異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

52話 「母の加護は」

「加賀の母の咲耶でございます。いつも命がお世話になってます」

「あ、これはどうもご丁寧に……」

内装のほとんどが完成した宿、その食堂でバクスと対面する加賀の母。
加賀の雇用主であるバクスに深々と頭を下げる。

「ええと……それで加賀…じゃなくて、あー……」

「私のことは咲耶とお呼びくださいな」

「わかりました。では咲耶さんと今後お呼びしますね……でだ、加賀? 何してるんだ?」

そう言ったバクスの視線の先では加賀が両手で顔を抑え膝を抱えたままソファーに転がる姿があった。
それを呆れた目線でみるバクス、そして憐みの目で見る八木。

「いや、ほら……恥ずかしいんですよ」

「ふむ? 久しぶり母親に会ったからといってそう恥ずかしがる事もないだろうに」

その言葉にぴくりと反応しうぅぅと唸りながらバクスへと視線を向ける加賀。

「う、うぅ…………バクスさんは…」

「んん?」

「バクスさんは母親に女装姿見られたことないから、そんなこと言えるんですっ」

「そんな経験あってたまるかあっ」

思わず素で反論するバクス。加賀は再び膝を抱え転がり出す。
そんな二人ののやるとりを見て加賀母は驚きの表情で口元へ手を持って行く。

「命……それ、女装だったの?」

「違うよ!? 言葉の綾だってば!」

がばりと身を起こし必死に反論する加賀。
それをみて加賀母……咲耶は軽く笑うと冗談よ、と言う。

「別に気にしなくていいのよ? 命がのぞんでその姿になったわけではないのでしょう? ……望んでだったらお母さんちょっと引いちゃうけど」

「うん……別にこれって指定したわけじゃないし……神様の趣味だと思う」

「そう……じゃ、このお話はこれで終わりね……はい、これお土産よ」

軽く微笑むと笑いながら加賀に何やら包みを渡す咲耶。
受け取った加賀が包みの中をのぞき込む。中に入っていたの加賀にとってなじみ深いものであった。

「あ……コック服だ。ありがとう、これどうしたの?」

「地球で作ったやつをね特別に持ってきたのよ。今の命のサイズに合わしてあるから……ちょっと着てみてくれる?」

咲耶の提案に頷くと皆に断り自室へと向かう加賀。

「やれやれ……さてと。加賀が戻るまで少し時間かかるだろうし……話でも進めておくかね」

それでいいかな?とたずねるバクスに頷く八木と咲耶。
それを見てそれじゃあと切り出すバクス。

「まず念の為確認なんだが、咲耶さんが応援としてきた神の落とし子ってことであってるかな?」

バウスの問いに対しこくりと頷く咲耶。
それを見たバクスも軽く頷くと言葉を続ける。

「ふむ、それじゃ次なんだが今この宿は人手不足でな……ベッドメイクや、清掃をやる人がいないんだ。今は客が居ないから皆で分担しているが客がくるとそういうわけにはいかなくてな……そのあたりを任せたいと思っているが良いだろうか? もちろん一人じゃ無理なことは分かってる。募集は続けて当面は客の数を制限して何とか凌ぐつもりだ」

「ええ、問題ありません……この建物内であれば私一人で回せると思いますよ」

どうだろうか?とたずねるバクスに対し咲耶はあっさりと頷いて見せた。
さらには追加で人員を募集すると言うバクスに対し一人で回せるとまで言い切る。

「それはありがたい話しではありますが……本当に大丈夫でしょうか? 部屋数は20近くあるし、風呂場もかなり広いですよ?」

「ええ……それ用の加護も頂きましたし。命が戻ったら試しに……ちょうど戻ったみたいですね」

咲耶がそう言うとほぼ同時にドアがガチャリと音を立てる。
そして真っ白いコック服を身につけた加賀が恥ずかしそうに顔をのぞかせる。

「お待たせー……ぴったりだったよ」

「そうならよかった……ほら隠れてないで見せてみなさい」

言われて部屋の中に入る加賀が、皆からの視線を受け恥ずかしげに顔を伏せる。

「お、似合うじゃん。よかったなー合うサイズの無くて困ってたんだろ?」

「ん、特注しようにも大分かかるって言われちゃったしね……本当ありがとうね?」

「いいのいいの。気に入ってくれたならよかったわあ」

加賀のコック服のお披露目も終わり落ち着いたところを見計らいバクスが口を開く。

「さてと……お披露目も終わったことだし次は咲耶さん、お願いしても良いか?」

「はいな。…それじゃあ未使用の布団一式と掃除用具があればお借りしたいのだけど……あと洗濯物を入れる籠か何かあれば……」

咲耶の要望に対し用意しようと答えるバクス。
そして用意したもの一式を前に咲耶が立ち、皆を見回すとそれじゃあ、と声を掛ける。
それを合図にしたようにふわりと手をふれても布団などが次々浮かび出す。

「行きましょうか。まだ掃除してない部屋に案内して頂けませんか?」

「あ、ああ……こっちだ」

驚きつつも何とか声を絞り出すバクス。
扉を開け廊下に出ると目的の部屋へと案内する。

「ここです」

「ちょっ、ここ俺の部屋じゃ……」

バクスが立ち止まったのは八木の部屋である。
部屋は各自が自主的に片付けているが、仕事がほぼ終わり起きるのが遅くなりがちな八木の部屋はまだ片付けが終わってなかったのだ。

「まだ片付けてないだろ?」

「や、そうだけど……服とか脱ぎっぱなしで……その」

「何言ってるの八木ちゃん。これから毎日掃除するのよ? そんなの気にしてちゃだめよ~」

部屋に入ることを渋る八木に対し、咲耶はたいした気にした様子もなくがちゃりと扉を開ける。

「あらあら……これはなかなかに掃除のし甲斐があるわねえ」

「下着まで脱ぎっぱなしじゃん」

「……スンマセン」

まるで先ほどの加賀のように両手で顔を押さえぷるぷると震える八木。
それに対し咲耶はこれまた気にした様子もなく部屋へと入って行く。

「それじゃ。いきますね」

「うおっ」

部屋に入った咲耶がそう言った瞬間である、部屋に散らばっていた脱ぎ散らかされた衣服、使用済みのシーツなどがふわりと浮かび上がり用意した籠に次々に収まっていく。

一通り籠に入ったところで次は掃除用具が動き出す。
浮かび上がった掃除用具はまるで自分の意思があるかのように動き室内の掃除を進めていき、そして一通り終わったところで新品のシーツや布団がこれまたふわり浮かびベッドにきっちりと収まっていく。

「ん、これでお終いです……如何でしたか?」

そう言って笑顔で振り返る咲耶。
それに対し驚きのあまり固まっているバクス。ただ無言で咲耶に握手を求めるのであった。

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