拳の剣聖

ノベルバユーザー25697

一章 7話

 さて、リラ——女の子からの名前。呼び捨てで呼んでほしいと言われた——に先導されて一先ずはリラの住む村に案内されることになった。

 歩いている中、流石に無言は悲しいので村に着くまでの間リラに色んなことを教えてもらうことにした。

 「ねぇリラちゃ、……リラに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 危ない危ない。危うくちゃん付けするところだった。

 「はい、私に分かることなら何でも教えてあげますよ!」

ニコッ、と歳相応のあどけない顔で笑いながらくるりとこちらを向いた。

 「うおっ…、あ、ああ、ありがとね。じゃあまずはリラの村について教えてくれる?」
 「分かりました!」

 そう言ってリラは村について話してくれた。

 まず、リラの住む村の名前はアマリ村という。この村を興した人たちのリーダーの名前が由来になっている。元はここには何もなく、開拓すらされていない土地だったが、そこにアマリ率いる王国の騎士団が派遣された。
 この村がある場所はその際の騎士団の仮拠点だったそうだ。開拓が進むにつれ、回復薬や食糧などを売る商人も安全に暮らせるようになったため、そこから徐々に安全を求めてやってくる近くに住む人々や物資を求める人などが集まってきたので、いっそのことここに村でも興そうか! というアマリの言葉により本格的な村づくりが始まったそうだ。
 そして驚くことにそれは凡そ十数年前の話なのだそうだ。更に驚くべきことになんとリラの母親が騎士団の隊長のアマリさんなんだという。

 「リラのお母さんってすごい人なんだねー!」
 「エヘヘ、照れちゃいます……」
 「あれ? ということは今はもうお母さんは騎士団じゃないんだよね?」
 「そうです、だから今のお母さんは騎士の隊長さんじゃなくて私のお母さんなのです!」
 「へぇ〜、じゃあお父さんは?」
 「お父さんは冒険者をやってます!」
 「へぇ〜、冒険者かぁ〜」

 ニコニコと嬉しそうに自分の親のことを話すリラがもうたまらん。だがいいことを聞いたな。

 (冒険者か、やっぱりあるんだな、そういうものも)

 「ねぇリラ、その冒険者って誰でもなれるのかな?」
 「はい、誰でもなれますよ! 私ももう少ししたらなるんですよ!」
 「ええ!? 大丈夫なの? 危なくない?」
 「平気です! 最初のうちはお姉ちゃんが一緒にいてくれるんです!」
 「ふ〜ん? じゃあリラのお姉さんは冒険者なんだね」
「そうです! しかもランクBなんですよ!」
 「それってすごいの?」
 「そうですよ! Bランクの人は一流だと言われるくらいにすごいんです!」

 身振り手振りでどれだけすごいかを身体全体を使って表現してくれた。心なしか少し興奮しているようにも見えることから、よほど凄いことなのだろう。

 「へぇ〜、すごいんだね。リラもBランクを目指すの?」

 大きく頷いてリラは言った。

 「もちろんです!」


 そんなこんなで他にも色々と話をしていたが、不意にリラが足を止めた。
 何事かと思い、俺も足を止めてリラが見ている場所に目を向ける。するとそこには明らかな人工物の建物が点々と立ち並んでいるのが分かった。

 「あれが私の村のアマリ村です!」

 俺がそれらを視認すると同時にリラが説明してくれた。

 「はぁ〜大きいなぁ」

 そう俺がつぶやいてしまうのも無理はなかった。
 アマリ村の建造物はどれもこれも大きく、その様からかなりの人数がこの村で生活しているのがわかる。
 そんな風に村を見て思っていた時、とあることに気づいた。

 「なんか騒がしくないか?」
 「そう、ですね。どうしたんでしょうか?」

 二人して何事かと訝しんでいると、近付いていくにつれて段々と話し声が聞こえてきた。

 「……で、……だった!?」
 「いや、……には…ねぇ!」
 「くそっ、リラ……はどこに……たんだ!」
 「しょうが…い、もう一度探し…みよう!」

 断片的に聞こえる会話の中にはリラの名前が挙がっていた。ということは。

 「リラ、もしかして君を探しているんじゃないか?」

 状況と会話の内容を合わせてみればそれでつじつまが合う。

 「あ、そう、かもしれないです……。お母さんにも黙って村から出てしまったので……。」

 申し訳なさそうにリラが肯定した。

 「なるほどね、じゃあ早くみんなに顔を見せて安心させたほうがいいね」
 「で、でも……、今帰ると怒られちゃいます……」

 シュン、としているリラではあったが、これではいけない。

 「いいかい、リラ。今は怒られることなんかよりもね? 兎に角みんなを安心させてあげることの方が大事なんだよ? リラもお母さんやお父さんがいつまでも帰ってこなかったら心配でしょ?」
 「はい……」
 「だったら今すぐにでも、顔を見せて安心させてあげなきゃ。ほら、俺も付いて行ってあげるからさ! 不審者とかに間違われそうだけどね!」

 安心させるために、冗談を入れて説得する。だけど、正直意外と俺が不審者だと言われてもしょうがないと思う。
 何故かと問われると、それはもう俺の出で立ちを見て貰えば十分に理解できると思う。
 今の俺はありきたりな高校の学ラン姿なのだが、先程の戦闘のせいで、制服は裂けて噛み傷があり、さらには右腕右足の部分が不自然にボロボロになっている。俺がいた世界でこんな人見かけたら、心配と警戒心によりすぐさま警察に110番を掛けているだろう。

 そんな俺の影の心配を知ってか知らずか、リラは安心した顔で、

 「確かに、心配させるのは良くないですよね……。分かりました! じゃあリンさんもちゃんと来てくださいね!」
 「う、うん、おけぃ! あ、でも……、うんいや、なんでもない!」
 「? そうですか?」

 (絶対に俺を紹介してね! とか言ったら流石にカッコ悪いだろ……)

 そんな思いを胸の内に五寸釘でしっかり埋めるようなイメージをしていた時、俺の手が何かに引っ張られていた。

 (あれ、なんだ? 手が引っ張られ……て…てててててッ!?)

 俺の右手を見る。するとそこには小さな掌が俺の手をしっかりと握っていた。その先を見てみる。俺の手をしっかりと握り、ニコニコとしている可愛らしい女の子の、リラがいた。
 俺はリラに引っ張られるままに力に従ってのそのそと足を動かす。やがて俺たちに気が付いた村人の一人が何かこちらを指差すような仕草を周りに示した後、こちらに駆け寄ってくる。

 「おーい!」
 「あ、ジョンおじさん!」
 「ああ、やっぱりリラちゃんだったか! 大丈夫かい? 怪我とか、していないかい?」

 オロオロと心配そうに、リラのあちらこちらを確認する恰幅のいい中年の男性に対してリラは答えた。

 「大丈夫です。怪我とかはしてないです。それと……、勝手に村を抜け出してごめんなさいッ!」

 大きく頭を下げてリラは謝罪した。それに対し、男性はいやいやと手を振る。

 「そんなことはどうでもいいんだ。兎に角リラちゃんが無事でよかった! さぁ、まずは早くお家に帰りなさい、アマリさんたちが心配していたからね、早く顔を見せてあげなさい」
 「は、はい!」
 「うん、いい返事だ。……ところでこちらの方は? かなり危ない状態のように見えるが……」

 そう言って男性はこちらに話を振って来た。

 「あ、どうもすみません、大丈夫……かもしれないですけど大丈夫じゃないです」
 「ん、ん? 大丈夫なのかい?」
 「ごめんなさい、やっぱり痛いです」
 「まぁ……そうだろうね」

 そこにリラが俺の紹介をしてくれる。

 「あ、この人はわたしを助けてくれた人なんです!」
 「助けた? 一体何からだい?」
 「魔物から助けてくれたんです」
 「まっまままま魔物だって!? 大丈夫かい? どこも怪我してないかい!?」

 魔物、という単語を聞いた途端に顔色を赤くして既視感を覚える展開を再度繰り広げていた。

 「ジョンおじさん、大丈夫です。心配させてごめんなさい」
 「あ、ああ、そうかい、ならいいんだが。しかしどうやって魔物から身を守ったんだい? 見たところこちらの方は武器も何も持ってないようだけど……」
 「あ、それはですね、パ———」
 「あーーイタタタ、痛いなぁ! ごめんなさい、ジョンさん、であってますか? すいませんそろそろ身体が限界なのでどこか休める場所とかありませんか!?」

 流石にまずいと思いとっさの芝居で話題をそらすことにした。いやだってさっきリラ、パンチで倒した、とか言いそうじゃなかった? 魔物を素手で倒したなんてバレたら結構追求されるだろうし、さっきの言い方からして、やっぱり普通は剣とかそういう武器で撃退なりなんなりするのだろう。
 そう考えると素手で倒したとバレたらまずい。

 「あ、ああそれもそうだね! じゃあこっちに来て———」
 「その必要はない」
 「え、いやしかし」
 「必要ないと言っている。後は私に任せなさい」

 そう言って出て来たのは明らかに戦士風の風貌をした青みがかった黒髪でがっしりとした体躯の男性だった。
 その男性が俺の前まで来るや否や、リラが駆け出した。

 「あっ、お父さん!」

 (お父さん!?)

 「リラ、怪我はないかい?」

 リラを優しく抱き寄せたその男性はそう声をかけた。

 「うん、大丈夫だよ!」
 「本当かい?」

 リラの目を見つめ、一切の嘘をも見逃さない、暖かく、しかし鋭い眼光でリラの目を見据える。

 「う、ごめんなさい……。本当は少し、足が痛いの……」
 「そうか。リラ、少しだけ我慢するんだぞ?」
 「うん……、ッ」

 優しくリラの患部に手を触れる。

 「『ヒール』」

 そう言った男性の手が優しい新緑の光を放ち、そのまま数秒間輝いていた。
 やがて光が消え後に手を退けると、そこには傷ひとつない滑らかな白い足があった。

 「お父さん、ありがとう!」
 「気にすることはない。親として当然のことだ」

 毅然とした態度でそう言い放つ男性——お父さん——はとてもカッコよかった。

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