心装人機使いのあべこべ世界旅行
18.守りの誓い
店内に入ると、中は思っていたよりも広く作られていた。
ドレスなどを飾っているのは、外から見える部分だけで、それ以外は何も置いていなかった。
「お兄ちゃん、踊ろうかっ」
「お、おぅ……いいのか? 店の中で踊って」
「うんっ、その為の空間だから」
どうやら、試着ルームならぬ試踊ルームになっているようだ。
なら、「衣装はどこに?」と思って辺りを見渡すと、布で仕切られた入口を見つける。
おそらく、衣装の注文や試着などはあっちで行うのだろう。
「な、なぁ本当にやるのか……俺、マジでなんにも出来ないぞ?」
「ふふっ大丈夫。今から魔法をかけるから、リラックスして、抵抗しないでね」
少年は踊りながら言葉を紡ぎ、俺の目と耳を侵食し始めた。
どうやら精神に関わる魔法は、抵抗しようという心によってかかりやすさが変わるようだ。
抵抗する気がなかった俺はものの見事に魔法にかかる。
────────
体が宙に浮いているようだ。どこかの亀裂を飛び越えた時のような風圧などを感じない。雲のトランポリンで跳ねているイメージが一番あっているだろう。
朧気な意識の中で、手の感触だけはハッキリ伝わる。
さっきまで繋いでいた手はしっとりと濡れ、肉球の感触が吸い付いてくる。
(この感覚……クオンの背中で眠る時に似てるかも)
少し懐かしさすら感じながらされるがままにされる。
────────
気分は蕩けきり、どのくらい何をしていたのかさえ分からないまま時間が過ぎていく。
動きが止まったような気がしたと同時に、突然の拍手が起こり、その音で意識がハッキリ覚醒した。
「見事なもんだ、さすがワシの孫だ……」
「ありがとう! これならみんなを見返せるよねっ!」
「……ふむぅ、レストよ。舞踏会は人を見返したりするような場ではないぞ。そういう意識のままでは安心して家は継がせられないぞ……」
「おばあちゃん、わたしこの舞踏会が終わったら、お兄ちゃんに着いていこうと思ってるから、跡は継がないことにしたのっ!」
目が覚めたばかりだというのに、いきなり衝撃的なことを聞いてしまった。いつの間に決めたのだろうか。
だが、大切な孫を危険な旅に出すおばあちゃんなんぞいるわけがない。もう少し口を出すのは待つとしよう。
発言を聞いたおばあちゃんもとても驚いた表情をしているから、しっかりとダメだと言ってくれることだろう。
「……お兄ちゃんとは、そこの若造か」
おばあちゃんは俺のことをジーッと見つめる。誰も何も喋らず、静かな空間の中で視線だけが俺に刺さる。
「良いだろう……ただし、後悔だけはしてはならんぞ」
「うんっ! ありがとうおばあちゃん。だーいすきぃ!!」
(クソババァァァァッッ!! お前もそこら辺の孫大好きおばあちゃんと変わらないのかよォォ! 抱きつかれて鼻の下伸ばしてんじゃねぇよ!)
「お……おーい、レスト? 本当についてくるつもりか? 自分で言うのもなんだけど、この旅はかなりキツイと思うぞ……魔物の肉とかも食べたりするし、馬鹿みたいな量の魔物と戦ったりもしたし」
実際にあったことを交え話すと、少年ではなくおばあちゃんの方が俺の方を向き、孫に抱きつかれニヤニヤした表情のまま口を開く。
「守れ」
たった一言だけ。
だが、崩れた表情の中ただ一つ笑っていない目から「孫を死なせたらどんな方法使ってもお前を殺す」というメッセージを受け取った。
(こんなふざけた顔してるくせに、なんて目をしてんだよっ!)
「おばあちゃん、お兄ちゃんを脅かしちゃダメでしょっ」
「おぉすまんすまん。レストのことになると冷静になれんくてのぉ」
「ありがとう、おばあちゃん! というわけだから、お兄ちゃん、一緒に行っても……いいかな?」
懐かしい昼番組の如く答えてしまいそうになるが、一度冷静になって考え、やはり一緒にはいけないと判断した。
「しょうね────」
「お兄ちゃん……いい加減わたしのこと少年って言わないで……名前で呼んでほしいよ」
(か〜わ〜うぃ〜い〜!! 連れてっちゃおうかな〜)
断じて言うが俺はショタコンではないし、過剰なほどのケモミミ愛がある訳では無い。
一度自分の両頬を叩き、もう一度心を入れ替える。
「レ、レスト……こればかりはダメだ……俺一人ではレストを守りきれる自信が無い。力とか技術の話じゃなくて、旅はいきなり何が起こるか分からないからなんだ……わかってはもらえないかな」
「わかってるけど、それでもお兄ちゃんと一緒に行きたい! 魔物に殺されたり、女の人に捕まって色々されることもちゃんと考えてる……それでもわたしはッ!!」
宥めるつもりで言ったつもりだったのだが、どうやら逆効果だったらしい。
気づけばレストに胸の辺りを掴まれていた。
出会いはじめの頃の人見知り少年はどこに行ってしまったのだろうか……
「これがきっと最初で最後のチャンスなの、お願い……連れて行って……」
どうしてここまで着いて来たがるのかは分からないが、最悪の事態をしっかり考えたうえでのこの発言……正直連れていってもいいんじゃないかとは思う。
だが、小さな子供の命を預かるというのはとてつもない責任である。この責任を俺はしっかり果たせるのだろうか。
長々と考えている間に、おばあちゃんが動き始める。
「あぁ〜そこの若造、何か勘違いしているかもしれんが……レストは、強いぞ」
「へっ……?」
「最初は知らないふりだと思っておったんだがのぉ……その様子だと本当に知らなそうだから教えてやろうかのぉ」
「いやっ、レストが強いって……」
どう考えてもそこら辺にいる普通で人見知りの可愛い少年だと思うんだが。
さっきの魔法と関係あるのだろうか。
「ふむぅ、若造は魔法の特徴や欠点、種類を知っておるかのぉ」
「魔法を発動する言葉は自分で決められることとイメージが出来ないと発動できないこと……欠点は……魔力の消費が大きいこと……ですかね? 種類は知りません」
そもそも種類とかそんなにあるのだろうか……俺が今まで使ってきたのは攻撃と回復だから、あと考えられるとしたら補助とかそんなもんかな。
「特徴と欠点に関してはその認識で最低限大丈夫だのぉ……とりあえずレストが使える魔法の種類とその特徴、そして欠点に関して話そうかのぉ」
「おばあちゃん、そのお話をするなら長くなるから座った方がいいと思うよ。奥の部屋に行こうよっ。舞踏会の衣装も決めておきたいし」
レストの言葉に頷き、布で仕切られた入口へ向かって行く。
置いていかれないように着いていきながら、ラティスに話しかけることにした。
《ラティス、少年の魔法はそんなに強いのか?》
《うーん、強いというより珍しいの方が強いかも、旅をするなら普通の魔法よりはいいかもしれないね〜》
旅をするなら、か……クオンの時のように、レストをいきなり一人にさせてしまうことも考えられるから、最悪一人で近くの街まで帰還できる程度の力さえあれば俺としては満足なのだが。
《レストを……旅に連れていってもいいと思うか?》
《私はどっちでもいいよぉ〜特に興味が無いし》
ラティスは、興味が無いことには手を出すつもりがないようだ……まあ、確かにこれは俺が決めるべきことだし、話を聞いてから判断しよう。
(「守れませんでした」じゃダメなんだ……しっかりしろよ、俺ッ!)
気持ちが固まった所で辺りを見渡すと、様々な色とサイズのドレスやマントが飾ってあり、服屋に来ていたことを思い出した。
「とりあえずそこに掛けるといい」
「お兄ちゃんはわたしのとなりねっ」
「あっ、ありがとうございます。失礼します」
前世の頃から服屋にはあまり入ったことがないため、少し緊張してしまう。
「まあ、緊張することはない……軽く話をするだけだからのぉ。とりあえず、レストの魔法が何なのかを先に話をしようかのぉ」
おばあちゃんが髭を弄りながらレストへと目を配る。
レストは何も喋らず、俺の手を握ってニコニコしている。
「この子が使う魔法は舞踏魔法と言ってのぉ。魔力効率が他の魔法よりも良くなって、更に言葉を発さなくても発動できる。その代わりに発動時には踊らなければならないし、踊りの数しか効果はないのじゃ」
「ちなみに、わたしが今音楽なしで長く使えるのはお兄ちゃんにさっき使った心体操作関係の魔法と障壁魔法くらいなの……」
心体操作魔法ってかなり強いんじゃないのだろうか……というよりも普通はイメージができないから使用出来ないんじゃないだろうか。
「舞踏魔法って踊っている間じゃないと効果がないんですか? だとしたら魔力の効率は良くても、旅と踊りによる体力の消耗の方が激しくなってしまうと思うんですが」
おばあちゃんに聞こうと思っていたが、答えたのはレストだった。
別にレストが答えられない訳では無いんだから、おばあちゃんに聞く必要もなかったな……
「ふふっ、舞踏魔法は踊っている間の効果が強いってだけで、踊ってなくても効果自体は続けられるのっ、さっきの魔法も、踊り終わるまではおばあちゃんが歩いていた足音とか聞こえてなくても、終わった後の拍手だと気づいたでしょ?」
なるほど、体力と魔力の続くかぎりの強い操り状態か……それに自分を守るための守りもある。
更に、操りをイメージできるのだから普通の魔法に関しても期待ができることだろう、
ただ、あの小さい体を見る限り近接戦には向かないことはすぐに分かる。
(典型的な魔法使いポジションだな……う〜ん、何とかなるかなぁ)
「実力があるのは分かりました。ただ、どうしてそこまでして俺についてこようとしているのか、何故それを止めないのか……これだけは教えてください」
そう聞くと、さっきまで元気だったレストとおばあちゃんの表情が曇り、俯いてしまった。
(そんなに言いにくいことなのかっ!?)
お通夜ムードのまま五分くらい経過し、おばあちゃんが顔を上げる。
「あまり外部の人間に話すようなことではないんだけどねぇ……」
一度深呼吸をしてからこちらの目をしっかりと見て話し始める。
あまりにもさっきと違う真面目な雰囲気に目をそらしてしまいたくなるが、恐らくそれをしてしまうと信頼されることは二度となくなるだろう。
「ここの家と今ある舞踏会責任者の役職は、ワシが一代で築きあげたものだ。しかし今も尚、ワシがこの役職についているのは、おかしいとは思わなかったかのぉ」
言われてみると、おばあちゃんはとっくに腰も曲がっており、満足に踊ることさえできないだろう。日本で言えばとっくに還暦を迎えて、家でTVでも見ている頃であろう。
「ふむぅ……ワシが続ける理由はワシの息子とその嫁に原因があるんじゃ……」
どうやら話が長くなりそうだ……
聞いている限り、よくあるお家騒動的な感じだということが分かってきたが、まとめて見るとこんな感じだ。
・おばあちゃんが責任者の役職になる
・息子が生まれ成長し、嫁と結婚後、レストが生まれる
・息子と嫁には責任者になれる才能と努力がなく、レストは才能と、努力をする心をもっていた。
・息子はレストに責任者の座を奪われるのを恐れ、レストを捨てるが、その瞬間を兵士に見つかり嫁共々街の外れに移される
・「レストさえいなければとワタシが責任者なのにッ!! アンタなんか産ませなければ良かった!」そう言い捨て家を出ていき、その後から家に暗殺者が来るようになった
(なんか、ドロドロしてるな……これだから役職とか階級とかは欲しくならないんだよなぁ)
将来もし家を持つことになったとしても、絶対に平民のまま、組合で稼ぎ続けようと決める。
「暗殺者ってまだ来ているんですか?」
「そうだのぉ……十日に一回のペースで来ているのぉ」
結構頻繁なんだな……相当執念深い息子さんだな。
「それで、レストを責任者にせず旅に出したほうがいいと思ったってことですか?」
「正確には一緒に行動してくれて、獣人以外の者で、ワシが大丈夫と判断した者がいたらかのぉ」
「いたら」ということは、いなかったらレストは日々暗殺者と戦いながら、責任者をしなければならなかったという事か……
何が起こるかわからない旅と、日常的に襲いかかる悪意ある刺客。
自分で考えてみても、後者の方が圧倒的に嫌だと思う。
それをまだ小さな子供が選ぶのだとすれば……そして、その選択を選ぶのに俺が関わっているのだとすれば────
「分かりました。お孫さんをしっかり守らせていただきます」
────助けるに決まってる。
前世の俺には助ける為の金も力もなかったし、助けられる誰かに出くわすこともなかった。
世界規模で見れば悪いことはいっぱい起きていたはずなのに、俺はその中の誰一人も救えはしなかったんだ。
だから、今ある力で誰かを助けられるのなら、俺は可能な限りの「誰か」を助けたいと思う。
「やはり見込んだ通りの若造だったのぉ────孫をよろしくお願いします……」
先程までの緊迫した表情から、穏やかなおばあちゃんの顔に戻り、深々と頭を下げる。
やっぱり、しっかり者のおばあちゃんなんだな。
「レスト……これからはこの若造の言うことをしっかり聞くんじゃぞ」
「うん……うんっ! ありがとう……おばあちゃん!! お兄ちゃん、これから……よろしくねっ」
「ああっ、任せておけ! レストは俺が絶対に守ってやるからな!」
ずっと握られていた手を、少しだけ強く握り返しながら、レストだけは絶対に守ろうと強く心に誓った。
ドレスなどを飾っているのは、外から見える部分だけで、それ以外は何も置いていなかった。
「お兄ちゃん、踊ろうかっ」
「お、おぅ……いいのか? 店の中で踊って」
「うんっ、その為の空間だから」
どうやら、試着ルームならぬ試踊ルームになっているようだ。
なら、「衣装はどこに?」と思って辺りを見渡すと、布で仕切られた入口を見つける。
おそらく、衣装の注文や試着などはあっちで行うのだろう。
「な、なぁ本当にやるのか……俺、マジでなんにも出来ないぞ?」
「ふふっ大丈夫。今から魔法をかけるから、リラックスして、抵抗しないでね」
少年は踊りながら言葉を紡ぎ、俺の目と耳を侵食し始めた。
どうやら精神に関わる魔法は、抵抗しようという心によってかかりやすさが変わるようだ。
抵抗する気がなかった俺はものの見事に魔法にかかる。
────────
体が宙に浮いているようだ。どこかの亀裂を飛び越えた時のような風圧などを感じない。雲のトランポリンで跳ねているイメージが一番あっているだろう。
朧気な意識の中で、手の感触だけはハッキリ伝わる。
さっきまで繋いでいた手はしっとりと濡れ、肉球の感触が吸い付いてくる。
(この感覚……クオンの背中で眠る時に似てるかも)
少し懐かしさすら感じながらされるがままにされる。
────────
気分は蕩けきり、どのくらい何をしていたのかさえ分からないまま時間が過ぎていく。
動きが止まったような気がしたと同時に、突然の拍手が起こり、その音で意識がハッキリ覚醒した。
「見事なもんだ、さすがワシの孫だ……」
「ありがとう! これならみんなを見返せるよねっ!」
「……ふむぅ、レストよ。舞踏会は人を見返したりするような場ではないぞ。そういう意識のままでは安心して家は継がせられないぞ……」
「おばあちゃん、わたしこの舞踏会が終わったら、お兄ちゃんに着いていこうと思ってるから、跡は継がないことにしたのっ!」
目が覚めたばかりだというのに、いきなり衝撃的なことを聞いてしまった。いつの間に決めたのだろうか。
だが、大切な孫を危険な旅に出すおばあちゃんなんぞいるわけがない。もう少し口を出すのは待つとしよう。
発言を聞いたおばあちゃんもとても驚いた表情をしているから、しっかりとダメだと言ってくれることだろう。
「……お兄ちゃんとは、そこの若造か」
おばあちゃんは俺のことをジーッと見つめる。誰も何も喋らず、静かな空間の中で視線だけが俺に刺さる。
「良いだろう……ただし、後悔だけはしてはならんぞ」
「うんっ! ありがとうおばあちゃん。だーいすきぃ!!」
(クソババァァァァッッ!! お前もそこら辺の孫大好きおばあちゃんと変わらないのかよォォ! 抱きつかれて鼻の下伸ばしてんじゃねぇよ!)
「お……おーい、レスト? 本当についてくるつもりか? 自分で言うのもなんだけど、この旅はかなりキツイと思うぞ……魔物の肉とかも食べたりするし、馬鹿みたいな量の魔物と戦ったりもしたし」
実際にあったことを交え話すと、少年ではなくおばあちゃんの方が俺の方を向き、孫に抱きつかれニヤニヤした表情のまま口を開く。
「守れ」
たった一言だけ。
だが、崩れた表情の中ただ一つ笑っていない目から「孫を死なせたらどんな方法使ってもお前を殺す」というメッセージを受け取った。
(こんなふざけた顔してるくせに、なんて目をしてんだよっ!)
「おばあちゃん、お兄ちゃんを脅かしちゃダメでしょっ」
「おぉすまんすまん。レストのことになると冷静になれんくてのぉ」
「ありがとう、おばあちゃん! というわけだから、お兄ちゃん、一緒に行っても……いいかな?」
懐かしい昼番組の如く答えてしまいそうになるが、一度冷静になって考え、やはり一緒にはいけないと判断した。
「しょうね────」
「お兄ちゃん……いい加減わたしのこと少年って言わないで……名前で呼んでほしいよ」
(か〜わ〜うぃ〜い〜!! 連れてっちゃおうかな〜)
断じて言うが俺はショタコンではないし、過剰なほどのケモミミ愛がある訳では無い。
一度自分の両頬を叩き、もう一度心を入れ替える。
「レ、レスト……こればかりはダメだ……俺一人ではレストを守りきれる自信が無い。力とか技術の話じゃなくて、旅はいきなり何が起こるか分からないからなんだ……わかってはもらえないかな」
「わかってるけど、それでもお兄ちゃんと一緒に行きたい! 魔物に殺されたり、女の人に捕まって色々されることもちゃんと考えてる……それでもわたしはッ!!」
宥めるつもりで言ったつもりだったのだが、どうやら逆効果だったらしい。
気づけばレストに胸の辺りを掴まれていた。
出会いはじめの頃の人見知り少年はどこに行ってしまったのだろうか……
「これがきっと最初で最後のチャンスなの、お願い……連れて行って……」
どうしてここまで着いて来たがるのかは分からないが、最悪の事態をしっかり考えたうえでのこの発言……正直連れていってもいいんじゃないかとは思う。
だが、小さな子供の命を預かるというのはとてつもない責任である。この責任を俺はしっかり果たせるのだろうか。
長々と考えている間に、おばあちゃんが動き始める。
「あぁ〜そこの若造、何か勘違いしているかもしれんが……レストは、強いぞ」
「へっ……?」
「最初は知らないふりだと思っておったんだがのぉ……その様子だと本当に知らなそうだから教えてやろうかのぉ」
「いやっ、レストが強いって……」
どう考えてもそこら辺にいる普通で人見知りの可愛い少年だと思うんだが。
さっきの魔法と関係あるのだろうか。
「ふむぅ、若造は魔法の特徴や欠点、種類を知っておるかのぉ」
「魔法を発動する言葉は自分で決められることとイメージが出来ないと発動できないこと……欠点は……魔力の消費が大きいこと……ですかね? 種類は知りません」
そもそも種類とかそんなにあるのだろうか……俺が今まで使ってきたのは攻撃と回復だから、あと考えられるとしたら補助とかそんなもんかな。
「特徴と欠点に関してはその認識で最低限大丈夫だのぉ……とりあえずレストが使える魔法の種類とその特徴、そして欠点に関して話そうかのぉ」
「おばあちゃん、そのお話をするなら長くなるから座った方がいいと思うよ。奥の部屋に行こうよっ。舞踏会の衣装も決めておきたいし」
レストの言葉に頷き、布で仕切られた入口へ向かって行く。
置いていかれないように着いていきながら、ラティスに話しかけることにした。
《ラティス、少年の魔法はそんなに強いのか?》
《うーん、強いというより珍しいの方が強いかも、旅をするなら普通の魔法よりはいいかもしれないね〜》
旅をするなら、か……クオンの時のように、レストをいきなり一人にさせてしまうことも考えられるから、最悪一人で近くの街まで帰還できる程度の力さえあれば俺としては満足なのだが。
《レストを……旅に連れていってもいいと思うか?》
《私はどっちでもいいよぉ〜特に興味が無いし》
ラティスは、興味が無いことには手を出すつもりがないようだ……まあ、確かにこれは俺が決めるべきことだし、話を聞いてから判断しよう。
(「守れませんでした」じゃダメなんだ……しっかりしろよ、俺ッ!)
気持ちが固まった所で辺りを見渡すと、様々な色とサイズのドレスやマントが飾ってあり、服屋に来ていたことを思い出した。
「とりあえずそこに掛けるといい」
「お兄ちゃんはわたしのとなりねっ」
「あっ、ありがとうございます。失礼します」
前世の頃から服屋にはあまり入ったことがないため、少し緊張してしまう。
「まあ、緊張することはない……軽く話をするだけだからのぉ。とりあえず、レストの魔法が何なのかを先に話をしようかのぉ」
おばあちゃんが髭を弄りながらレストへと目を配る。
レストは何も喋らず、俺の手を握ってニコニコしている。
「この子が使う魔法は舞踏魔法と言ってのぉ。魔力効率が他の魔法よりも良くなって、更に言葉を発さなくても発動できる。その代わりに発動時には踊らなければならないし、踊りの数しか効果はないのじゃ」
「ちなみに、わたしが今音楽なしで長く使えるのはお兄ちゃんにさっき使った心体操作関係の魔法と障壁魔法くらいなの……」
心体操作魔法ってかなり強いんじゃないのだろうか……というよりも普通はイメージができないから使用出来ないんじゃないだろうか。
「舞踏魔法って踊っている間じゃないと効果がないんですか? だとしたら魔力の効率は良くても、旅と踊りによる体力の消耗の方が激しくなってしまうと思うんですが」
おばあちゃんに聞こうと思っていたが、答えたのはレストだった。
別にレストが答えられない訳では無いんだから、おばあちゃんに聞く必要もなかったな……
「ふふっ、舞踏魔法は踊っている間の効果が強いってだけで、踊ってなくても効果自体は続けられるのっ、さっきの魔法も、踊り終わるまではおばあちゃんが歩いていた足音とか聞こえてなくても、終わった後の拍手だと気づいたでしょ?」
なるほど、体力と魔力の続くかぎりの強い操り状態か……それに自分を守るための守りもある。
更に、操りをイメージできるのだから普通の魔法に関しても期待ができることだろう、
ただ、あの小さい体を見る限り近接戦には向かないことはすぐに分かる。
(典型的な魔法使いポジションだな……う〜ん、何とかなるかなぁ)
「実力があるのは分かりました。ただ、どうしてそこまでして俺についてこようとしているのか、何故それを止めないのか……これだけは教えてください」
そう聞くと、さっきまで元気だったレストとおばあちゃんの表情が曇り、俯いてしまった。
(そんなに言いにくいことなのかっ!?)
お通夜ムードのまま五分くらい経過し、おばあちゃんが顔を上げる。
「あまり外部の人間に話すようなことではないんだけどねぇ……」
一度深呼吸をしてからこちらの目をしっかりと見て話し始める。
あまりにもさっきと違う真面目な雰囲気に目をそらしてしまいたくなるが、恐らくそれをしてしまうと信頼されることは二度となくなるだろう。
「ここの家と今ある舞踏会責任者の役職は、ワシが一代で築きあげたものだ。しかし今も尚、ワシがこの役職についているのは、おかしいとは思わなかったかのぉ」
言われてみると、おばあちゃんはとっくに腰も曲がっており、満足に踊ることさえできないだろう。日本で言えばとっくに還暦を迎えて、家でTVでも見ている頃であろう。
「ふむぅ……ワシが続ける理由はワシの息子とその嫁に原因があるんじゃ……」
どうやら話が長くなりそうだ……
聞いている限り、よくあるお家騒動的な感じだということが分かってきたが、まとめて見るとこんな感じだ。
・おばあちゃんが責任者の役職になる
・息子が生まれ成長し、嫁と結婚後、レストが生まれる
・息子と嫁には責任者になれる才能と努力がなく、レストは才能と、努力をする心をもっていた。
・息子はレストに責任者の座を奪われるのを恐れ、レストを捨てるが、その瞬間を兵士に見つかり嫁共々街の外れに移される
・「レストさえいなければとワタシが責任者なのにッ!! アンタなんか産ませなければ良かった!」そう言い捨て家を出ていき、その後から家に暗殺者が来るようになった
(なんか、ドロドロしてるな……これだから役職とか階級とかは欲しくならないんだよなぁ)
将来もし家を持つことになったとしても、絶対に平民のまま、組合で稼ぎ続けようと決める。
「暗殺者ってまだ来ているんですか?」
「そうだのぉ……十日に一回のペースで来ているのぉ」
結構頻繁なんだな……相当執念深い息子さんだな。
「それで、レストを責任者にせず旅に出したほうがいいと思ったってことですか?」
「正確には一緒に行動してくれて、獣人以外の者で、ワシが大丈夫と判断した者がいたらかのぉ」
「いたら」ということは、いなかったらレストは日々暗殺者と戦いながら、責任者をしなければならなかったという事か……
何が起こるかわからない旅と、日常的に襲いかかる悪意ある刺客。
自分で考えてみても、後者の方が圧倒的に嫌だと思う。
それをまだ小さな子供が選ぶのだとすれば……そして、その選択を選ぶのに俺が関わっているのだとすれば────
「分かりました。お孫さんをしっかり守らせていただきます」
────助けるに決まってる。
前世の俺には助ける為の金も力もなかったし、助けられる誰かに出くわすこともなかった。
世界規模で見れば悪いことはいっぱい起きていたはずなのに、俺はその中の誰一人も救えはしなかったんだ。
だから、今ある力で誰かを助けられるのなら、俺は可能な限りの「誰か」を助けたいと思う。
「やはり見込んだ通りの若造だったのぉ────孫をよろしくお願いします……」
先程までの緊迫した表情から、穏やかなおばあちゃんの顔に戻り、深々と頭を下げる。
やっぱり、しっかり者のおばあちゃんなんだな。
「レスト……これからはこの若造の言うことをしっかり聞くんじゃぞ」
「うん……うんっ! ありがとう……おばあちゃん!! お兄ちゃん、これから……よろしくねっ」
「ああっ、任せておけ! レストは俺が絶対に守ってやるからな!」
ずっと握られていた手を、少しだけ強く握り返しながら、レストだけは絶対に守ろうと強く心に誓った。
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