歩く裕人が、段々と遠ざかっていってしまう。まわりの雑音のせいで、どうやら彼は心奈の声に気が付いていないらしい。みるみる視界から消えていってしまう彼に、心奈はただ茫然と彼の後ろ姿をながめていた。
―タイムリミット。彼と―――ヒロと別れなくちゃ・・・。
自然と今の風景が、心奈の目にはあの紙に書かれた文字を連想させた。こんな風に、彼は自分から離れて行ってしまうのか。こんなにも自分たちの関係は脆くて、簡単に壊れてしまうものだったのか。
完全に視界から消えてしまった彼を想って、思わず悲しみがこみ上げた。
周囲の雑音が耳に響く。周りを歩く人々が、自分とすれ違っていく。気が付くと自分は彼とは別の世界にいて、離れ離れになってしまうんだ。
彼のように・・・。
「おいおい、なにしてんだ?」
刹那、右手を何かに掴まれた。
「・・・って、おい。なんで泣いてんだ?お前。まさか、その歳で迷子になって悲しくなっちまったか?」
心奈にいつも通り、ぶっきらぼうに話すそれは、紛れもなく彼だった。それが分かった瞬間、彼女に安堵が蘇った。
「ううん・・・ちょっと目にゴミが入っただけ」
「・・・そうか。人が多いからな。とりあえず、手離すなよ、心奈」
「うん・・・」
彼の手に掴まりながら、心奈は人混みの中を進んでいった。
ある程度まで進み、人気が少ない場所に出ると、ようやく一息を吐いた。
「にしても疲れたな。朝から部活で、そこから動き回ってるからくたくただわ」
裕人が路地の段差に座った。
「ごめんね、無理言って。やっぱり、疲れてるよね」
「んまぁ、心奈の頼みだしいいけどさ。ただ、あの人混みをまた歩くのはちょっとなぁ・・・」
「でも、花火までまだ一時間半もあるよ?」
「花火ねぇ・・・どうすっかな・・・」
大欠伸をしながら、裕人が呑気に頭をボリボリと掻いた。
「・・・あっ!じゃあ、あそこ行こうか!」
「ああ?あそこってどこ?」
「私達だけの秘密の場所」
そう言うと、すぐに彼はニヤリと笑みを浮かべた。

お祭りが行われている商店街から三十分ほどかけて、二人は小学校の裏山へとたどり着いた。
「にしても、この足でここ登んのか・・・つら」
「弱音吐いてないで、さっさと行くよ」
「へいへい」
そういえば、半年前にここへ来た時、今度は夜の景色を見に来ようという約束をした。偶然だが、その約束は今日果たされそうだ。
「お前、前よりもバテなくなったな」
「そうかな?意外とへっちゃらかも」
「おーおー、どんどん心奈が強くなる。これは怒らせたら怖いな」
「今の言葉、もう一回言ってみる?」
「いえ、結構です」
そんなことを話しながら、二人は頂上へとたどり着いた。前の夕焼けも綺麗だったが、ここから見える夜景もまた絶景だ。お祭りが行われている商店街の周囲の点灯が、やけに派手に輝いていた。
「あーあ、疲れた。花火までまだ一時間くらいあるしな・・・よっと」
裕人が芝生の上に横になった。
「よーし、私も」
裕人の隣に、心奈も並んで横になり、夜空を見上げた。今日が七夕の日だからなのか、いつもよりも増して、星々が綺麗に見えてくる。
暫くの間、二人は静かに星を眺めていた。
彼の息遣いが聞こえてくる。そのおかげで、そばにいるということを実感できた。
「・・・織姫と彦星ってさ、一年に一度しか会えないんだよね?」
心奈が言った。
「あ?ああ」
「よく、七夕の日の為に頑張れるって言うけどさ。私はそんなの無理だなぁって思うんだ。一緒にいてほしい人に、ずっとそばにいてほしいって思うの。わがままかもしれないけど、その人がそばにいないと、頑張れないと思うんだよね、私」
「・・・そっか」
「一年に一度しか会えなくても、頑張って生きていける織姫と彦星は凄いなぁって思うんだ。それに比べて、そばから離れると寂しいと感じる私って、どれだけ弱いんだろうって思うの」
横目でチラッと裕人を見た。彼は夜空を見上げたまま、ずっとこちらの言葉を待っていた。
「ヒロさ。去年、もし彼氏ができたらどうしたいって言ったよね?」
「・・・ああ、言ったな」
「私にもし、彼氏ができたら・・・ずっと一緒にいたい。たとえ話さなくても、何もしなくてもいい。ただそこにいるだけで、安心できるの。そのおかげで私は頑張れると思うし、頑張ってこられたと思う。いつまでも、死ぬまでずっと一緒にいたい。それが・・・私の答えかな」
「・・・そっか」
「・・・私、待ってるから。返事」
果たして、これは告白なのだろうか?自分の想いを彼に伝えたつもりだったが、そのまま勢いで告白までしてしまったようだ。
「まぁ・・・ボチボチ考えとくよ」
意外にもぶっきらぼうに彼は答えると、呑気に大あくびをした。どうやら、よっぽど眠いらしい。
「寝ててもいいよ。後で起こすから」
「そうか?なら、少し寝ようかな。ここ、気持ちがよくてすぐ寝られそう」
彼はそう言ってから、五分も経たないうちに寝息を立て始めた。彼の寝顔は初めて見たが、なんだかちょっと可愛らしい。
彼を起こさないようにゆっくりと立ち上がると、心奈は街を覗いた。それはまるで絵に描いたような風景で、思わず見惚れてしまいそうだ。
勢いで告白してしまったが、意外と心はスッキリしていた。たとえこれから何が待ち受けていようとも、後悔はないだろう。
「・・・ん?」
ふと、奥の林で何かが動いたような気がした。それも、虫のような小さい動きではなく、それよりも大きい気配を感じた。
「誰か・・・いるの?」
恐る恐る暗い木々に問いかける。しかし、当然のように答えは返ってこなかった。
「気のせい・・・か」
今の違和感は、果たして何だったのだろうか?疑問に思いながらも、心奈はしばらくの間、じっと夜空を眺めていた。

「いやぁ、つっかれたぁ」
山を下山しながら、裕人が大きく伸びをした。
「お疲れだったねぇ。帰ったらぐっすり眠れるんじゃない?」
「というか、ベッドにダイブして五秒で寝られると思う」
「そんなに?大げさね」
花火を一緒に見終えた二人は、のんびりと山を下山すると、夜の町を歩いていた。
「今日は・・・ありがとね。おかげで楽しかった」
「ああ?どうした、そんな改まって」
不思議そうな目で、裕人が心奈を見た。
「ううん・・・なんでもない」
本当はもう、彼と離れたくなかった。会えなくなる訳じゃないのに、これがもう最後のような気がしたからだ。
「それじゃあ・・・私こっちだから」
「ああ、そっか。気をつけろよ」
「大丈夫。なるべく人が多い道通るから。それじゃあ・・・また」
「おう、またな」
―また。
心の中で、彼の背に繰り返し呟くと、心奈は自宅へと歩きだした。
最後かもしれない、彼の笑顔を思い返しながら。

運命の日は過ぎた。
それは、お祭り終わりの静けさが留まる商店街の裏道でのこと。
「さて、それじゃあ・・・」
ハンターは、ゆっくりと獲物を狩る。じっくりとチャンスを待ってから。
「あの子がどんな顔をするのか・・・楽しみね」
かき氷のカップを投げ捨てながら、それは美しくも不気味に笑った。

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