Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.6

20×1年 12月 終業式も近くなったある日

教室にはストーブが置かれ、この時期だけのストーブの灯油を入れ替える係が決められる時期になった。
今年は、ここ数年でも特に寒さが凄いらしい。厚着をしないと、凍え死んでしまいそうだ。
裕人は昼休み。ストーブの前で一人、胡座をかいて温まっていた。
「ヒロ、いつもそうやって座ってるね。そんなに寒いの?」
隣のドアから、心奈が中に入ってくると、裕人に苦笑いを浮かべながら話しかけてきた。
彼女とは修学旅行以来、こうやって普通に話せるようになった。どうして前はあんなに怯えていたのかと聞くと、話しかけるのが恥ずかしかったのだという。
「寒いよぉ。そういう明月は寒くないの?」
「寒いから、ここに温まりに来たの」
いつからだったか。自分でも気が付かないうちに、彼女たちを「~さん」付けで呼ばなくなった。寧ろ無いほうが呼びやすいし、親近感もある。
心奈が「よっと」と裕人の隣に座ると、手をストーブに近づける。
「なんとなく聞くけど、ヒロって一番嫌いな季節は?」
「冬。寒いのやだもん」
「だと思った」
心奈がニヤリと笑う。
「ここら辺はあんまり雪も降らないからねぇ。風も強いし、あんまり外では遊びたくない気持ちは分かるなぁ」
「雪って何年くらい降ってないんだっけ?小学生になってから一回くらいしか積もってない気がする」
「多分、一年生の時じゃない?」
「そーだっけ?日本の上のほうじゃあんなに降るのに、不思議だね」
そんな他愛もない会話をしばらくしていると、話題はいつの間にか、裕人の父についての話になった。
「そういえばさ。ヒロのお父さんって、どんな人?」
心奈が問うた。
「お父さん?どうしたの、突然?」
「前に、ヒロのお父さんが、翻訳家の仕事をしてるって言ってたよね?ちょっと、気になって」
「ふぅん。でも、変な人だよ。いっつも部屋に閉じこもるか、家にいないかのどっちかで、ほとんど話したことがなくてね。性格も兄貴みたいに、バカマジメで『勉強できないバカにはなるな』ってうるさくてさ」
裕人が父の愚痴を言っていると、彼女の顔つきが少し、曇ったような気がした。
「あれ、どうかした?」
「え?ううん、何でもないよ」
彼女が首を振った。
「それでさ、ちょうど昨日久々に話したと思ったらさ。英語の問題出してきて『小さい時から英語を教えてるはずなのに、どうしてこんな基礎的なことも分からないんだ!』って怒ってさ。俺まだ小学生だよ?英語なんて分かるはずないのにさぁ。ホント、嫌になっちゃうよね」
ふと、隣の彼女がスッと俯くと、悲しそうな表情を浮かべていた。
「・・・ヒロはいいね、お父さんと喧嘩できて」
彼女が小声で言った。
「え、なんで?」
「私も、ヒロ君のお父さんに、英語教わりたいなぁ」
「・・・ああ、そういえば、英語の先生になりたいんだよね」
「うん。お父さんも、ヒロの為に思って教えてるんだと思うよ?」
「は・・・?いや、本当にそうかなぁ?あの人が、俺の為に言ってるなんて思えないんだけど」
「そんなことないよ。もっと、お父さんの気持ちになってあげて」
「そう言われても・・・」
一体何を言ってるんだろう?裕人には、彼女の言葉の意味が理解できなかった。
「でもやっぱり、仕事しかしないあの人の気持ちなんて、全然分かんないよ。分からないものは分からな・・・」
すると、心奈がスッと立ち上がった。
「・・・バカ。世の中には、それすらできない人もいるんだから」
「へ・・・?」
そう吐き捨てると心奈は、ドアを開けて教室を出て行ってしまった。
なぜ彼女があのような態度を取ったのか。この時の裕人に、理解する術はなかった。

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