天使に紛れた悲哀の悪魔

堕天使ラビッツ

第3章 永遠に花の咲かない国

「ほら、桜雲帝国だぜ。俺はここで寝てるから行ってこいよ」
「ほう、ここが桜雲……とは皮肉なものだな」

 辺りを見回しても、桜らしきものは咲いていない。それどころか、一面どんよりしていて名前とはかけ離れたところだ。

「名前に似合わぬ国で悪かったな」

 突如現れた女性。桜雲帝国の人なのか、桜模様が散りばめられた綺麗な紫の着物を纏っていた。サラサラの黒髪ショートヘアで色白でとても美しい。

「気を悪くさせてすまない、こちらはアンジュの王子の使いだ。度々桜雲帝国から助けの声が上がっていたが、どうなさったのでしょう」
「見て分からぬか? この有様だ。お主らの言う通り今となっては名前にそぐわない帝国となってしまった」
「これを解決しろ……という訳か」
「わたし達……というか人間にどうこう出来るものなのかな……」

「いつまで隠れておる。お前なら分かるだろう、ゼル」

 この女性、ゼルを知ってる……? もしかしてこの人がゼルの……

「お見通しか。ああ、俺がいない間にどうなっちまったんだよ」
「分かっていたらもう解決しておる。私が居るから来るのが嫌だったんだろう、すまないな」
「……そういう訳じゃねえよ、ただ、強制された結婚なんぞしたくねえ。それだけだ」

 ゼルもこの女性の事嫌いって訳ではないのか……。少しだけ心の中がスッキリしたような気がする。

「とりあえず私の家にでも来るとよい、ついて来い」

 女性はそう告げると歩き出した。わたし達も後を追うように歩き出す。にしてもこの国は少し肌寒い。暖かい国だと思ていたばかりに薄着で来てしまったのだ。

「サリー、寒くないか? 風邪をひいては大変だ。寒くなったら上着を貸そう」
「ありがとう。まだ大丈夫……。でも寒くなったら借りても良い?」
「ああ、遠慮なく言ってくれ」

 イオは本当に人の事をよく見ているんだな……。いつもすぐに気付いてくれる。
 そんな優しさがわたしには初めてでとても嬉しかった。

 それから五分ほど歩くと、大きなお城があった。アンジュやディアーブルのとは違って東洋のお城の様だ。

「ここが私の家、桜雲帝国の城じゃ」

 彼女は大きな扉を開いた。かなりの年季があるのか重たい音がする。中に入ると森の中にいるかのような木の香りが鼻についた。


 しばらく廊下を歩いたり階段を上ったりしていると、他の部屋とは全く違う、沢山の装飾が施された扉。

「君がここを治めているのか?」
「いや、ここを治めているのは父じゃ。だが、父はゼルの事を昔からよく思っていない。見合いも乗り気ではなかったのじゃ」
「んなの昔から気付いてたぜ」

 ゼルは今日は機嫌が悪そうだ。ずっとこの調子でぶすっとしていて心配だ。わたしに何かできる事はないだろうか……

「お父様、アンジュの王子の使いが来られました」

 彼女が正座をすると、それに続いてゼルやイオも正座をした。ここでは王の前では正座をするのが作法なのか。わたしも続いて正座をした。

「通せ」

 聞こえてきたのは嗄れた男性の声。声からするとかなり歳をとられているようだ。
 家来のような人によって綺麗な扉が開かれた。深く一礼し、歩き出す皆に続いてわたしも同じように一礼し歩き出す。

「アンジュから参りました、王子の使いのイオと申します」
「お久しぶりで御座います、国王陛下」

 二人は跪いた。
 ゼルの顔を見なり、国王陛下は顔を顰めた。元々怖そうな顔なのか、更に恐怖を感じる。

「お前、アンジュに行っておったのか。あの荒寥そのものの様な紫翠帝国は捨てたのか、見事見事」
「……っ!」

 ゼルは跪いてはいるものの、下を向いたまま国王陛下を睨みつける。こちらまで異様なほどの殺気が伝わってくる。
 謎ばかりだ。両親から縁を切られているにも関わらず、故郷の事を悪く言われるとこんなにも殺気を立てるなんて……

「……殺気を立てすぎだ」

 ゼルがたてた異常なほどの殺気にイオも気付いたのか、小声で呟く。
 失礼だけれどもこんな酷い人間が国王陛下だなんて……。この国がこうなってしてしまったのも頷ける。

「……白露しらつゆ、こやつらを案内しなさい。……下がれ」
「はっ、畏まりました」

 わたしたちは王室を出た。途端に怒りを露わにするゼル。あの男と戦っていた時よりもさらに表情は怒りに満ちていた。

「あの山猿……」
「よさないか、あれでもこの国を治める者。顔を立ててあげなくては可哀想であろう」
「もう……ふたりとも落ち着いて」

 ゼルも山猿だなんてあんまりだけど、イオも嫌味を言い過ぎ。わたしには故郷を悪く言われることへの悔しさなんて無いから気持ちを分かってあげられる事はないけれど。

「貴様ら、我が父をよくも……と言いたいところじゃが、私もあの男には心底呆れておるがゆえ、好きに言うがいい」
「おい、あの男のせいで寂れたんじゃねーのかよ」
「否定はできないな。国とは王の人柄を表すとも言う。あの王が仕切っていては、いずれにせよこの国は滅ぶぞ」
「だから私はこの国を救いたい……終わらせたりなんてしたくないのじゃ。――あの男を殺しても構わぬ」

 強い闘志。瞳から痛いほど伝わってくる。よほどこの国が大切なのだろう。
 それにしても、あの王がいなくなったら本当にこの国は元通りになるのかな……

「――そういえばちゃんと自己紹介をしていなかったの。私は一条白露、白露と呼んでくれ」
「俺はイオ。それと付添いのサリーだ」
「二人ともよろしく頼む」

 白露さんは本当に綺麗な人だ。ゼルが彼女との結婚を拒む理由が分からない。でも、こうやってイオの隣に立っていると……二人とも綺麗でお似合いだ。
 そんなわたしの視線に気付いたのか、彼女はイオから一歩離れた。遠慮したのか、それとも恥ずかしいのか。前者ならわたしの事なんて気にしなくてもいいのに。

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