新宿は今日も豪雨だった

ここあみるく

いつかの事件



1年前に新宿で事件があった。 

春先、桜が咲き出した頃、ある大学のサークルでの飲み会が新宿の某居酒屋で行われた。
居酒屋は雑居ビルの7階にあり、外から見るとかなり小さいような感じがするのだが、
中はかなり広々としていて、黒い壁に、赤いソファと金縁の透明なテーブルがまばらに置かれ、ダーツやビリヤードも設備してあった。
室内は蒸し暑く店の人は1人しかいなかった。店長というよりは、ホストの経営者というような顔つきで、髪の色は抜けワックスで綺麗に整っていた。顔つきはまるで欧米人で、とても透明感のある男だ。

そこに男女30人ほどの集団が深夜12時を過ぎてから集まった。

日常生活に飽き足らず非日常的空間を求めるあまり
本来の日常を忘れてしまうことがある。
日常生活に戻った時それが非日常に感じたなら
きっとそれが
人生は自分を軸にして上下に入れ替わったという証明だーーーーー。

男女たちはこの店に来る前にもう一軒別の居酒屋に行っていて、そこは老若問わず様々な人がいるような店で、時々家族連れも見られた。
そこの居酒屋の大きめの個室を借り、お酒もほどほどに入ったところで2時間コースが終わり、皆はそれぞれ店の外に出た。女の1人が空をぼーっと見続けていたから、周りもそれに便乗するよう皆無意識に空を見上げた。
すると
空の色がいきなり黒から黄ばんだような色にかわり、それとほぼ同時に豪雨になり出した。まるで雨の一滴一滴が、弓矢のように落ちて来た。
今までの星空は彼女たちの意識の中に埋没し
黄ばんだ空から降り注ぐ大量の弓矢が、
彼女たちを包み込んだ。彼女たちは動揺した。傘を持っているものはいなかったから、向かいの雑居ビルの入り口のところに避難した。

月は出ていない。

あるものがいった。
7階にバーがあるぞ。雨が止むまで二次会をしないか。
誰も何も考えることもなくその意見に賛成し、皆バーのような居酒屋のようなところへ吸い込まれていった。





皆は確実に空を見上げていたし、黄ばんだおかしな空のことも気づいていた筈だ。時間が止まった感覚に陥っていただろうし、鳥たちがみな一斉に飛び立つ音の大きさに驚いたものもいたはずだ。
しかし、みなはそれぞれ、何かダメなことを見過ごすような嫌悪感に包まれながらも
その話はしようとはしなかった。
何もなかったことにした。ちょうどいいことに豪雨も降り出して雷鳴もとどろき始めたから、皆がそのような話をできる環境に落ち着く時には、すでに空の記憶は薄まっていた。




日付が変わる頃 皆はすでに泥酔していた。
若さによってまだ体力の残っている彼らの盛りはこれからだった

街から人は消える。
風景に馴染んだホームレスが食材を探し終え、体内に流し込み、ダンボールや拾った敷物の上に毛むくじゃらの身体を横たわらせて1日を終えようとしていた。
雨は街灯の光を濁らせた。街はいつもより暗い。
歌舞伎町のホストもその日の女を見つけてラブホテル街に身を消した。
終電を逃したサラリーマンを送るタクシーは
全て使われていて、駅には一台も止まっていない。

大勢の人々で事件の舞台となる新宿を作り上げているようだった。






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