このたび、養スラ農家を始めました

霧谷霧夜

未知との遭遇

 ここは、森の奥深く。様々な背丈の草木が生えていて、自然の威厳を感じさせられる。だが、それでいて人の侵入を阻まない心の広さのようなものも感じられる。
 先日の大雨により湿気が多くジメジメしているが、木々の隙間から差し込む木漏れ日のおかげで仄かな温もりがそれを打ち消す快適さを与えてくれている。


 右腰に捕縛用ネットを詰めたカバン、左腰に短刀を装備した状態の僕は、この森の中をスライムを探して、水分を多量に含み、ぬかるんだ地面の上を歩き回っていた。
 今僕が歩いている辺りには、スライムが好む草がたくさん生えているから、こうして歩き回っていれば基本的に高確率で遭遇できるのだ。


 だが、貴族のように、ただ娯楽のために狩るためではない。生きるために獲るのだ。


 僕の両親は、二年前に突然死んでしまった。ショックのせいで詳しく憶えていないのだが、聞くところによると病死だったらしい。
 だから、こうして自らの手で生活経費を稼がなければ、僕は生きていけないのだ。僕と同い年の友人が学校に通っていたとしても、僕は働かなければならない。いくら学校に行くことが推奨されていて、多少は学費が免除されるとは言え、経済的に大きな余裕など無いのだから……。

 初めは、色々な店を巡り、雇ってもらうように頼んだのだが、当時はまだ十五歳だったということもあり、どこも雇ってはくれなかった。そうして、貧困に耐えられずに仕方なく始めたのが、今行っているスライムの捕獲だった。
 捕獲したスライムを下ごしらえし、街の中央に位置する露店広場で売りさばくことで生活経費を得ている。
 スライムは緑色をしていて、真ん丸な球を軽く押しつぶしたような形の体に小さな目と口が付いているだけの、動物としては奇妙だが、不思議と愛らしさを感じられる見た目の魔獣だ。魔獣と言っても、ゴブリンやオーガとは違い、温厚な性格をしている――と僕は推測している――ため、向こう側から攻撃をしてくることはほとんど無い。なおかつ、個体数が多く、広範囲に生息しているため、戦闘経験なんて一切無い僕にでも捕獲が容易だというのが、この仕事を始めた理由だ。

 そして、このスライム、なかなか美味なのだ。
 スライムは、小指の爪の長さ程度の厚さの皮に覆われていて、その中に臓器が入っている。スライムには、肉や骨が存在しない。
 普通の動物は、毛や皮に覆われた体内に、骨や肉、内臓などが入っている。

 ――しかし、スライムは他の動物とは様々な点で異なっている。

 スライムには、肉や骨の代わりにゲル状の粘液が詰まっており、それによって内臓が守られている。
 僕たち人間が食べるのは皮の部分だ。下ごしらえのやり方は、まず生け捕りにしたスライムを軽く直火焼きし、包丁で切る。そして、内部の内臓や粘液をキレイに取り除き、残った皮の部分だけを冷水に浸す。この間に、ついでに周りに付いた焦げを軽く指で拭い落とす。
 スライムの皮は加熱すると少し固くなる。死んでいるスライムに包丁を入れてしまうと、死んだ途端に徐々に柔らかくなってしまう皮が内部の粘液と混ざってしまうのを防ぐため、一旦加熱してから切らなければならないのだ。だが、この状態ではかなり固い。食べられないことはないが、進んで食べようとは思えない食感だ。だが、冷水の中に入れてある程度放置しておくと、コリコリとした絶妙な食感になるのだ。一度加熱してしまえば、その後で冷やしても皮が水に溶けるような軟らかさになることはない。冷水に入れている時に、購入者へのちょっとした気遣いとして、表面の少し硬い焦げは指で拭い落としておくようにしている。
 僕の仕事は、スライムをこの状態にしてから売ることなのだ。
 ちなみに、スライム自体にはほとんど味がないので、調味料を使ったり、細かく刻んだスライムの皮を料理の中に入れて食感のアクセントにしたりして食べるのが主流だ。
 体内の粘液は食用には適していないが、植物の肥料として用いることができ、畑に撒いている農家も少なくはない。
 つまり、スライムは皮も粘液も売ることができ、捨てる部位が少なく、無駄の少ない生き物なのだ。おかげで、一匹あたりに得ることの出来る金額も悪くは無く、僕が衣食住に多少の余裕を持てているのは一概にこのおかげなのだ。
 もしも、スライムが絶滅してしまったとしたら、僕の未来はそこで潰えてしまうかもしれない。
 つまり、僕の生活は、罪の無い無数のスライムの犠牲の上に成り立っていると言っても過言ではない。
 だが、それは仕方のない事だ。この程度のことを気にしていたら、僕たち人間は何かを食すが許されずに、皆が餓死してしまうのだから……。



 ジメジメとした森の中を適当に歩き回っていると、密着している二匹のスライムが目に付いた。

「……あれ?」

 おかしい。確か、スライムは集団では行動をしないはずだ。
 ――だが、ふと一つの仮説が思いついた。

「夫婦……なのか?」

 スライムの生態には謎めいた部分が多い。特に、繁殖方法については何も分かってはいない。生殖器を有していないせいで、予想もつかないのだ。にも関わらず、個体数が多いのだから実に不思議な生き物だ。
 つまり、もしかしたら自分は今、貴重な瞬間を目の当たりにしているのではないだろうか?
 スライムに気付かれないように音を立てずに数歩下がり、茂みの中に身を隠して二匹のスライムを凝視する。

 ――だが、期待は呆気なく打ち砕かれた。
 二匹は僕の視線に気づいていない様子ではあったが、何事も無かったかのようにその場から別々の方向へと向きを変えてその場から去ろうとしていた。
 ちなみに、スライムの移動は少しずつ体を動かしながら移動するため、ビックリするほど遅い。
 スライムが遠ざかってしまう前に、貴重なサンプルとして捕獲しておくべきかもしれない。

 目を閉じ、空気中や地中、そして自身の体内など、どこにでも存在する魔素の存在に全神経を集中。適当な量の魔素を両手に寄せ集める。作りたい形状や特徴をイメージしながら両手を動かし、一抱えほどのサイズの頑丈で透明度の高いケースを作る。
 捕縛網を使ってもよかったのだが、もしかしたら貴重なサンプルになるかもしれないから、できるだけ丁寧に扱うためにこうして魔法を用いてケースを作ったのだ。

 そして、足音を殺してスライムに近づき、二匹ともケースの中に入れる。近くで見ると、スライムにしては小さい方だ。二匹とも、それぞれが両手に収まるほどしかない。
 スライムの皮は、スライムが大きければ大きいほど硬くなる。そして、このサイズのスライムの皮は最も良く好まれる。軟らかすぎず、固すぎない。高値で取引できる。

 ――だが、この二匹のスライムを調べることによって繁殖方法を特定できれば、スライムを養殖することだってできるかもしれない。そうなれば、いくらでも良いサイズのスライムを売り放題だ。
 このことを踏まえれば、今この二匹を売ってしまうのは少し心惜しい。

「アイツのところにでも持って行って相談するかな……」

 僕には、こういう事に関して非常に頼りがいのある幼なじみがいる。両親が死ぬまで暮らしていた家の隣の家に住んでいた同い年の少女。
 彼女は、僕とは違い学校に通っている。そして、頭が切れる。まさに、天才という言葉で表現するにふさわしい存在。自分とは、本来なら住む世界の異なる存在。
 スライムを入れたケースを両手で抱え、この森の中にある木造の小さな家に向かって歩き始めた。まずは、家に捕縛網と短刀を置いてから、少し離れた場所にある街の中の彼女の家を訪ねるのがいいだろう。
 手土産は何にしようかな……?


「あれ? ネロじゃない。こんな所で会うなんて珍しいね。もしかして、仕事中?」


 唐突に、背後から自分の名前を呼ばれた。
 振り向かなくても、誰かはすぐに分かった。幼い頃から、聞き慣れている声だ。だが、まるで奇跡のようだ。今から彼女の元に向かおうと思っていたのだから……。
 声の主の方を振り向きながら、口を開く。

「久しぶりだね、ミラ」

 予想外れず、ほんのわずかに紫がかった白髪と、雪のような白い肌が特徴的な、控えめに言っても美人な幼なじみが立っていた。

「噂をすれば何とやらって言うけど、思考してるだけでも同じ現象が起きるのかな?」

 両腕を広げながら、ちょっとした冗談でも言うかのように言った。当然、この意味は彼女には通じない。なんせ、人には他人の思考を読む機能なんて備わっていないのだから。
 そして、僕の予想通り意味が分からなかった彼女は、首をかしげながら言った。

「それ、どういう意味?」

「つまり、さっきまで君のことを考えてたってことだよ」

 言った途端、彼女の頬が一瞬だけ微かに朱に染まったが、それもすぐに収まり――。

「私に何か用でもあったの?」

 すました顔で訊いてきた。僕としては、話が早くてとても助かる。

「そうなんだよ。少し、ミラに調べてほしいことがあって」

「ふぅーん。何を調べてほしいの? ひょっとして、そのケースに入ってるスライムについて?」

「そう、その通り」

 本当に話が早くて助かる。
 僕は、本来なら単独行動をしているスライムが密着していたところを発見したことを話した。そして、それに関する僕自身の考察も。

「なかなか興味深いね。じゃあ、一緒に調べようよ」

「いや、僕なんかいても足でまといになるだけだし……」

 彼女と一緒に研究なんて、僕ごときがそんなことを……。

「私が手伝ってほしいって言ってるんだから手伝ってよ。足でまといかどうかは私が決めることでしょ?」

「ま、まぁ、その通りだけど……」

「じゃあ、今から私の家に直行ね」

 そう言って、スタスタと歩いて行ってしまった。
 まぁ、僕が手伝うことになるのは想定外だったけど、調べてもらえるなら贅沢は言っちゃいけないかな。
 そんなことを考えながら、僕は慌てて地表のコケや草を踏みながら腰の辺りまで淡い紫色の髪がかかっている後ろ姿を追った。

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