朝虹

ゆりなとりさ

第1章 岡崎玲奈(次女)①

   水曜日/6時間目/総合学習

   私は憂鬱だった。近頃「玲奈最近元気なくない?」と心配されることが多くなった。周りの友達は優しい。二ヵ月前から付き合い始めた湊は自分以上に私の事を気にかけてくれていると思う。自分の人生は充実していると感じるし、決して今の人生が苦に感じる事は無かった。でも何かが心の中を蝕んでいるのは薄々勘づいていた。それが形となったのは先週の事だった。この授業が終われば部活―。私は止まることのない時計の秒針を見つめていた。秒針は24時間365日60のテンポを維持して動き続けているのだと知ったのは吹奏楽部に入ってからだ。秒針みたいに自分の情緒も一定を保つ事が出来たらどんなに楽だろうと思う。しかしそんな事は可能だろうか。「どうして時間が過ぎるのが早く感じるか知ってる?」と昨日突然太賀(次男)に聞かれた。「さまざまな神経回路が特定の活動に対してそれぞれ違った時限装置をもっているから」私が毎日悩んでいる事を察しているのか。自分の弱い姿は家族に知られたくない。でも太賀が言う「時間が早く過ぎる原理」というのは楽しくて終わって欲しくない時間が早く過ぎてしまうことで私のとは違うのだ。太賀は性格が悪い。部活の時間が来てほしくない。太賀には絶対に分かっていたはずだ。
   総合学習の最後に、私たちにあるプリントが回された。明後日までの宿題だという。そこには、『自分を見つける』という、いかにもかっこ良さげな題がつけられていた。『自分の良い所と悪い所を家族にきいてみましょう。それは、自分と向き合うことに繋がり、本当の自分を見つけることに繋がるでしょう。』そう書かれている説明の下には、6人分の枠があった。
   「こんなに枠いらなくね?」
   誰かが吐き捨てるのが聞こえた。枠が6人分あるのは私たちのためなのだろうか。
   「最悪なんだけど…」
   自然と私の口からこぼれた愚痴は隣の席の理香子にきこえていたらしく、理香子も、ほんとに意味わかんないよねって感じで微笑んできた。本当に最悪だと思った。そもそも、自分の長所と短所を他人に聞く意味も分からないし、しかもそれがどうして家族なのか。
   「家族は、あなた達のことを1番近くで見ているし、1番知っています。」
   担任の高島先生は確信しきった顔で生徒一人一人を見ながら話している。早速枠に家族の名前を書き始めている人もいるが、私はただ、真面目だな、と思いながらその人たちのことを見ていた。
   この学校では、やたらと「総合学習」や「家族」を大切にしている。きいた話だと、この学校ではつい2年前─私たちがまだ転校してくる前─、ある1人の男子生徒が自殺したという。その男子生徒の家族は崩壊していたらしい。私は正直、普通と崩壊の境界線が分からない。私たちの家族は〝普通〟と言いきれるのだろうか。そんなことをふと考えることもあるけど、そもそも私は家族にそんなに興味が無い。それは多分岡崎家の他の人も同じで、だからこそただ何も起こらずに過ぎていく岡崎家の毎日が私にとっては良かった。
 
 

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