禁断の愛情 怨念の神

魔法少女どま子

仲間

 拠点の出入口に到着した。
 拠点内を振り返ると、五人の長老やカクゾウ、賊の戦闘員らが、厳しい顔で私とミノルを見つめていた。世界の命運を左右するかもしれない私たちに、みんな各々の感情を抱えているようだ。

「お見送りありがとう……。時間がないから、もう行くね」
「気を付けてな」
 と珍しくカクゾウが言った。
「たしか清恨の森に行くんだったか」

 私は頷いた。
 清恨の森は、かつて怨神とともに人の欲望を押さえ込んできた、神の住処だ。その神力を借りれば、石の力が数倍にもなる。そう言ったのはミノルであった。
 ただし、清恨の森も今や巨大蜘蛛のひしめく荒れ地となってしまった。それゆえ、森の神力を借りるには最奥部に行かねばならない。かつて私と怨神が二度目に相対した、あの場所だ。

「すまぬな、チヨコ」
 私の村の長老が暗い声で言った。腰痛が悪化したのか、片腕を腰につけている。
「おぬしたち若者にすべてを託すのは心苦しいが……もはや、頼れるのはおぬしたちだけじゃ」
「いえ、そんな……。必ずみんなを助けます。長老はどうかここで待っててください」
 私が言うと、長老は鈍い動作で片手を差し出してきた。その握手に応じようとした――その瞬間。

 唐突に寒気を感じ、私は硬直した。
 この気配。私とミノルが村を離れたきっかけであり、その後幾度となく感じたどす黒い霊気。
 一匹の巨大蜘蛛が激しい呼吸音を響かせながら、私たちの目の前に現れた。これまで沢山の命を奪ってきたのだろう、口と思われる部分から、赤い液体が滴り落ちている。

「なんてことだ……気づかれてしもうたか……」
 長老が悲鳴に近い声を発した。
「いえ……気配はひとつだけじゃないわ……」
「なんじゃと……!」
 周囲を見渡すと、私たち人類はすでに、数百もの化け物に囲まれていた。幾つもの不気味な眼球が、格好の獲物を見つけたとばかりに、こちらににじり寄ってくる。腹を空かしているのか、どの化け物も呼吸が荒い。

「くそ、こんなときに……!」
 悪態をつきながらミノルが刀を抜いた。このままでは世界を救う前に人類が滅んでしまう。
 ――戦うしかないか……!
 私も刀を抜こうとした、その瞬間。

「おまえたちは先に行け! この怪物どもは俺たちでなんとかする!」
 勇ましい怒声を発したのは、賊の長、カクゾウであった。
「でも、この数を相手にするなんて無理よ!」
「言ったろう! 我々賊は侵入者を決して許さん!」
「そ、そんな……」
「行け! それともいまさら怖じ気づいたか!」

 言いながらも、カクゾウは長老や一般民たちを拠点の奥へ避難させていた。代わって戦闘員たちが大声をあげて巨大蜘蛛に突撃している。
「行こう、チヨコ!」
「う、うん……!」
 手を握られる感触があった。
 視界がみるみるうちに地上から遠ざかっていく。ミノルは先程とは比較にならない速度で空中を駆け抜ける。数秒もしないうちに、賊の拠点が見えなくなった。

 ――長老、みんな、どうか死なないで。
 いまは賊たちを信じるしかない。私たちは私たちの使命を果たさねばならない。
 私はありったけの大声を出した。
「ミノル急いで! みんなを助けましょう!」
「ああ、必ずね!」

 どこまでも続く暗黒の雲の世界を、ミノルはすさまじい速力で突き進む。そのあまりの風圧に、私はまともに目を開けることができなかった。でも泣き言なんて言っていられない。いまにも多くの人々が巨大蜘蛛の餌食になっているのだから。
 ほどなくしてミノルが声を張った。
「もうすぐ着く! 高度を下げるよ!」
 その問いかけに、私は答えることができなかった。

 どうやら気づかれたらしい。背後から、こちらもとんでもない速力で人型の欲の化身が追いかけてくる。不気味な血の眼球がぎらりと私たちをとらえる。
 当然というべきか、空を駆ける速さは敵のほうが圧倒的に上だった。神の力を授けられたとはいえ、ミノルも元々は人間に過ぎない。このままでは確実に追い付かれてしまう。

 私は胸元から勾玉の石を取り出そうとした。だがその途端、奴はぐるりと軌道を変えた。同じ手が通じる相手ではないらしい。
「どうしよう、ここで全部の石を使ってみる!?」
「駄目だ! 普通に使ってもあいつは絶対に倒せない!」

「ググ……ギャアアア!!」
 欲の化身が地獄の雄叫びをあげながら、こちらに両手を突き出した。無数の悪魔の可視放射が、乱れ打ちのごとく襲いかかってくる。ミノルも紙一重でかわすが、先程からの連戦である。辛そうに息があがってきた。

 私がどうにかするしかない。
 すさまじい風圧に耐えながら、私は鞘から刀を抜いた。
 瞬間、刀がほんのり輝いた――ように見えた。
 風圧の影響だろうか。それともまったく別の力の影響だろうか。刀は私の手からひとりでに離れた。
 その切っ先が、欲の化身の胴体を見事にとらえた。
 賊の非戦闘員や、怨神、そしてショウイチ。みんなの顔がなぜか頭に浮かんだ。
 次の瞬間、私はありったけの想いで叫んでいた。
「いまよミノル! 急いで!」


        ★


 清恨の森はひどい有り様だった。
 生きている者の気配がまったく感じられない。
 枯れ葉の上に横たわっている無数の巨大蜘蛛。身体の節々が切り裂かれ、原型をとどめている死体はひとつもない。互いを憎み、殺しあった果ての世界。怨神の力はたしかに強大だった。私たち人類がここまで生き永らえたのは、たしかに神がいたからこそだった。その怨神がいなくなったいま、私たちは同じあやまちを繰り返すしかないのか。
 そんなことは私がさせない。もう二度と同じ惨劇を繰り返すわけにはいかない。

 あれだけの脅威のなかにあって、清恨の森の最奥部だけはなんとか無事だったらしい。透き通った川のせせらぎと、ほんのり浮かび上がる蛍の光。外部の危険を感じたのか、小動物たちはいっせいにここに避難したらしい。りすやうさぎなどが、私たちを怯えた目で見つめている。

 そして。
 背後を振り返ると、かの欲の化身がのろのろとこちらに寄ってきていた。背中に突き刺さった刀が効いているのか、ずいぶんと緩慢な動きだ。両手をこちらに向け、一歩、また一歩と歩み寄ってくる。

 私は腰にかけてあった布袋のひもをほどいた。
 強烈な蒼の光が中から溢れ出す。村長たちからもらった四つの勾玉の石。それらを片手で掴み取る。最後に胸元にかけてある石も取り出し、怨神の力をすべて私の手に集結させた。森の神力によるものか、石の光度が明らかに高い。
「僕にも、石を二つ」
 そう言って手を出すミノル。
 私は頷いて、二つの石を彼に渡した。神の力を継ぐミノルが手に取ったことで、その石はさらに輝きを増した。

「グ……グガガガ……」
 欲の化身が悲痛な呻き声をあげる。
「クルシイ……クルシイヨォ……アツイ……クルシイアツイクルシイアツイクルシイニクイコロシタイニクイコロシタイニクイコロ」
 あまりにも凄惨な人間の心の闇。奴の声を聞いているだけで、その恨みを感じてしまいそうになる。私の脳裏に無数の人生が次々と浮かんでくる。

 これは、男……?
 自分の村を賊に焼かれ、賊に復讐を誓い、しかし返り討ちにあって最期を迎える。彼の生前の原動力は恨みのみであった。あまりに強烈な怨念に、頭がとろけそうになる。懸命に勾玉の石をかざしてみるが、まったく効果がない。

 ふと、腰まわりに暖かい感触を感じた。
 見ると、ミノルが片腕を私の腰にまわしていた。その手から、石の光が漏れている。
「取り込まれちゃ駄目だ。君は強い。耐えるんだ」
 そうだ。私はあいつを倒しにきた。ここで負けるわけには……

 だが。
「ググ……ギャアアア!!」
 おぞましい雄叫びとともに、欲の化身は私たちに飛びかかってきた。
 瞬間。
 目の、前、ガ、真ッ暗になっッった。

 

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