異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

173話 「狼の根城は何処に」

「ふいー……到着っと」

「ご苦労さん、奥に冷蔵庫あるから入れといて」

「はーい」

買い物を終え養鶏場へと到着した3人。荷物を降ろしていると加賀達に気が付いた養鶏場の人が声を掛けてくる。だが。かなり急いでいるのか一言話しただけで何やら荷物を持ってそのまま外に行ってしまった。加賀達は食事担当であるため関係ないが現在養鶏場の内外では討伐隊の寝床やらを設置すべく養鶏場の人やギルド経由で雇った人員らが必死になって作業をしている最中であったりする。

「60人分だもんねーそりゃ大変だよねぇ」

忙しそうに動き回る人々を見てそう呟く加賀。
だが忙しさでは加賀達もそう負けては居ない、これから自分達の担当分である30人分の食事を作らなければいけないのだ、バクスが居ない分普段の宿よりもいそがしくなるだろう。

「私達も始めましょう。夕食とそれに夜食分も用意しないと」

「そーだった、夜食分があった」

狼の次の襲撃は何時あるか分からないそのため討伐隊は徹夜で事に当たる必要があった、中には外で見張りをする者もいる。そんな彼らのために夜食を用意する事になっているのだ。

「夜食作って、起きたら朝食作って……でもって宿に戻って仕込みして」

うー(いそがしいのう)

討伐隊の食事を用意する他にも宿の仕込みを手伝う必要があるためその仕事量はかなりのものである。正直討伐に時間が掛かるようであれば加賀は体力的に厳しくなってきそうである。

「うー……んっし、がんばろ」

うーちゃんのお腹に顔を押しつけぐりぐりする加賀。
それでやる気が出たのかすっと立ち上がると厨房へと向かう。
その後にアイネと微妙な顔をしたうーちゃんが続く。
夕方には付近の偵察に出た討伐隊が戻ってくるだろう、それまでに夕食を用意しておかねばならない初めて食べさせる相手と言うこともあり3人共に気合いは十分のようだ。


「ラヴィさんこれ見てください……思ったより足跡が多い、こりゃ相当な数の群れっすよ」

「数は、ドレくらイ?」

加賀達が厨房に気合い入れて向かった頃、討伐隊の面々は養鶏場のそばの茂み付近に狼らの痕跡を見つけていた。
どうも予想以上に数が多かったらしくラヴィを呼んだ男の顔色はあまりすぐれない。そんな男とは対照にラヴィは特に普段と変わらぬ様子で数はどれぐらいかと尋ねる。

「50……いやもっと居るかも知れないっす」

無数にある足跡を見て数を把握しようとする男だが、途中で諦めたように首を振りラヴィに大まかな数を伝える。

「問題ナイ」

狼が50と言えば人にとってかなりの脅威である。
だがラヴィにとってはそうでもない、あっさりと男に言い放つと再び狼達の痕跡を探すため歩みを進める。

「50で問題ないって……まじか」

これを言ったのが人であればただの見栄であったかも知れないが、ラヴィの場合はただ事実を述べただけである。全身を固い鱗で覆われたラヴィは間接部などの鱗の薄い部分を覆う簡易鎧着ただけで狼の攻撃をほぼ無効化する事が出来る。目の部分は別であるがそこも防具で覆われているのとラヴィ自身の巨体も相まってまず攻撃を受けることはない。逆に狼側はラヴィの攻撃を何か食らった時点で致命傷となる。狼の逃げ場を塞いでしまえば後は淡々と処理していくだけとなる……もっとも逃げ場を塞ぐのが難しいのだが。

「やっぱ洞窟とかじゃなくてあの小山が根城見たいっすね……この人数じゃ囲うのは無理すわ」

「そウカ……戻ろウ」

養鶏場から離れたところにある小山をじっと見つめていたラヴィであったがぽつりとそう呟くときびすを返して歩き出す。
狼達が洞窟などを根城にしているのであればそこを強襲する予定であった、だがその小山は地元の人の話によれば根城に出来そうな洞窟などは存在せず、かと言って今の人数で狼を逃がさないように囲うのはまず無理である。
よってラヴィは養鶏場の囲いの中へ再び狼達がやってくるのを待つことにしたのだ。

ラヴィ達討伐隊が養鶏場に戻ればそこには温かな食事が用意されていた。
その中には卵を使った料理もいくつかあり、ラヴィはそれを見て笑みを浮かべる。

「ラ、ラヴィさんどうぞお先に……」

「む、そウカ」

ラヴィの笑み……はたから見ると歯をむき出しにして威嚇しているようにしか見えないそれを見てびびった討伐隊に席に着くよう促されたラヴィ。周りの椅子よりも一回り大きいラヴィ専用の椅子へと腰掛ける。

(よっしゃ、卵料理いっぱい! やっぱ受けて正解だったなー!)

養鶏場だけあって卵の在庫はそれなりにあったらしい、嬉しさのあまり卵料理見たラヴィは目を細め尻尾を恐ろしい勢いで振り回している。

「なんか見たことない料理が多いなー……」

「俺の宿デ、出る料理ダ」

ラヴィは見慣れているがそうでない者にとっては加賀達の料理は奇抜な物と見えるのだろう。ラヴィは自分が泊まっている宿で出す料理である事を伝えそっと顎を撫でる。顎の構造上人の言葉をしゃべるのはどうもラヴィの種族にとっては結構な負担がかかるようで時折こういった仕草を見せる。

「そ、そうでしたか……えっと、頂きやす」

「うム」

ラヴィの言葉を聞いて慌てた様子で料理を食べ始める討伐隊の面々。
それを見てラヴィも料理へと手を付ける。もちろん最初に口にするのは卵料理である、赤いトマトケチャップがのったそれを豪快に口に放り込むと満足げ気に笑みを浮かべるのであった。

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