異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

103話 「割と順調なようで」

「ええと……」

「ああ、申し訳ありません。エルフの方と会えてつい嬉しくて……私の居た世界では物語にしか登場しない存在でして、いつか会える日をずっと楽しみにしていたのです」

感極まった様子で語る八木に対し黒鉄のエルフはどう反応したら良いのか分からず居心地悪そうに身動いでいる。
一方八木の反応を見たシェイラはむすっとした表情でちくりと八木に一言一言声を掛ける。

「……私もエルフなんだけど」

「っと、失礼しましたつい興奮してしまって……それで本題の交渉の件ですが」

「スルーかい!」

だがそんな一言もエルフに釘付けの八木には聞こえていないようである。憤るシェイラを置いてエルフとの会話を進めていく八木。
その後様子を見ていた大臣が二人の会話に割って入り、八木を介して交渉を進めていく。
元々エルフ側からも話をしたかったようで、交渉は順調に進んで行った。
ある程度話が進んだ段階でエルフ側から一旦話を持ち帰りたいと要望があり、その日の交渉はそこまでとなる。


「いやー、交渉順調でよかったー! 明日はエルフの代表の人も参加するんでしたっけ?」

晩餐の時間となり食堂へ集合した一同。
皆お腹を空かせ、食事の用意が出来るのを待つ中一人笑顔の八木が居た。エルフと出会えたのがよほど嬉しかったのだろう、出会ってから今までずっと笑顔のままである。
交渉がうまく行きそうでにこにこ顔の大臣よりもさらに嬉しそうにしている。

「へーそうなんだ」

そんな八木をみてそっけない返事を返すシェイラ。
交渉の際の出来事からずっとこの様子である。

「……なんでシェイラ機嫌悪いんすか?」

昼間八木達とは別行動していたメンバーの一人、ガイが不機嫌そうなシェイラをみて不思議そうに尋ねる。

「べっつにー……どうせ私は女性らしくないですよーだ」

「ああ……なるほど」

その言葉を聞いてなんとなく察したガイ。
普段の言動が少しあれであるが、察しは良いようである。

「十分女性ぽいと思いますけどねー。それに同じ神の落とし子でも加賀さんはシェイラの事女性として見てるみたいっすよ」

「へー……そうなんだ。ふーん……」

ガイの言葉を聞いて不機嫌そうな表情をひっこめるシェイラ。
にやけそうになる顔をそっと手でさする。

「なんでしたっけ、あれ……ホットパンツ?似合いそうって言ってたっす!」

「……」

にやけそうになっていた顔が一気に苦虫を嚙み潰したような顔へと変わる。

「……なんか加賀っちの趣味偏ってない? お姉さんなんか心配になってきたんだけど……」

「そのへんは良く分かんないっす……あ、食事の用意出来たみたいっすよ」

ガイの言葉に少し折れて台車に乗せられた大量の料理が部屋の中へと次々運び込まれてくる。
料理の内容はじつにさまざまである、加賀が伝えたメニューが半分ほどを占め残り半分はリッカルドの料理だろう、あまり見たことがない料理が並んでいる。
そしてある料理が運び込まれたとき会場のあちこちから歓声の声があがる。

「お、きたぜきたぜえ。これ楽しみにしてたんだよなあ」

「うム……アレは食いデガアッて良い」

出てきた料理をみて普段あまり喋らないラヴィも会話に参加しだす。
食いでがあるとの言葉通り、出てきた料理はかなりのボリュームがあった。一言でその料理を表すなら、焼いた肉の塊である。
そう聞くと美味しそうには聞こえないかもしれないが……ようはローストビーフである。
リッカルドでは豊かな自然を生かした畜産も行っている、輸出できるほどではないが国民が食べる分には十分な量が確保できるようで、自然とそういった料理が作られるようになったのだろう。

「さて……杯は生き渡ったかな。では……この国の窮地に駆けつけてくれた神の落とし子、八木殿に感謝して歓迎の宴を開催する……まあ堅苦しいのは置いといてだ、今日は口うるさいのも居ないし、酒もたんまり用意した。みんな思う存分楽しんでくれ、乾杯!」

王が杯を高く掲げたのに合わせ会場中から乾杯の声があがる。
そして酒を飲み、喉を渇きをいやした所で皆一斉に料理に群がっていく。
この日の宴は立食パーティー式で行われており、皆好きな料理を片手に会場のあちこりで談笑しつつ料理に舌鼓を打っているようだ。
八木も一目みてからずっと気になっていた肉の塊へと近づいていく。

「八木様、楽しんでおられますかな……それは良かった。ささ、こちらの料理を食べてみてくだされ、リッカルドの名物でしてな、ようは塊肉を焼いただけなのですが、どうですかな? この断面」

他は各自が好きに料理を問てるのに対し、ローストビーフの所には切り分けるスタッフがついていた。
焼いただけと言いつつも自信ありげに切った断面を見せるスタッフ。恐ろしくでかい塊肉にも関わらず断面は全て綺麗なピンク色に仕上がっていた。外側は灰色で中心部分は真っ赤なんてことはない、よほど慎重に火を通さなければこうはいかないだろう。
八木も断面を見て思わずおお、と声に出していた。

「ソースはこちらの3種をお使いください、このワインのソースと香草のソースは神の落とし子から頂いたレシピを使用したものです」

「おお、すごい一杯……ありがとうございます」

皿にたっぷり盛られた肉に感嘆の声をあげる八木。
さっそくソースをかけ、ひょいと大きな一切れを一口。

「うっま! 焼き加減完璧っすね」

さしがまったく入っていない、まさに赤身!といった感じの肉にも関わらずとろけるような食感。
3種のソースの相性もよく八木の皿はあっという間に空になってしまう。

「こちらこの国で作られたワインです、どうぞご賞味ください」

「あ、どうもいただきやす」

料理が美味ければ酒もすすむ、空になった八木の杯をみて酒を配るスタッフが八木へと声をかける。
ちなみに会場にいるのは八木の護衛役を除いてスタッフふくめ全て男性である、王様がいっていた口うるさいのは……奥さんの事だろう。みんな止める者も居ないので好き勝手に飯を食らい酒を煽っている。
八木もほどよく酔いが回ったところで会場にいるメンバーと親睦を深めてるべくあちこちをふらふらしだす。
皆も同じく酔いが回っているからだろうか、特に問題が起きることもなく適当な雑談や、時折ばかな会話をしつつ楽しい時を過ごせたようだ。

リッカルドについて二日目の夜。
どうなるか不安であった初の国外での仕事は今の所順調に進んでいるようである。

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