異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

187話 「お餅と言えば」

ごりごりと鈍い音が宿の食堂に響いていた。
音の発信源は死んだ目をしながらひたすら手を動かし続ける八木、正確にはその手元にあるすり鉢からである。
せっかく手に入れたもち米を精米の仕方が分からないから諦める、等といった選択肢は八木と加賀にはなかった。加賀はあの後すぐに部屋へ戻ると精米の仕方をPCで調べ始めた。分かったのは手作業でも何とか精米する事は可能と言うことであった。

「……お、終わった」

すり鉢を放り出して椅子にだらりと身を預ける八木。ひたすら数時間に渡って手を動かし続けた為肉体的にはともかく精神的には既に瀕死の状態である。
だが、頑張った甲斐もあって一袋分の籾摺りが終わっており、袋の中にはかなりの量の玄米が入っている。

「おつかれさま、八木」

疲れ果てた八木を気遣う様に優しく声をかけ、そっと温かな飲み物を差し出す加賀。
妙に優しい加賀に疑問を持ちながらもありがたく受け取る八木。

「それでね……」

飲み物を飲んで一息ついた八木を見て加賀が静かに口を開く。

「次は精米しないとなんだ」

「……かはっ」

血を吐くように息を吐き床に倒れ伏す八木。
加賀が慌てて体を揺するも反応はない。

「どうしたの?」

「あ……急に八木が倒れちゃって」

加賀の声に反応して厨房から出てきたアイネは床に倒れた八木を見て首を傾げる。
エプロンを外し二人へと近づくとそっと袋の中身を覗き込んだ。

「……籾殻とったんだね」

「あ、うん……あとは糠を取るだけなんだけど」

そう言ってちらりと八木へ視線を向ける加賀であるが八木はしばらく使い物になりそうになかった。
糠? と呟きそっと玄米を手に取りしげしげと眺めるアイネ。

「この茶色のがそうかな」

アイネの手から溢れる黒い霞状の何かが玄米を覆う。そして徐々にそれは持ち上げられていき、完全に玄米から離れた時、茶色が買った玄米は真っ白な粒へとその姿を変えていた。

「あっ……ああああ、そっか! アイネさんに最初から頼めばよかった……」

加賀はその光景をかつてシグトリアでカカオを買いあさった時に一度見ている。その時はカカオから油脂を分離していたが今回はそれが糠に置き換わった形である。当然籾殻もさくっと分離できたはずだ。

「…………っ」

そしてその光景を顔を持ち上げ見てしまっていた八木。今度こそ力尽きたように床へ体を投げ出した。

「八木ごっめん」

てへぺろっといった感じで八木に謝る加賀。アイネは我関せずといった感じで初めて見るもち米を興味深そうに眺めている。

「これはどうやって食べるの?」

「んっと、暫くお湯?につけておいてから蒸してつくの」

「……つく?」

「うん。ぺったんぺったんて」

つくと聞いてもぴんとこないアイネ。ぺったんぺったんと言う加賀の説明を聞いてさらに首を傾げてしまう。

「ん。まあとりあえずお湯につけておこう。でお昼食べたら蒸してみるよ。つくってのは実際見てみると分かると思うよー」

「分かった。楽しみにしておく」

加賀が袋を持ってふらふと厨房へ向かうと後ろからそっと袋を取るアイネ。
お礼を言う加賀と共に厨房へと姿を消す。


「そういや餅はどうやって食うの?」

午後になり大分ダメージが抜けてきた八木が床から身を起こし加賀へそう尋ねる。

「ん、餡子あるから大福かな……出来立てのは上に乗っけて食べてもいいね」

大福ときいて笑みを浮かべる八木、どうやら好物らしい。
ところで餡子だが、実は宿の冷蔵庫にはちゃっかり常備されていたりする。
八木をはじめとした神の落とし子組み、アイネとうーちゃんにバクス、それに探索者の数名がいたく気に入っている為作り置きしてあるのだ。
使い道はせいぜいアンパンぐらいではあるが……作るのにかなり手間が掛かるほで一度に大量に作る事となる、その為それなりの量が常備されていたりするのだ。

「餡子にあうんだ?」

「他にも色々食べ方あるんだけど……再現できそうなのが餡子使ったやつぐらいなんだよねー」

「十分十分。暫く楽しめそうだなあ」

暫く楽しめそうという八木に少し苦笑いを浮かべる加賀。
宿においてお菓子類などは作ったそばから無くなるものである、だが餡子はかなり好き嫌いが分かれており好んで食べる者は少数。故に暫く楽しめるのである……加賀にとっては不本意ではあるが。

ちなみに嫌いな理由としてはまず豆が甘いのが受け付けないと言うものが多い。次いで甘すぎ、食感がちょっと等と言った単純に苦手と言う理由が多かったりする。
どちらも平気と言うものにとっては餡子は美味しいものらしく、特にたまに作るアンパンは牛乳とよくあうと評判であったりする。

「他の食べ方なら他の人も……ま、いっか。たまには。興味示した人には分けたげよ」

そう言って蒸し器を火にかける加賀。
蒸している間に餅をつくための道具を用意にかかる。

「臼と杵は無いからこの辺で代用かなー」

「……いや、まって。急いで作れば間に合うかもしんねー」

「まじ?」

「おかず一品指定するぐらいは平気?」

八木の質問に彼が何をしようとしているのか察した加賀。平気と答え鍛冶場にいるゴートンの元へ向かう八木を見送るのであった。


そしてしばらく経った頃、蒸しあがったもち米は出来立ての臼の中へと入れられていた。
側に立つのは杵をもったうーちゃん、そして水が入った桶を抱えた八木。

「すっげー嫌な予感しかしない」

「がんばれー」

不安しかない表情を浮かべる八木に棒読みで応援する加賀。
八木はしぶしぶと言った様子で臼の側に屈みこむとうーちゃんへ合図を出す。


「本当についてるね……なんか不思議な物体になってるけど……これがお餅なんだ?」

「そそ……っと……ほほいっ」

ぺったんぺったんと餅をつく二人を感心した様子で見つめるアイネ。
ちなみに水桶を抱えているのは八木ではなく加賀であったりする。
ちなみに八木は予想通り両手を粉砕され休憩中である。

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