歩くだけでレベルアップ!~駄女神と一緒に異世界旅行~
第210歩目 貴族邸の動乱!⑧ side -ニケ-
前回までのあらすじ
ご令嬢方に再び笑顔が戻った!
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───ピクンッ!
突如、応接室の間に勝利していた私の元に届いた一つの悪しき反応。
(ようやく尻尾を出しましたね)
私はそれを確認すると、訪問時より不快な視線を向けてきていた貴族の首を飛ばすべく、体が刹那的に動きました。
そして、貴族の首を飛ばすかどうかというところで、ふと思い止まったのです。
(そういえば......確か、歩様は現在正統勇者に向けて名声を高められている最中だったはず)
となりますと、ここで私が貴族の首を飛ばしてしまうことはとても容易いのですが、その行動によってもたらされる結果がどうなってしまうのか、私には計り兼ねます。
それに、出発前にヘリオドールにも「やり過ぎは良くないのからの? 今は主にとっても大切な時期。ほどほどにして欲しいのじゃ」と言われていました。
やり過ぎの具体的な内容までは言われませんでしたが、もしかしたら「むやみやたらと殺すな」と暗に釘を刺されていたのかもしれません。
(......命拾いしましたね。歩様に感謝なさい)
そう思い改めると、貴族の首付近に留めていた手の位置を少し上に移動させました。
そして、それの原因となっている部分に向けて、(貴族が死なない程度に大幅に加減した状態で)一気に振り抜きました。
───シュバ!
「ぎぃやぁぁあああぁぁぁああ!」
「黙りなさい。たかが目を切り裂かれた程度で大袈裟です」
吹き出し、舞い散る血飛沫によって一気に塗り替えられる部屋の様相。
それは部屋の空気だけではなく、この部屋に存在せし人間達の空気も同様でした。
「「「なっ!?」」」
「きゃ、きゃあああぁぁああぁぁぁ!」
「!?」
一様に、私の行動に驚きの表情を浮かべる人間達。
しかし、すぐさま異常事態だと判断した2人の冒険者だけは臨戦態勢に入ったようです。
(今頃ですか。雇い主がやられる前にそうしないでどうするのですか?)
呆れて物も言えません。
これで護衛(......なのですよね?)とは笑わせてくれます。
(私だったら、返り討ちにしていたところですよ?)
そうそう、歩様も他の人間達同様に驚いているようですが、説明は後程ということに致しましょう。
それにしても・・・歩様の驚いている表情は実にかわいらしいものです。
それに緊急事態だというのに、そのことに全く気付いてはおらず無防備なところも愛おしくて愛おしくて堪りません。
(ふふっ。私を信じて───いいえ、私に全てを託されているということでしょうか? 護衛冥利に尽きるというものです)
そんな感じで、歩様の驚いた表情にうっとりしていると・・・。
───ピクンッ!
またしても、応接室の間に勝利している私の元に届いた一つの悪しき反応。
睨んだ通りです。
最初から、この不快な違和感の正体が一つだけとは思っていませんでした。
そして、そのままそれの元凶となっている小賢しそうな腰巾着の元へと瞬時に移動し、先程の貴族と同様に目を切り裂いていきます。
「あぁぁあああがぁぁあああ!」
「黙りなさい。空気が乱れます。黙らないと───」
「あぁぁああ! 目がぁぁあああ! 目がああぁぁぁ!!」
「......」
───バシュ!
「ぐぇ」
───ごろん。
「いいですか? 私が黙りなさいと言ったら黙りなさい。これは命令です」
と言っても、もう聞こえてはいないでしょうが。
「「!!!」」
「うっ......。おぇぇえええ」
「ちょっ!? ニケさん!?」
「これで、ようやく静かになりましたね」
それにしても、腰巾着もまた、先程の貴族と同じように痛みと恐怖で気絶さえしていれば、まだ救いもあったというのに・・・。
これだから人間という生き物は脆弱なのです。痛みなど気合いでなんとでもなることですし、本当に痛いというのなら、泣き喚く前に処置をすれば良いだけのことなのです。
泣き喚くことのメリットが全く分かりませんし、あまりにも非効率的で、無駄な行動にしか思えてなりません。
私は足元に転がっている首に冷たい視線を向けながら、ただただ呆れていました。
そして同時に、これが愚か者に相応しい結末であるとも思っていました。
・・・。
さて、どうでもいい人間のことを蔑んでいる暇など、今の私にはありませんでした。
またしても、悪しき反応が別の人間から検知されたのです。
(......二度あることは三度あると言いますが、またですか)
「......」
「ぬっ!?」
その反応のする方に目を向けると、健気にも刀を構えて対峙してくる冒険者の姿が見えてくるではありませんか。
(......ほぅ。敢えて構えますか)
先程までの二人はあまりにも呆気なかったので、こうして対峙してくるだけでもありがたいものです。全く期待はしていませんが、少しぐらいは楽しませて頂きたいもので───。
(おっと、私の悪い癖ですね。今は歩様の身の安全が第一。可及的速やかに悪意を排除せねば)
改めて気を引き締め直すと、これまでと同じように一瞬にしてそれの原因となっている冒険者の元へと近寄り、風を撫でるかのように手を這わせました。
───シュバ!
「ぐわぅぅうえわぁぁぁああぁ!」
冒険者といえど、結果は変わらずでした。
元より、全く期待はしていませんでしたので、こんなものでしょう。
「何度も同じことを言わせないでください。黙りなさい」
「うぐっ!? う、うぅぅううう......」
「やればできるではないですか。───さてと」
「ひ、ひぃ!?」
視線を向けられて怯んだ様子を見せるもう一人の冒険者。
どうやらここにきて、ようやく彼我の戦力差を理解できたようです。せっかく鍛え上げたであろうムキムキの体が、今はすっかりとまるで小動物が捕食者を前にして怯えているかのように体をぷるぷると小刻みに震わせています。
それにしても───。
(ハァ......。これが歩様であったならば、保護欲を掻き立てられたのでしょうが......)
歩様以外の者の怯えた様子など、ただただ不快でしかありません。
戦う意思を持たない半端者の覚悟ほど、見ていてイライラするというか不快極まりありません。
「......三度あることは四度あるとも言いますよね」
「や、やめ───」
まだ悪しき反応は表れてはおりませんが、時間の問題でしょう。
私の考えが正しければ、この者もまた利用されているに違いないのですから。
「恨むなら、利用されてしまった己の愚かさを恨みなさい」
───シュバ!
「うがぁぁあああ! あぁぁああ!」
「黙りなさ───ん?」
「あぁあぁああ。あっ......。あっ......」
「───ひぃ!?」
すると、泣き喚いていた冒険者が悶絶な表情を浮かべたまま気絶したと同時に、私の足元には静かに、でも着実に這い寄ってくるキラキラしたものが・・・。
その臭いに、その光景に、思わず顔を顰めてしまいました。
そして、さすがの私でも、このあまりにも酷い状況には我慢ならずに、その場から素早く飛び退いてしまいました。
「け、汚らわしい! み、見掛け倒しとはよく言ったものですね!!」
「......」
もちろん、既に気絶している冒険者からの答えはありません。
ですが、依然として、キラキラしたものの勢いは止まるところを知りません。
まるで堤を破った鉄砲水の如く、次から次へとチョロチョロと溢れ出してきています。
(に、冒険者ふぜいがッ! 歩様に誉めて頂いた召し物に、万が一にでも、その汚いものがかかったらどうしてくれるのですか!───その罪、万死に値します!!)
「......【永葬氷柩】!!」
・・・。
ふぅ~。改めて説明するまでもないと思いますが、私は冒険者の目を切り裂きました。───いや、それではさすがに語弊がありますね。
正確には、冒険者の痴態に思わずカッ!となってしまって、全力で一つの氷の像を造り上げてしまいました。
しかも、永久に溶けることのない氷の像を・・・。
もしかしたら、これはやり過ぎの範疇だったりするのでしょうか?
いや、きっとそうなのでしょうね。少しばかり反省する必要がありそうです。
そうそう、悪しき反応ですか? どうなのでしょう?
出ていたのかもしれませんが、そんなことは些事に過ぎません。
卑怯にも歩様を覗こうとした、その時点で罰は確定しているのです。
それが、例え第三者によって利用されていたとしても、です。
・・・。
さて、これである程度の脅威は片付けたつもりでいましたが、どうやらまだ不快な違和感は微かに残っているようです。
そうなると、脅威の残り滓が誰なのか、自然と判明するというもの。
「......」
「お、おおお、おた、お助けを......」
私は脅威の残り滓ともなりうる存在に向けて、にっこりと微笑ました。
「残りは貴女だけです。覚悟はよろしいですね?」の意味を込めて、それはもう優しく。
何度も言いますが、卑怯にも歩様を覗こうとした、その時点で罰は確定するのです。
それが、例え第三者によって利用されていたとしても、です。
私は静かに給仕の女に近寄っていきます。
「い、いやぁぁあああ......。こ、ころ、殺さないで......」
「安心なさい。殺すつもりはありません」
「で、ででで、でも......だ、旦那様達みたいに、さ、されるんですよね!?」
「当然ですが、それが何か?」
「ひ、ひぃぃいいい......。ど、どどどどうか、ご、ご慈悲を......。ご慈悲を......」
「慈悲? なるほど。慈悲なら与えていますが?」
慈悲───というつもりはまるで無かったのですが・・・。
それでも、同じ女の誼ということで、訳の分からないままいきなり私に目を切り裂かれるよりかは、切り裂かれる覚悟を決められるようにと時間を与えていたつもりではありました。
(これでも十分な慈悲だと思うんですよね? これ以上どうしろと言うのでしょうか?)
そう言えば、人間という生き物は欲にまみれた生き物だと聞いたことがあります。
だとしたら、この給仕の言う慈悲とやらもまた、人間特有の過ぎ足る欲望の可能性が非常に高いのかもしれません。
(でしたら、聞き入れる必要性は全くないですね)
「ど、どうか......。どうかご慈悲を! どうかご慈悲を!!」
「......」
あまり恐怖で縛るのは、私の本意ではありません。
それに、時間的にも十分覚悟を決められたことでしょう。
だったら、ここは少しでも早く(目を切り裂いて)楽にしてあげることこそが、給仕の言う慈悲というもの。
そう、身体的苦痛よりも、精神的苦痛の方がずっと大変でしょうから・・・。
私は給仕の側まで近寄り、鋭い刃と化した己の手を斜に構えました。
すると、それを見た給仕の表情がどこか安らいでいる(※ニケ的観点では)ようにも見えます。
そして、私は何の躊躇いもなく一気にその手を振り抜き───。
「ストップ! ストップ! ストーップ!」
「歩様?」
「さすがのニケさんでも、それ以上は看過できませんよ?」
「......それは、この給仕が女......だからですか?」
止めようと思えば、いつでも止められたはずです。
しかし、今この瞬間に止めに入ったということは、そういうことなのでしょうか?
「その通りです。何があったのかは分かりませんが、もう止めてあげてください。ニケさんなら気付いているはずですよね? 彼女には敵対する意思が全く無いことぐらいは。だったら、もういいじゃないですか。女性なんですし、かわいそうですよ」
女......。女だから......。
そうですか。女だから、ですか。
「......歩様は以前、ヘリオドールに注意されたことがありますよね?」
「ドールに?」
「......はい。女を差別するな、と。これはそういうことになるのではないでしょうか?」
「うっ......。で、ですが、俺はこの状況を見過ごすことはできません!」
「......それは、この給仕を───『この女を助けたいから』、ですか?」
ふつふつと言い様の知れない黒い感情が、私の体を少しずつ蝕んでいきます。
元々、目の前の給仕を害するつもりは全く無かったのですが、私の歩様にここまで言わせるとは容易ならざる事態です。
(赦せない。赦せない。赦せない。赦せない。殺したい。赦せない。赦せない。赦せない。赦せない。殺したい。赦せない。赦せない。赦せない。赦せない。殺したい。赦せない。赦せない。赦せない。赦せない。殺したい。赦せない。赦せない。赦せない。赦せない。殺したい。赦せない。赦せない。赦せない。赦せない。殺したい。赦せない。赦せない。赦せない。赦せない。殺したい)
歩様に罪はありません。
元々、歩様は日本から来られたとてもお優しいお方です。
ですので、(悔しくはありますが)そのお優しいお心が一時的とはいえ、私以外の他の女性に向かわれてしまうことも、(日本人という観点からして)ある意味仕方がないことだと頭の中では理解しているつもりです。
そう、歩様には全く罪はありません。
しかし、歩様のお優しいお心につけ込もうとする女どもはまた別の話なのです。
そもそも、歩様はただ一人の人間として親切に接してあげていただけだというのに、それを好意だと勝手に勘違いした甚だしい女の多いこと多いこと。
例えば、泥棒猫しかり、かつての女狐しかり。
そして、今回はどうやって歩様につけ入ったのか不明ですが、目の前の給仕も・・・。
給仕の顔付近に留めていた手に自然と力が入ります。
このまま一気に振り抜いて、目はおろか顔面含めて真っ二つにしてやりたいという衝動に駆られていきます。
しかし、そんな私の今にも暴走してしまいそうな黒い感情を優しく包み込んでくれたのは、他ならぬ歩様でした。
「それもあります」
「......それも? どういうことでしょうか?」
「これはアテナやドールにも言ったことなんですが......」
「?」
「俺はですね、ニケさんのそういう姿をあまり見たくはないんですよ。もっと言うのならば、想像したくもないんです」
「!!」
歩様は気恥ずかしそうに頬を掻きながら、その想いを語っていきました。
「正直、ニケさんにはこんなことをして欲しくはなかったというのが本音です」
「で、ですが......」
「分かっています。多分、俺の為なんですよね?
ニケさんはいつも俺の為に全力だからこそ、その気持ちは嬉しくも思います」
「そ、その通りです!」
「ですが、ニケさん程の実力者ならば......。
恐らく、手を汚すことなくこの場を容易く制圧できたはずでは?」
「......」
確かに歩様の仰る通りです。
ですが、歩様は何も分かってはいません。
私の考えが正しければ、裏で暗躍している者の力には......。
いえ、何も知らない歩様に罪はありませんね。
歩様がそれをお望みなのであれば、私は歩様の望まれるがままの成果を披露すれば良いだけのことなのですから。
「申し訳ありません。私の完全な暴走です」
「いえいえ。先程も言いましたが、俺の為なんですよね?
それは本当にありがたいと思っているんです。ありがとうございます」
「歩様......。ありがとうございます。
ただ、私としては護衛として、彼女として、当然の務めを果たしたまでです」
「それでもです。それでも感謝しているんです。
それに、今回は間に合いませんでしたが、今後はなるだけ控えて頂けると嬉しいです」
「控える、ですか......」
歩様の仰せとあらば、今後は全てにおいて、そのように従おうとは思います。
しかし、私の───というか、女神としての立場上、どうしても難しい側面が......。
「えぇ。分かっています。「するな!」というのは難しいのでしょう?」
「申し訳ありません」
「別に謝らなくても......。
俺は何も「殺すな!」「酷いことをするな!」とは言っていないんですよ?」
「どういうこと、でしょうか?」
「要は俺がニケさんのそういう姿を直で見たくはないんです。
ふとしたことできっかけで、思い出したりしちゃいますしね」
「つまり、歩様の見ていないところでは良いと?」
「そうなりますかね。まぁ、可能なら控えてもらえると助かります。さっきも言いましたが、ニケさんがそういうことをしていると想像したくもないですし。ただ、ベストなのは、仮に何かあっても俺にそうと感じさせないぐらいだと本当に助かります」
そして、歩様は「滅茶苦茶言って、すいません。でも、他の誰でもないニケさんだからこそ大丈夫だと信じています」と、私に向かって申し訳なさそうな表情でそのまま頭を下げました。
確かに、歩様のわがままなのでしょう。
確かに、歩様が仰っていることは滅茶苦茶でもあります。
歩様の仰っていることを要約すると以下になります。
殺しはしないでね?───でも、俺が見ていないところなら別にいいよ。
だけど、可能なら殺さないでね?───万が一殺しちゃったら、俺に気付かれないにしてね。
と、言うことです。
(ふふッ。本当にわがまま。それに、言っていることが滅茶苦茶です)
だって、そうでしょう?
歩様の有無で、生殺与奪の結果が変わってしまうのですから。
ですが、私は歓喜に震えていました。
歩様に想いを寄せる女は数多くあれど、滅茶苦茶なことをお願いされた末に信じているとまで言われた女は、かつてどれほどいたことでしょうか。
私の記憶が正しければ、あのアテナ様や泥棒猫、ヘリオドールさえ言われたことが無いような・・・。
そして、歩様はこうも仰りました。「他の誰でもないニケさんだからこそ」と。
これは彼女である私を指した訳ではなく、私という個人を完全に指した言葉でもあるのです。
つまり、彼女だから信じているのではなく、『ニケ』という代替の効かない私だからこそなのです。
(ふふふふふッ。要は、私は滅茶苦茶なことを頼んでも、安心して信じて任せられる『歩様にとっての唯一の女性』ということなのですよね?)
そう思うと、何が何やらときょとんした表情で呆けている目の前の給仕のことなど、もはやどうでもよくなりました。
「畏まりました。全ては歩様の望まれるがままに」
「ありがとうございます。それで、彼女はどうするんですか?
そのままだと危険......? なんですよね?」
「さすがに、このままという訳にはいきません。
明らかに脅威の残り滓なのは間違いないでしょうから、対策は必要でしょうね」
「脅威の残り滓? えっと。よくは分かりませんが、(酷いことや殺さないようにした上で、今後、俺にその脅威とやらが降りかからないよう)何とかしてもらってもいいですか?」
「ふふっ。お任せください」
滅茶苦茶なことを言っているのに、私なら大丈夫だと信じて疑わない歩様からのこの信頼感。
あぁ、ゾクゾクしますね。体が熱く!熱く!!燃えたぎるのをしっかりと感じます。
一方、歩様のそのお言葉で、事態を把握していない様子の給仕の顔がみるみると青ざめていくのが見てとれます。
しかも、その表情からはまるで「そんな......。助けてくれると信じていたのに......」とでも言いたげで、歩様に対して非常に失礼なものでもありました。
私の機嫌が良くなければ、その無礼な素っ首を今すぐにでも叩き落としていたところでしょうね。
「ひっ! ご、ご慈悲を! ご慈悲を!!」
「大丈夫ですよ。......【闇死催眠】」
「!?......うっ、うぅ......。............Zzz」
「これで大丈夫でしょう」
「今のは?」
「この給仕を一時的に仮死状態と致しました」
私の考えが正しければ、恐らく眠らすだけでは不十分だったはずです。
確か、あの力は眠っている状態の相手でも力の及ぶ範囲内だったかと。
ちなみに、私が最初からこの手段を使わなかった理由は単純に非効率的だからです。
それと言うのも、眠らせたということは最終的には起こさねばなりません。
仮に、魔術の天才であるヘカテー様ならば、自由自在に人間の意識に干渉して人間が自然と起きられるように、こと細やかに調整することができたことでしょう。
しかし、私の場合は私自身が起こさねばなりません。
そうでないと、一時的な仮死状態であっても永遠に目覚めることはないのですから。
強大過ぎる力故に、人間のようなちっぽけな存在では逆に調整しきれないのが現実なのです。
だから、目を切り裂くのが最も最短な手段であり、最も効率的なのです。
だって、目を切り裂かれた者が黙れば良いだけのことなのですから。
「HAHAHA。ニケさんは本当に徹底していますね」
「むぅ! その言われようはなんか心外ですッ!」
ハッキリと分かる範囲での脅威を取り除いたことで(+他の者の目も無くなったことで)、今の今までずっと我慢していた『歩様に甘えたい』という気持ちを爆発させた私は、給仕を眠らせた勢いそのままに歩様の胸へと飛び込みました。
そして、苦笑しつつも、そんな私をしっかりと包み込んでくれる歩様。
この温かさ。この温もり。
これこそが、私の求めていたものなのです。
───ピクンッ!
「......」
───バサバサバサッ。
「......【雷槍】!」
「GYAAAAA!」
「ニケさん?」
「何でもありません。歩様、もう大丈夫ですよ」
「えっと? そうなんですか? 護衛、ありがとうございます」
「どういたしまして。ふふっ。歩様♡ 歩様♡」
「何だかよく分かりませんが、ニケさんが頑張ってくれたのと......。
あと、ニケさんがとても甘えん坊さんになったことだけはよく分かります」
最近分かったことなのですが、こうして歩様の胸の中ですりすりと思いっきり甘えていると、歩様ご自身からキスをして頂けることが多くなったのです。
もしかしたら、私だけではなく歩様も気持ちが盛り上がっていたりするのでしょうか?
だとしたら、とても喜ばしいことです。
とは言え、私から積極的にキスをしていくのも吝かではありません。
しかし、それはそれで、やはり歩様からキスをして頂けるのが、歩様からの愛を一番感じやすいのです。
そして、それは今も・・・。
「甘えん坊なニケはお嫌いですか?」
「いいえ。もっとかわいいニケさんを見せてください。
いや、俺だけに見せて欲しいです」
近付く顔と顔。
見つめ合う瞳と瞳。
そして、求め合う体と体。
いま、お互いの気持ちが一つに重なり合うかのように絡み合っていきます。
「歩様......」
「ニケさん......」
───ピクンッ!
「......」
───カサカサカサッ!
「......【雷燦】!」
「「「「「......」」」」」
「ニ、ニケさん?」
「何でもありません」
「え? でも、この状況は───」
「何でもありません」
貴族邸全体が雷の燦りで覆われたことに驚く歩様。
しかし、今はそんなことどうでもよいのです。
私は歩様からの愛の言葉の続きを囁いて欲しいのです。
「......後で、ちゃんと訳を話してくれるんですよね?」
「当然です。ですから、歩様? 愛......して欲しいです」
「ふぅ~。冷静になって考えてみると、本当は場所を移したいところなんですけどね?」
「私はどこでも構いませんッ!」
「それはそれでどうなのかなぁ」
そして、再び絡み合う瞳と気持ち。
「歩様......」
「ニケさん......」
こうして、気絶した者や呻いている者、眠っている者や死んでいる者の見守る中、ようやく私は護衛としての任務を果たしたご褒美であるキスを頂くことができました。
キスの味はそうですね。
幸せと満足感、そして護衛をやり遂げたという充足感の味がしました。
・・・。
さて、そんな幸福感と満足感、充足感に包まれている私の瞳には、それなりの早さで貴族邸から遠ざかっていくある一つの姿が・・・。
(......愚かな。この私から逃げられるとは思わないことですね)
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後書き
次回、本編『貴族邸の動乱⑨』!
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そろそろ、貴族邸の動乱編も終局間近です。
ちなみに、ニケの使っている魔法やスキルが全て文章体になっているのは、ニケ特有です。
ニケ自体は無詠唱スキルを有しているので、念じるだけでも発動自体は可能です。
ですが、そこから更に勝利の力で昇華させて、普通の言葉として発するだけでも魔法やスキルを自由自在に発動させることができるようになりました。
つまり、ニケがその気になれば、普通に会話をしているだけでも【天上級】の魔法やスキルを乱発することが可能です。
とは言え、感情によっては暴走させてしまうことも多いですが・・・。
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今日のひとこま
~妾にはできないことだから~
これは主人公達が貴族邸に向けて出発する前のお話である。
「ニケ様。話があるのじゃ」
「どうしました?」
「今回の敵のことなのじゃが......。よくよく注意して欲しいのじゃ」
「ヘリオドールに心配されることではありません」
「妾が言いたいのはそういうことではない。主の身の安全については何の心配もしておらぬ」
「では、どういうことですか?」
「ニケ様は今回の敵をどのように思うておるのじゃ?」
「歩様を付け狙う無礼者でしょう? 見つけ次第、時と場合によっては神罰を与える予定です」
「それだけ......という訳ではあるまいの?」
「それだけですが?」
「ハァ......。ニケ様、もう少しよく考えて欲しいのじゃ」
「?」
「妾の予想では、敵は一度たりとも姿を現さない可能性が高いと思うのだがの?」
「姿を現さない?」
「うむ。貴族をダシに使っておるような者じゃ。相当、慎重であると考えるべきであろうな。まぁ、状況によっては主に接触を図るかもしれぬが、その可能性は限りなく低いと思う」
「それでは歩様を確認しようが───いえ、ちょっと待ってください」
「何か思い当たる節でもあるのかの?」
「もしかしたら、という可能性ですが......。ヘリオドール、あなたが仮に敵だったらとしたらどうしますか?」
「妾なら自分では動かぬな。第三者を妾の都合の良いように利用する。そういうスキルがあれば尚更であろうな」
「......なぜ、自分では動かないのですか? 確実性に劣ると思いますが?」
「妾は今回の敵を斥候だと思うておる。接触よりも情報を持ち帰ることを主としていると思うのじゃ」
「斥候......ですか。だとしたら、余計自分で動いたほうが───」
「分かっておらぬのぅ。斥候の役目は何が何でも情報を持ち帰ること。例え、危機で仲間が全滅しようとも、斥候の役目は情報を持ち帰るが役目。斥候全員が全滅するは愚の骨頂なのじゃ」
「つまり、敵が何人いるかは知りませんが、危険に身を晒すリスクは冒さないと?」
「そういうことになるの」
「なるほど。一理あります」
「更にの? 妾なら依頼を出した時点で、このギルドにも監視をつけるであろうの」
「!!───た、確かに、見られているような不快な視線を感じますね。あまりにも矮小な存在過ぎて、特定は難しいですが......」
「さすがはニケ様。だから、ニケ様に主の護衛を頼みたいのじゃ」
「だから、とは?」
「今回の危機を乗り切るだけならば、恐らくニケ様よりも妾のほうが上手く立ち回れるであろう」
「ほぅ?......続きを言いなさい」
「でもの? 今回は所詮、下っ端。斥候でしかない。本当の危機はこれからなのじゃ。故に、その不安を少しでも排除しておきたい」
「つまり、先程言った「注意しろ」というのは、『その斥候を始末して欲しい』ということですか?」
「そうなるの。情報の有無は、それだけでも及ぼす影響が大きいからの。だから、今回の危機だけを乗り切るならば妾が優れていても......」
「将来的、大局的に見れば、私の方が適任であり優れていると?」
「そういうことじゃ。それと、主にはこのことを言わぬほうが良いであろうな」
「これを知られた時、歩様に怒られるのは私なのですが?」
「済まぬ。でも、妾にはできぬことだしの。主をよろしく頼む」
「神をも利用しますか。ヘリオドール、あなたという人間は......。まぁ、いいでしょう。それが、歩様の為というのであれば」
これで、本当の意味でも主は安全じゃな。
そして、こそこそと妾の主を付け狙う愚かなる不届き者よ。
その身をもって、真の恐怖というものをとくと味わうが良い。
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