異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

1話 「森の中 前」

そして時点は冒頭へと戻る。

闇に覆われてどれぐらい立っただろうか、不意に視界が開けたかと思うと加賀は一人森の中に佇んでいた。
森といってもそこまで木が生い茂っているわけではない、草も生えてはいるが精々加賀の膝ぐらいの高さだ。
加賀は八木が見えないかと辺りを見渡すが木が少な目とは言え森の中だ、遠くまで見通すことは適わないようだ。
加賀は転生する前に話した通りそのままその場で待ち続ける事にした。

(それにしても…ほっそい体になっちゃったなー)

転生する際に若返らせて貰えることは事前に聞いてはいたが、いざ転生してみると己の体がずいぶんと変わっている事に違和感を感じるのだろう、先ほどから体をひねったり屈伸したりしている。

「あー…っ!? あーあーあー……ははっ」

確かめるように発せられた声、それは声変わり前の少年というよりはどちらかというと少女の様な声であった。

「うわあ…これがボクの声とか違和感半端ないね、声変わりする前かー…10代前半だろうなあ」

しかしここまで変わるとはねーと自分の体を見つめる加賀。
その体はとても細く肌は白い、声は少年か少女のようである。
さらに肩にかかるぐらいに長くなった髪は綺麗な真紅色をしている。
服装もだいぶ変わっている、着ているのは青み掛かった半そでのチュニックに細身の長ズボン、靴下と革靴とシンプルな物だ。
腰には紐と何か入れられている袋が括り付けられている。

「いったいあの神様は何を参考にしたの…この分だと八木もすごいことになってそー」



そう呟いてまつこと暫し、いまだに八木は現れない。
ずっとその場で待つのも疲れたのだろう、加賀はあたりを見渡しどこか座って休めるところを探していた。

「お、岩はっけーん。さすがに直で地面座るのはちょっとね…ん?…なんかいる」

加賀が近づいたすぐそばの地面、そこに何か白いものが動いているのが見える。
おそるおそる岩へと近づき覗き込むように白い物体を確認する。

「あ、ウサギだ異世界にもいるんだねーウサギ」

さきほどからもぞもぞ動いてるものの正体はウサギであった、いったい何をしているのだろうと気になった加賀はひょいとウサギの前にかがみ込む。
どうやらウサギは食事中だったようで寝転んだままはむはむと草をはんでいた。

「おお、草食べるとはさすがウサギ…あれウサギって草たべたっけ?人参のイメージが強いけど…草おいしい?」

ウサギにそんなことを尋ねてもリアクションが帰ってくるわけもないはずなのだが
ウサギは加賀のほうを向くと首をぶんぶんと横にふる。

「まずいんかい!…ってこのウサギ言葉通じてる? さすが異世界、ウサギに言葉通じるとか」


しかしこのウサギは何でまずい草をこうはんでいるのだろうか?そう思いウサギをよく見るとその体はとても痩せていた。

「やせてるなあ…アバラも浮いちゃってるし、ちゃんとご飯食べてないのかな」

もしかすると転生した際に持っていた袋に食べれるものが入っているかも、そう思い袋の中をあさってみるが中にあるのは生前つかっていた包丁セットぐらいで食べれそうなものは入ってなかった。
何か食べれそうなものはないだろうかと当たりを見回しふと上を見上げると
そこには地球でよくみた果物、リンゴがなっていた。

「りんごだっそういえばここ転生者が植物育てるのに使ってたんだっけ」

加賀の頭上になっているのがその転生者が育てていた物なのかは今となっては分からないが、せっかくなってるんだからウサギに食べさせようと加賀は立ち上がる。

「いや、どう考えてもとどかないよねあれ」

リンゴがなっているのは加賀の背よりはるか高所、背伸しようが飛び跳ねようが手が届くことはないだろう。
石を投げてもよいがうまい具合に落ちるとは限らないし、何よりリンゴに傷がついてしまう。
さてどうしたものかと悩む加賀だが何かを思いついたのか手をぽんとたたく。

「そうだ魔法があった! ……えっと確か精霊魔法なら普通に話しかけてお願いすれば良いんだよね? 風の精霊さん? 魔力を渡しますのでリンゴを取って下さい!」

そういった直後加賀の体から何かが…おそらく魔力であろうものがごっそりと抜かれていく。
そして強く風が吹いたかと思うとボトボトと辺りに大量のリンゴが落ちてくる。

「うっひゃあ!? ちょっリンゴ多すぎぃ……まさか木になってるの全部とれた?」

再び頭上を見上げると先ほどまでなっていたリンゴは全てなくなっていた。
加賀が精霊にお願いした内容が曖昧だった為、目の前になるリンゴを全てとる結果となったのだろう。
今後精霊魔法使う際はできるだけ詳しく、せめて対象は指定したほうが良いなと反省する加賀であった。


「さってさってリンゴの皮むいてーっと。ウサギちゃん? うーちゃん? リンゴむいたけど食べるかーい」

うー(なんだその名前は…)

「へあ!?」

うーうー(…今後はそう呼ぶように。してリンゴだったか? まあせっかく剥いたのだ、頂くとしよう)

「ウサギがしゃべった…でも異世界だし、異世界だから。……あ、リンゴね? はいうーちゃん」

うー…(だからうーちゃんではなく……まあ良い好きに呼べ)

何やら名前を名乗るウサギではあったが、ウサギが喋った事で一瞬思考がフリーズした加賀には聞こえてなかったようだ。
うーちゃんは器用にもリンゴを前足でつかむとしゃくしゃくと食べはじめ、不意に固まった。

「見た目としゃべり方のギャップすごいなあ。ん、あれ 口に合わなかった? 蜜入ってるし熟してると思ったんだけどなー」

切ったリンゴの断面をみると蜜がはいっており、十分に熟していることが伺える。一つ食べてみるが酸味と甘みのバランスがほどよく、おいしいリンゴであった。
加賀が甘いもの苦手だったかな? と思っていると固まっていたうーちゃんが急に動き出したかと思うとすさまじい勢いでリンゴ食べ始めた。
剥いたリンゴはあっという間になくなり、1個だけでは食い足りなかったのかうーちゃんは加賀にお変わりを要求する。

うー!(何これむっちゃウマ。もう1個! もう1個剥いておくれ!)

はいはい、ちょっとまってねーと言いリンゴの皮を剥く加賀。
剥き終わりリンゴを渡したところで背後の草むらからゴソゴソと音がする。
八木でもきたのだろうかと声を上げながら振り返る。

「八木おっそーいっ!?」

振り返った先にいたのは…剥きだしの上半身を覆う異常に発達した筋肉、2mを軽く超えているであろう巨躯。
地球ではまずありえない生き物の出現に加賀は驚愕のあまり変な声をあげてしまう。
その声に気がついたのだろう、その生き物は加賀のほうへと振り返りその視線に加賀を捉えた。

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