朝虹

ゆりなとりさ

第1章 岡崎玲奈(次女)②

水曜日/放課後
   私は親友の神奈と一緒に重い足を何とか部室へ運んでいた。階段を上る途中、愛梨(長女)とすれ違った。楽しそうな笑い声が階段の上の方から聞こえてきたときに、愛梨かもと思った私の予想は当たっていた。笑顔ですごく楽しそうだった。私のことがきっと目に入っていないのはいつものことで、気づいてたとしても、学校では手を振り合うようなことはしない。愛梨は自分とは違って、スクールカーストの「上位グループ」にいる。いつも、学校では有名なスタイルの良く美人な横峯さんたちとつるんでいる。私なら絶対こんなグループではやっていけない。もし、あなたは学校でどんな感じなの、と聞かれたら迷わず「静かで、角にいるタイプ」と言うと思う。クラスの誰とも仲がいい訳でもなく、かけがえのない一人の親友がいるからそれでいい。姉とは真逆だが別にそれが嫌なわけでもなく、その方が楽で良かった。部活では副部長という立場でいるにも関わらず、自分だけ目立つような事は大嫌いだった。
   そもそも副部長は自分の意思で任された訳では無かった。自分が入部した時の2年生には副部長がいなかった。顧問が任せられる人がいないと判断したからである。だから副部長がどんなもので、何が正しいのか、私にはよく分からなかった。
   「今年の2年生には副部長がいませんでした。今の2年生の悪い所、1年生はずっと見てきましたね。1年生の行動が、今の部活を変えると私は思います。新体制に入ってからは、あなたに副部長を任せようと思いますが、何か言いたいことはありますか。」
1年生の春休み、音楽準備室に呼ばれてこの言葉を顧問から突然貰った。私たち1年生の行動が部活を変える…?しかもその中で先導を切っていくのが私だというのか。顧問は私の何を見て信頼できると判断したのか。私は頭の整理がつかないまま「やってみます。」と答えた。
    副部長になってから二ヶ月経ったがそれは大変などで片付けられるものではなく、自分の心をすっかり変えてしまった。今の部活は2ヶ月半後に行われる定期演奏会に向けて張り詰めている。私たちの吹奏楽部はコンクールでも優秀な成績を収めているため、定期演奏会を観に来てくれるのは部員の身内や友人だけではない。その分、この部活でしかできない最高のパフォーマンスができるように、毎日ただひたすら練習している。定期演奏会では、全学年の演奏だけでなく、2年生だけのステージもある。それが、私にとって重すぎることだった。2年生だけで演奏するのは今回が初めてだったが、演奏は一向に完成せず、そもそもみんなの気持ちがまとまらなくて、この学年の問題点ばかりが浮かび上がる結果となってしまった。その責任は、きっと副部長である私に全てあるのだろう。最近、ため息が多くなったり何もかも憂鬱になったのは、この自己嫌悪から来るストレスが原因なのだろうか。今日もいつもと変わらない練習が待っていると思うと、私の心はますます重くなっていく。でも、私は部活が大好きだった。自分の感情をあまり表に出さない性格だった私が、この吹奏楽部でトランペッターとして自分の思っていることを表現することを学んだ。初めて、自分の存在意義ややりがいを感じた。だから、私は絶対に部活をやめようとは思わないし、定期演奏会を成功させたいと思っている。
   最上階の右端、第2音楽室が私たち吹奏楽部の部室だ。
「失礼します。こんにちは。」部員が次々と音楽室に入って来る。副部長の玲奈は職員室から鍵を借り、一番最初に音楽室へと入るため、部室へ入って来る一人一人の声を聞き、表情を見ることができる。「失礼します。こんにちは。」のひとフレーズもひとによって言い方は様々だ。大きな声ではっきりと挨拶しましょう。これは部活をしていく上で大前提だから破る人はいない。でもその声の裏に隠された感情と表情からその人が何を考えながら部室に入って来るのかを考えるのが友梨奈は好きだった。同学年の春香はクラスに仲の良い友達がいないからか部活愛は誰にも負けないのだろう、声が誰よりもやる気に満ちている。ひとつ上の学年の長山先輩は部内の同学年に馴染んでいないらしく、毎日の挨拶は投げやりでやる気が感じられない。「長山先輩最近暗くないですか?」いつか本人に問いたことがあったが、長山先輩は少し笑顔を見せて「あー、それね、なんか最近私暗いでしょ。でも大丈夫、絶対辞めたりしないから。だってこれで辞めたらみんなの思うつぼでしょ?」部員の中から辞める人が出ると色々と面倒な事になるので念の為聞いただけだったが、長山先輩は私が心配してあげた事に喜んでるようだった。長山先輩もきっと寂しいだけなんだ。そう思って安心した。そんな事を考えていると自分が少し上に立てたような気がして気持ちが楽になる。
   部室に入って来た部員は皆揃って、まず、1日の予定が書かれたホワイトボードを見つめる。今日の予定はミーティング、話し合い、ミーティング。「吹部なのに楽器吹かないで何やってんの?」今朝、一昨日からずっと部室に閉じこもって話し合いをしていた私たちをたまたま見たバレー部の花恋に聞かれたが、吹奏楽部ではない人にどう説明したら良いのか分からず、とりあえず「それよりも大事なことがあるから。」と言った。私たちの吹奏楽部は、基本、話し合いが多い。何かが起こる度に、みんなで話し合いをする。何か、とは言っても色々あるが、今回はとても重大な問題が起きてしまったのだから、話し合いの毎日もなかなか終止符を打たない。 

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