禁断の愛情 怨念の神
人類滅亡
とても見ていられなかった。
ミノルがゆっくりと、ショウイチから刀を引き抜く。ぷしゅうという生々しい音。ショウイチの胸から鮮血が勢いよく飛び出す。
ショウイチは完全に意識をなくしたようだった。そのままぐったりと全身をミノルの肩に預ける。かつて友人同士だったはずのミノルは、そんなショウイチを鬱陶しそうに押し退けた。ショウイチは弱々しく地面に倒れ込む。
「……さて」
刀身にこびりついた血液を一振りで払いのけながら、ミノルは目線だけを私に向けた。
「どうする。戦うというのなら相手はしよう」
「ミ……ミノル……なんで……どうして……」
自分に負けちゃいけない。それはわかっていた。だがどうしても涙が止まらない。
私は震える手で刀を構えた。
止めなきゃ。彼を。私の大好きな人を……
そんな私を見て、ミノルはため息をついた。
瞬間。
私の視界が急に回転した。脇腹に激痛を感じて初めて、投げつけられたのだと悟った。まかに神速のごとき動き。本当に――私が憧れ愛したミノルはもういないのだ。
「う……」
それでも立ち上がる。刀の切っ先をミノルに向ける。
ミノルの攻撃に隙などなかった。私は一方的に蹂躙されるのみであった。
やっと姿勢を立て直しても、すでに視界にミノルはいない。思考が追い付かないまま、ひたすら殴られ投げられる。
意識が遠のいていく。
身体の節々が悲鳴をあげる。
私は死を覚悟した。これもミノルを裏切った罰か。
瞬時、けたたましい男の叫びが聞こえた。
地面に横たわったまま顔だけを向けると、カクゾウがミノルへ斬りかかるところだった。憤怒の形相で俊敏な斬り込みを入れる。
ミノルはそれを刀身で受け止めた。カクゾウが押し返そうと鈍い声をあげるが、ミノルは意に介さない。
「へえ賊の長か。なぜかおまえからはそれほど欲を感じないね。不思議な男だよ」
「黙れ下郎が! 貴様のせいで我々の計画は台無しだ!」
「賊なんかに下郎呼ばわりされちゃ終いだよ」
ミノルは、ふんと刀に力を込めた。武器ごと弾かれ、体勢を崩したカクゾウに、斜め一文字の斬撃を叩き込む。
おおおお、とカクゾウが片膝をついて悲鳴をあげる。カクゾウの直垂を紅色が染め上げていく。
賊の長すらもミノルにはかなわない。なんてとんでもない強さだ。
「はっ、このままおまえたちを殺すのも訳ないけどね。そろそろ遊びはやめにするよ」
言うなり、ミノルはふわりと空中に浮かび上がった。これも怨神から授かった悪魔の力か。
悪魔の使いは、こちらからは点にしか見えないほど高く浮かぶ。その一点から、見覚えのある紅い光が輝きはじめた。かつて怨神の手から発せられた、あの光にそっくりだ。
「まさか……」
カクゾウがなにかを察したように目を見開く。
「やめろー! 都長の屋敷を壊すなー! 人類が滅ぶー!」
都長の屋敷。
はっとした。
そうか。この都を運営してきたそいつを殺してはじめて、都の破壊は成立する。そして都の破壊は、自給自足のできない村にとって死の宣告を意味する。都がなくなれば、食料の流通が滞る。
「くそが! 怨神の野郎、徹底的に我々を追い詰めるつもりだな!」
カクゾウはちらと私を見ると、怒りの捌け口を求めるように怒鳴り散らした。
「最近わかったことだがな、怨神が襲う村には共通点があったんだよ!」
「え……?」
「良質な土地で、作物を育てやすい村。怨神はそこしか狙っていない!」
なんだと……!
それでは人類全体が飢餓するのも時間の問題ではないか。たしかに私が訪れた村では畑が完膚なきまでに荒らされていた。私の故郷も自力で生き延びられるだけの収穫があった。そういうことだったのか……!
だがカクゾウの声は届かなかった。
紅の光点が狂おしいほどに輝かしく膨張すると。
かつて怨神が見せたような、死の可視放射がミノルから発せられ。
巨大な屋敷を、一瞬にして猛火が焼き尽くした。
決戦の結果は、人類の完敗に終わった。
人類の滅亡まであとわずか。
人々に打てる手は……もはや無きに等しかった。
【二章 終】
ミノルがゆっくりと、ショウイチから刀を引き抜く。ぷしゅうという生々しい音。ショウイチの胸から鮮血が勢いよく飛び出す。
ショウイチは完全に意識をなくしたようだった。そのままぐったりと全身をミノルの肩に預ける。かつて友人同士だったはずのミノルは、そんなショウイチを鬱陶しそうに押し退けた。ショウイチは弱々しく地面に倒れ込む。
「……さて」
刀身にこびりついた血液を一振りで払いのけながら、ミノルは目線だけを私に向けた。
「どうする。戦うというのなら相手はしよう」
「ミ……ミノル……なんで……どうして……」
自分に負けちゃいけない。それはわかっていた。だがどうしても涙が止まらない。
私は震える手で刀を構えた。
止めなきゃ。彼を。私の大好きな人を……
そんな私を見て、ミノルはため息をついた。
瞬間。
私の視界が急に回転した。脇腹に激痛を感じて初めて、投げつけられたのだと悟った。まかに神速のごとき動き。本当に――私が憧れ愛したミノルはもういないのだ。
「う……」
それでも立ち上がる。刀の切っ先をミノルに向ける。
ミノルの攻撃に隙などなかった。私は一方的に蹂躙されるのみであった。
やっと姿勢を立て直しても、すでに視界にミノルはいない。思考が追い付かないまま、ひたすら殴られ投げられる。
意識が遠のいていく。
身体の節々が悲鳴をあげる。
私は死を覚悟した。これもミノルを裏切った罰か。
瞬時、けたたましい男の叫びが聞こえた。
地面に横たわったまま顔だけを向けると、カクゾウがミノルへ斬りかかるところだった。憤怒の形相で俊敏な斬り込みを入れる。
ミノルはそれを刀身で受け止めた。カクゾウが押し返そうと鈍い声をあげるが、ミノルは意に介さない。
「へえ賊の長か。なぜかおまえからはそれほど欲を感じないね。不思議な男だよ」
「黙れ下郎が! 貴様のせいで我々の計画は台無しだ!」
「賊なんかに下郎呼ばわりされちゃ終いだよ」
ミノルは、ふんと刀に力を込めた。武器ごと弾かれ、体勢を崩したカクゾウに、斜め一文字の斬撃を叩き込む。
おおおお、とカクゾウが片膝をついて悲鳴をあげる。カクゾウの直垂を紅色が染め上げていく。
賊の長すらもミノルにはかなわない。なんてとんでもない強さだ。
「はっ、このままおまえたちを殺すのも訳ないけどね。そろそろ遊びはやめにするよ」
言うなり、ミノルはふわりと空中に浮かび上がった。これも怨神から授かった悪魔の力か。
悪魔の使いは、こちらからは点にしか見えないほど高く浮かぶ。その一点から、見覚えのある紅い光が輝きはじめた。かつて怨神の手から発せられた、あの光にそっくりだ。
「まさか……」
カクゾウがなにかを察したように目を見開く。
「やめろー! 都長の屋敷を壊すなー! 人類が滅ぶー!」
都長の屋敷。
はっとした。
そうか。この都を運営してきたそいつを殺してはじめて、都の破壊は成立する。そして都の破壊は、自給自足のできない村にとって死の宣告を意味する。都がなくなれば、食料の流通が滞る。
「くそが! 怨神の野郎、徹底的に我々を追い詰めるつもりだな!」
カクゾウはちらと私を見ると、怒りの捌け口を求めるように怒鳴り散らした。
「最近わかったことだがな、怨神が襲う村には共通点があったんだよ!」
「え……?」
「良質な土地で、作物を育てやすい村。怨神はそこしか狙っていない!」
なんだと……!
それでは人類全体が飢餓するのも時間の問題ではないか。たしかに私が訪れた村では畑が完膚なきまでに荒らされていた。私の故郷も自力で生き延びられるだけの収穫があった。そういうことだったのか……!
だがカクゾウの声は届かなかった。
紅の光点が狂おしいほどに輝かしく膨張すると。
かつて怨神が見せたような、死の可視放射がミノルから発せられ。
巨大な屋敷を、一瞬にして猛火が焼き尽くした。
決戦の結果は、人類の完敗に終わった。
人類の滅亡まであとわずか。
人々に打てる手は……もはや無きに等しかった。
【二章 終】
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