ソロトリニリティ

豆珈琲

彼女は言った。

 「ねぇ、知ってた?私って天才なの。」
 その言葉を言った時の彼女の表情は今でも鮮明に思い出せる。平穏、平静、冷静、そんな言葉のよく似合う顔をしていた。突拍子のない言葉と場にそぐわない表情をした彼女にあてられてそこが戦場だということも忘れて、思わず展開していた魔力障壁を解きそうになった。弱まった障壁に火の玉やら電撃が降り注ぎ少しひびが入り、はっとして張り直す。
 「ん?知らないけど。どういうこと?」
 彼女の言葉は鮮明に覚えてるのに、自分が返した言葉は曖昧にしか覚えていない。多分こう返したんじゃないかと思っているけど、もっと混乱していろいろと口走っていたかもしれない。だってその時彼女が呆れたような顔をして、ため息をついていたことはしっかりと覚えているのだ。
なにはともあれ彼女は短くため息をついたあとそれまで身を隠していた倒れた機械人形の陰から顔を出し立ち上がった。戦場で物陰から立ち上がれば狙われる。そんな当たり前が襲い掛かってくる。さっきまで散発的だった機械人形のレールガンもどきの攻撃や超能力者たちの火の雨が降り注ぐ。魔力障壁ですべて弾いてはいたが生身の身体に当たれば即死に至るであろうその攻撃を受けるたび、身体の奥底から魔力が抜き取られていくような感覚がしてそんなに長くもつ気がしなかった。早く隠れてほしかったけど凛と立つその後ろ姿は障壁が破られることはないと信じているかのような信頼を感じられたから、彼女が何をするかはわからなかったがもう少し頑張ろうと思った。嬉しかった、その後ろ姿を見て、彼女に頼られて。どの大人の人よりも自分と一緒で問題ないと隊長に言い張った彼女の言葉を思い出しながら確かに幸せを感じていた。今思えば自分をひっぱたきに行きたい、そしてどんなに怒られてもいいから、彼女を引き倒して、どんな手段を用いてもいいから、彼女の口を塞いでやるべきだった。
 その言葉だけは言わせない。絶対に。そうすべてが始まる前に誓いたかった。
 「精霊破棄。消去デリート解放リリース。」
 たった3語、その言葉はシステム化されつつある現代魔法ではありきたりの言葉で、周囲に大した影響を与えない言葉だ。使ったのが彼女でなければ。対象が彼女の精霊でなければ。そして故意にその事象を起こそうと考えなければ。
 起こったことは取り戻せない、その原則は彼女を取り残して起きた。彼女を世界から排斥することを代償に全ては戻っていく。世界のロールバック、彼女は確かに天才だ。俺に言わせれば、
 「大馬鹿者だ。」
 戻っていく世界を、まばゆいほどの光が流れていく様を、展開された大きすぎる魔法陣を見ながらそんなことをつぶやいた気がする。実はよく覚えていない。そして18年と3ヶ月と6日、世界はようやく戻ることを止めた。俺だけに少しの記憶を残してすべてがリセットされた。

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