異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

152話 「割とまじめに新人教育」

「そのじじ……爺さんは誰なんです?」

翌日、今度は時間通りに集まった新人達であるが。探索者の他に見慣れぬ者を見つけ胡乱気な視線を向ける。

「ダンジョンで採取やらメインでやってるシグ爺さんだ。今日は手伝って貰おうと思ってな、来て貰ったんだよ」

採取と聞いて首を傾げる新人達。そう言った仕事をしている探索者がいるのは知っているが自分達はそちらを目指すつもりは無い。

「なんで? って思ってそうな顔だな。ダンジョンで採取系に強いのが一人居るだけで大分攻略が楽になんだぞ? 浅い階層かショートカットから入ってすぐの所しか行かないってんならともかく、奥まで攻略すんなら必須だぞ」

そう語る探索者であるが新人達の反応は薄い、皆口々にはぁだのふーんだの興味なさげな反応しか見られない。

「おうおう興味なさそうだなおい。まあいい、今日は四層の砂漠地帯まで行く。……嫌でも分かることになるさ」

そう言ってダンジョンへと入っていく探索者達。
少し慌てて後を追う新人達であるが、さきほどの呟きは聞こえてなかったようだ。


「……ダンジョンの中に森」

「おうよ、シグ爺さんたのむわ」

「ほいほい」

1階層、そして2階層を抜けた先。そこはダンジョンの中にも関わらず一面の森が存在していた。
驚き固まる新人達をよそに先頭を軽い足取りで進んでいくシグ爺さん。何かを探しているのかあたりをきょろきょろと見渡しながら歩いている。

「何探してんだ……つか、罠あったらどーすんだよ」

「あー、森とかの階層は罠ねえぞ……てか、そのへんの説明もなかったのかよ、何考えてんだあの受付」

「まじかよ……」

信じられないといった様子でシグ爺さんのほうを見る新人達であるが、たしかに彼が罠にかかるような様子は見られない。

「そんな強い敵も出ないし、なんつーか補給階?」

「なんだってダンジョンにそんなのあるんすか?」

新人達の疑問ももっともである、そんな階があってもそれは探索者達にとって有利にはなってもダンジョンにとっては不利にしかならないはずだからだ。

「んー……ダンジョンてさ、攻略してもらうのが存在意義、らしい」

「はい?」

「考えてもみろ、俺らを殺すのが目的ならいくらでもやりようがあるだろ? 罠なんて即死する事なぞまんずない。敵に殺されるのは……まああるが。それでも低レベル向けの階層で理不尽に強い敵が出るなんてことはないだろ?」

探索者の言葉に無言になる新人。
短い期間ではあるがダンジョンにはいって掛かった罠はどれも致命傷となるものはなかった、もちろん放置えばいずれ……と言うのはあったがそれは治療すれば十分間に合うものである。
それにギルドなどで異常に強い敵が出たなどの話も聞いたことはない。

「まぁそういうもんだと思っておけばいい……お、シグ爺さん見つけたか?」

「ほっ、あったよ。これなら7~8人分は作れるが全員分にはちとたらんの」

「それで構わんよ、作ってくれ」

探索者の言葉に軽く頷き替えすシグ爺さん。バッグから何やら道具を取り出すとその場で採取した植物等を調合し始める。

「お前ら、砂漠用に体を冷やす薬持ってきてるな? ……よし、じゃあお前とお前は薬をそいつらに渡せ」

突然の指示に戸惑いつつも薬を渡す新人達。

「ほれ、できたぞ」

「お、ありがとよシグ爺さん。そいじゃお前ら二人は代わりに来れもってな。こいつはこの森の階層で取れる素材で作った体を冷やす薬だ、ちなみにこの材料はダンジョンにしか存在しない。地上に持って帰って帰ると効果を発揮しない、調合したこの薬も数時間で効果を失うようになってる……つまりこの薬はダンジョン限定みたいなもんだ」

「……別に材料見つかれば俺らでも調合出来そうだけど」

新人はシグ爺さんが調合する場面を見ていた。確かにシグ爺さんが行った調合はどこにも難しそうな手順は踏んでなさそうである、分量も少し適当ではないかと思うほどにだ。

「まあ、そういうと思ってな。シグ爺さんあれとってきた?」

「おお、ちゃんと取ってあるぞ」

シグ爺さんから受け取った薬の材料である白みがかった草を両手に持ち、新人達に見せる探索者。

「こいつとこいつ違いが分かるか? ちなみに片方は薬の材料で、もう片方は毒な」

「……どう見ても同じだけど」

二つの草は見た目はほぼ一緒といっても良かった、ぱっと見で分かる違いと言えば精々手に持った量が違う程度である。
他の新人達も同じ意見のようで、どう見ても同じにしか見えていないようだ。

「これ、このあたり若干色が違うじゃろ? ここで見分けるんだよ」

確かに言われてみれば若干色が違うかも知れない、その程度の差しかなかった。
これをぱっと見て見分けるのは相当難しいだろう、おそらく植物であるし取ってから時間経過で色が変わるはず。そうなればまず間違える者がでるはずだ。

「専門の人が必要なのはわかったか? んじゃ、次に薬の効果確認しに砂漠いくぞ。別に持ってきた薬でいいだろって言いだす奴がでそうだしなー」

新人達が黙ったのを見て嬉しそうに次の階層へと向かう探索者達。
次の階層は砂漠。おそらく新人達にとって辛い階層となるのは間違いないだろう。



「……加賀はいないね」

食堂にあるソファーをちらりと見てそう呟くアイネ。
今の時間帯は加賀とうーちゃんは買い物に行っており、暫く戻ってこない。
アイネは加賀が居ないのを一応確認し、ソファーに寝転がると咲耶からもらった例の被りものをすっぽりとかぶる。

「……ふかふか」

ふかふかとした肌触りは心地よく、知らず知らずのうちにアイネは眠りへと着くことになる。

「ただいまー」

アイネが眠りにはいってから少し経った頃、買い物に行っていた加賀とうーちゃんが帰ってきた。
先に食堂に入ってきたのはうーちゃんである、買った荷物を全て抱え厨房へとそのまま入っていく。荷物が邪魔でソファーで寝ているアイネには……気が付いているだろうがどんな姿なのかまでは分からなかったようだ。
加賀は靴を脱いで羽織っていた上着を部屋に置いてから食堂へと向かう。

「ん……うーちゃんめっ」

そして食堂へと入った加賀の視線の先にはソファーに寝転がるうーちゃんらしき姿があった。
毛布をかぶり今にも寝そうな体制をみた加賀はそのままうーちゃん目掛けて駆け寄る。


その日、宿中に加賀の大きな悲鳴が響き渡ったとか何とか。

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