禁断の愛情 怨念の神

魔法少女どま子

成長の証

「グギャアアアア!」
 奴が叫び出す前に、私とミノルは耳をふさいでいた。前回の経験から、巨大蜘蛛の咆哮の凶悪っぷりは身に染みてわかっている。ショウイチだけが、「おおっ」と耳を覆った。
「お、おいおいなんだよこの怪物はよ!」
「欲に取りつかれた怨神様の姿だよ! もう人間なんてろくに残っていないはずなのに……!」

 以前の巨大蜘蛛は、凶暴ではあれど多少の知性を感じられた。今回は違う。まるで猛獣さながらに八本の足を振り回し、周囲の木々を切断している。そこに、先程までの可憐な女性の面影はどこにもない。

 ウギュウウゥ。
 動物の悲鳴が聞こえた。
 親子と思われる二匹のウサギが、いままさに怨神に切り裂かれるところだった。親ウサギが必死に子ウサギを抱き抱える。
「くそ――!」
 真っ先に飛び出したのはミノルだった。
「怨神様、失礼いたします!」
 さすがというべきか、ミノルの横一文字の剣撃は、見事に巨大蜘蛛をとらえた。紫色の血飛沫が飛び散る。グギャアアアアと巨大蜘蛛がのけぞっている隙に、ミノルは親子ウサギに怒鳴った。
「逃げろ! いますぐ遠くへ!」
「ムギュウ!」
 礼の言葉のような鳴き声を発してから、ウサギたちはいずこへと去っていった。

 ――が。
「ミノル、危ない!」
 私が叫んだときにはもう遅かった。
 一瞬にして傷を癒した巨大蜘蛛は、背後からミノルへ覆いかぶさった。八本の鋭利な爪で、ミノルを抱き抱えようとする。
「ぐっ……」
 間一髪、ミノルは転がって避けた。

「ちくしょう、よくわかんねえがあいつを止めるっきゃねえか!」
「そうね。頑張りましょう!」
 私とショウイチは同時に刀を抜いた。さっき非戦闘員からもらった、想いの詰まった一刀。その力を借りるときだ。

 巨大蜘蛛と激戦を繰り広げながら、ミノルが叫ぶ。
「チヨコ、聞こえるか!」
「なに!」
「私が注意を引き付ける! おまえたちは二人は隙を見て攻撃してくれ!」
 いつかの戦いを思い出す。
 巨大蜘蛛とまともに応戦できるのは、ミノルかショウイチくらいのものだ。私ではてんで敵うまい。だから私は、あのときと同じように了解の旨を大声で伝えた。

 ミノルは強くなった。かつての戦いでは防戦一方だったが、今回は隙を見て何度か攻撃を叩き込んでいる。むろん自分の身を守りながらの反撃なので充分な威力はないが、以前のような危なっかしさはない。

 やがて転機が訪れた。
 巨大蜘蛛はなにを思ったか、ピタリと動きを停止した。
「な、なんだ……?」 
 ぼそりと言うショウイチ。
 いまのうちに攻撃を。そう叫ぼうとした瞬間、巨大蜘蛛と同じ方向に目を向けていたミノルが、かすれる声で呟いた。
「そういうことだったか……」
「へ……? なにが?」
「こちらに向かって攻めてきているようだよ。数えきれないくらい多くの人間が」

 冷や汗が頬を伝った。
 数えきれないくらい多くの人間……まさか……
「それってもしかして、カクゾウさんたちじゃ……」
「おそらくは。最悪だ、欲の塊が何人も近づいてきたんじゃ怨神様も大変だったはずだ」
 なんて都合の悪いことだろう。よりによって怨神が凶暴化しているときに攻めてくるとは。
「でも、勾玉の石がないと森に入れないんじゃ……」
「ヤツは、チカクのムラのソンチョウとテをクンデイル」
 答えたのはなんと巨大蜘蛛だった。だがそのわずかな知性もすぐに失せたようで、獰猛な叫び声をあげると、一目散にどこかへと走り出した。私の来た方向――おそらく森の入り口へ向かって。
「お、お待ちください! いくらなんでもあの人数に突っ込んでは……!」
 慌てたようにミノルが怨神のあとを追う。

 後には私とミノルだけが残された。
「……なあ、俺たちはどうする?」
 ショウイチのその問いに、私は答えることができなかった。
 この旅の目的は怨神の蛮行を止めること。清恨の森に来たのもそれが理由だ。
 でも私たちは知ってしまった。怨神たちの事情を。彼女たちの苦悩を。
 怨神とミノルは疲れきっているように見えた。大勢の人間の力を借りれば、神を仕留めることはなんでもないだろう。それこそ私が以前よりずっと望んでいたことだ。

 でも……
 私は思い出した。
 欲に取りつかれ、もがき苦しんでいる怨神を。
 神であるにも関わらず、祈るように天を見つめていたひとりの女を。
 怨神とて被害者のひとりだったのだ。人間の欲のによって苦しめられ続けた、あわれな女でしかない。

「ひとつ、わかったことがあるわ」
 ぽつりと呟いた。
「この事件はどっちかが一方的に悪いわけじゃない。私たち人間は被害者だけど、同時に加害者でもあった。それは怨神も一緒」
「そうだな……」
 ショウイチが頷いた。
「ウサギが殺されそうになったとき、誰よりも先に助けたのはミノルだった。怨神に支配されていたとしても、奴が悪人だとは思えねえ」

 私は刀の柄に手を置いた。
 この一刀には人々の切なる想いが込められている。作ったのは悪名高い賊の一員だけれど、それでも私たちはわかりあえた。
 根っからの悪人なんていない。ときにはその人がどうしようもない人間に見えることもあるかもしれない。だがそれは、私たちがその人の本当を知ろうとしていないからに過ぎない。
 この旅を通じて、私はそれを学んだ。

 ――だから。
 私は目を閉じて言った。
「怨神を助けましょう。そして一緒に、人間も死なせない!」
「はっ、それでこそ俺が惚れた女だぜ!」
 私とショウイチは互いの顔を見て頷くと、ミノルたちを追って走り始めた。


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