Smile again ~また逢えるなら、その笑顔をもう一度~

たいちょー

Memory.4

修学旅行3日目の夜

「来たぜ!一番の楽しみが!」
「来ちゃったよ、一番嫌なやつが・・・」
真っ暗闇の山奥。児童達が迎えたのは、ナイトハイキングであった。
決められたルートをただ歩いて戻るだけなのだが、夜の山道ということもあり、雰囲気は抜群である。
喜ぶ中田とは対照的に、怖いのが苦手な裕人は、かなり落胆していた。班ごとに旅館を出発していき、もうすぐ裕人達の班の番である。
「真田君、意外と怖いの苦手なんだね」
隣にいる西村が言った。
「意外も何も、大嫌いだよぉ!」
裕人は叫びに近い声で言った。
「あはは、なんか可愛い」
そんな裕人の様子を見て、西村が笑った。
「西村さんは怖くないの?」
「うーん、怖いけど・・・真田君やみんながいるから、ちょっとくらいなら平気かな。ね、心奈」
いつも通り西村の後ろにいる心奈が、コクりと頷いた。
「よぅし、次!中田の班!」
「よっしゃぁ!」
中田が声を上げると、すぐに歩き始めてしまう。
「・・・なんだ真田、怖いのか?」
加倉井先生が、裕人の様子を見てニヤニヤしている。
「当り前じゃないですか!出たらどうするんです!?」
「んだよ、女の子の前で。もっとシャキッとしろバカ」
既に歩き始めている中田を見て、裕人の背中を先生がドンと押した。
「うわわっ!」
思わずバランスを崩しそうになったが、なんとか持ちこたえると、しぶしぶ中田の後ろを付いていった。
暗い夜道。明かりは、出発前に手渡された懐中電灯一本のみ。
さすが山奥だ。虫たちの鳴き声が、そこらから聴こえてくる。
「見て!心奈!星が綺麗だね!」
「うん・・・綺麗」
後ろでは、女子二人組が仲良く喋っている。その一方で。
「おーうい!先生やい!どうせどっかに隠れてんだろ?出て来いよぉ!」
と、恐らく隠れて脅かしてくるであろう先生達を、中田が大声で呼んでいる。
―はぁ、早く帰りたい。
裕人は一人、とぼとぼと夜道を歩いていた。
最初の上り坂を上ってから、十分程経っただろうか?
基本的に道は一本道となっていて、分かれ道には先生が立っていた。基本、迷うことはないだろう。
「んお、ここの下り坂、急だな」
前を歩く中田が言った。
「ホントだ。落ちたら痛いだろうなぁ」
裕人がボンヤリと呟いた。
「んな、バカでもない限り落ちねぇよ。行くぞ」
中田が先導して、一行は急な下り坂を降りていく。道が狭く、二人二列で歩いてやっとの幅で会った。左右には木々が生えてはいるものの、手すりがないため、下手したら落ちてしまうだろう。落ちたら確実に怪我をする高さだ。
そんなことを考えていた時だった。
「わっ!」
中田が裕人に向かって、耳元で大声で叫んだ。
「うわわっ!」
急に大声を出されて驚いた裕人は、足元が狂った。
「あっ」
と声を上げた時には遅かった。
左足が崖から滑り落ち、体が仰け反った。
「ひ、裕人君!?」
裕人の後ろを歩いていた心奈が、咄嗟に手を出した。
差し伸べられた手を、裕人はなんとか掴んだものの、遅かった。
「きゃっ!?」
「心奈!?」「裕人!」
中田と西村が、悲鳴に近い声を上げる。
裕人と心奈は、転げ落ちるように、崖から転落してしまった。
何回転かしたのち、ようやく一番下までたどり着き、裕人の体は止まった。
「うぐっ!」
それに続くように、心奈が裕人に転がり、ぶつかった。
目がチカチカして、耳がキーンとする。少しの間、何が起こったのか分からなかった。
「・・と・・ん!・・・と君!」
声が聞こえた。
「裕人君!」
心奈の、自分を呼ぶ声で、裕人は我に返った。
「てて・・・」
「っ!よかった!大丈夫!?」
横たわる裕人に、心奈が顔を近づけた。
―ち、近いって!
声に出そうとしたが、思うように声が出なかった。
口の中で鉄の味がした。思わずむせ返る。どうやら口の中を切ったらしい。
「おーい!二人とも!大丈夫か!」
上のほうで声がした。中田だ。
「だ、大丈夫!裕人君も!」
すると、普段はほとんど喋らない心奈が、大きな声で中田に答えた。
彼女も、こんな大きな声を出すんだ。思わず感心してしまった。
「裕人君、大丈夫?立てる?」
心奈が立ち上がり、手を差し伸べる。左頬から少し血が出ていたものの、どうやら彼女は無事らしい。
「あ、ありがと・・・っ!?」
起き上がろうとした瞬間、左足に激痛が走った。
「裕人君!?」
「てて・・・左足、やっちゃったみたい・・・」
「本当に!?血とか出てない!?ちょっと見せて!」
そう言うと心奈は、裕人の上半身を起こすと、体中を見始めた。これじゃ、まるでおせっかいなお母さんだ。
「血は出てないみたいだけど、左足かぁ・・・。歩けそう?ちょっと触っていい?」
「う、うん」
そう彼女は言うと、左足を入念に触り始める。
「うーん、骨は曲がってないし、折れてなさそうだけど・・・ヒビが入ってるかもしれないかな」
「ひ、ヒビ!?」
「あ、ううん!大丈夫!心配しないで。歩けなくなるわけじゃないから」
そう言うと、心奈は立ち上がり、上を向いて言った。
「二人とも!裕人君、左足を怪我して、歩けないみたいなの!先生を呼んできてくれない?」
そう心奈が言うと、上から「怪我!?本当に?」と、西村であろう声が聞こえた。
「分かった!裕人、ホントにごめん!今呼んでくるから待ってろ!」
と、中田の声が聞こえると、足音がどんどん遠くなっていった。
「・・・少し、待ってよっか」
そう心奈は言うと、裕人の隣に座った。
「明月さんって、本当は元気な子なんだね」
「ん・・・。なんだろう。いつもは恥ずかしいはずなのに、今はなんか、吹っ切れちゃった」
えへへと笑いながら、彼女が言った。
「いつもそんな風に接してくれたら、もっと楽しいのにな。普段、どう話せばいいか、分からなかったから」
「そう、だね。ごめんね、変な子だよね。私」
「べ、別に変だなんて言ってないよ。ただ・・・変わった子だなぁって」
「それ、同じ意味じゃない?」
「あ・・・ごめん」
あはは、と彼女が笑う。なんだろう。胸が少しだけ、ざわめいた。
それからしばらくの間、他愛もない会話をした。これまで喋らなかった分、沢山喋っていた。
左足の痛みも忘れて。
「私ね、将来絶対やりたい仕事があるんだ」
心奈が言った。
「ん、何?」
「英語の先生」
「え、英語・・・?」
裕人は少し、苦い顔をした。
「英語は・・・苦手だなぁ」
「どうして?」
「ウチのお父さんさ。英語の・・・翻訳家?だっけ。そういう仕事してて、小さい時からずっと英語見てきたから。英語って、見てても意味わかんないし、ちょっと嫌になっちゃうんだよね」
「お父さん・・・」
裕人が言うと、心奈は何故か俯き、小さく呟いた。
「ん?どうしたの?」
「い、いや!なんでもないよ!」
心奈は手を振って誤魔化すと、天を仰いで言った。
「・・・ねぇ。裕人君が嫌じゃなかったらさ」
「ん・・・?」
「ヒロ・・・って、呼んでいいかな?」
「ヒロ?なんで?」
「理由は・・・なんとなく」
「何それ」
裕人が笑った。
「・・・ダメ、かな?」
心奈がバツそうな顔をする。
裕人は彼女に向かって、笑顔で答えた。
「いいよ、ヒロって呼んでも」
その時、上から中田たちの声が聞こえた。
彼女は、裕人の前で初めて満面の笑みで笑った。

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