禁断の愛情 怨念の神

魔法少女どま子

無理やり犯されて……①

 ほどなくして、長老は部屋から戻ってきた。
 私は思わず息を呑んだ。長老が両手で抱えている木製の箱に、ただならぬ雰囲気を感じたからだ。大きさはたいしたものではない。ひよこのような可愛い小ささだが、見る者すべてを魅了する圧倒的な魔性が感じられる。

 隣のショウイチはしかし鈍感なのか、相変わらずすっとぼけたことを言う。
「やっと出てきたと思ったらよ、なんだその箱は」
「こりゃ、口を慎め。これは村一番の宝物じゃ。どんな賊も喉から手が出るほど欲しがる」
「なんだと? そんなチンケな箱がか?」
「わしの家は怨神様によって完全に壊されてしまった。しかしそれでも、この箱だけは無事じゃった」

 私はといえば、ずっと箱に見入るばかりだった。
 怨神の強大な魔力。それは村民のほとんどをあっけなく殺害し、家屋も木々もなにもかもを死の海に沈める力を秘めている。しかしその神の魔手にすら、この箱は耐えたというのか。
「いったいどんな力があるんですか……それは」
「うむ。まあ早い話が、『清恨の森』に入る許可証のようなものじゃ」
「その箱を持っていれば森に入れると……?」
「ん?」
 一瞬長老はきょとんとし、「あ、ああすまん」と頭をかいた。
「箱はただの入れ物じゃ。大事なのは中身だよ」
 言うなり、長老は箱を開けた。

 中から、強烈な光が溢れだした――ような気がした。

 長老は木箱から小さな石を取り出した。ほんのりと蒼い光彩を放つ、勾玉状の石。私に霊感はないが、それでも、霊気というか気配というか、いわく言いがたいなにを感じる。

「これは各地の村長しか持つことを許されぬ伝説の秘宝じゃ。その秘宝を……おぬしらに託す」
「い、いいんですか?」
「世界がどうなるかわからん状態で、風習にとらわれても仕方あるまい。おぬしは気にせずミノルに会いにいけ。その代わり――覚悟するのだぞ」
 一拍置いて、長老は私とショウイチを交互に見た。
「わしがおぬしらに秘宝を託すということは、同時におぬしらに世界の命運をも託しているということじゃ。生半可な覚悟では行かせられん」

 重い。あまりにも。
 ろくに自分の村さえ守れなかった私が、世界を守るなんて。先生や父ですら果たせなかった使命。それよりもさらに重大な使命だ。それを私なんかが。
 でも。
 もはやミノルに会うためには、それしか方法はない。それに世界が滅んでいくさまを指をくわえて待っているほど、私は根気強くない。

「行きます。ミノルを……世界を、救います」
「…………」
 長老はなにも言わず、私の目をじっと見据えた。鋭い眼光だった。私も目を逸らさなかった。じっと長老の澄んだ瞳を見返した。
「うむ。よかろう」
 長老は神妙に頷いた。
「頼んだぞ。絶対に生きて帰れ。ショウイチよ、チヨコだけでは危険じゃ。おぬしも行け。その剣の腕はきっと力になる」

 次のショウイチの返答を、私は予想だにしなかった。

「やだね」
「な、なんじゃと!?」
 長老は目を剥き、ショウイチに身を乗り出した。
「いま嫌だと言ったんか! 聞き間違いか!?」
「うるせえな。嫌なもんは嫌なんだよ」
 耳をかきながら言うショウイチ。
「ショウイチ! 世界の危機言うとるんが貴様にはわからんのか!」
「それはわかってるよ。問題はそこじゃねえ。あのミノルのくそったれを助けに行くのが気に食わねえんだよ」
「な……」
 今度は私が聞き捨てならなかった。
「どうして!? 私たちみんな仲間じゃない! 心配じゃないの?」
「はん。俺は奴を仲間と思ったことはねえよ。俺より歳上のくせに、腕っぷしはてんでたいしたことねえ。自分のケツくらい自分で拭くのが男ってもんよ」 
「…………」

 開いた口がふさがらない。ショウイチはなにを言っているのだ。人ひとりの命より、男としての在り方のほうが大事なのだろうか。
 なにも言えないのは長老も同じのようだった。ぽかんと口を開け、ただただショウイチを見つめている。
「はん、ふざけんじゃねえっての」
 ばつが悪くなったのか、ショウイチは扉を蹴るように家屋から出ていった。

「ショウイチ……悲しいことよ、将来を担う若者が……」
 秘宝の石を箱にしまいながら、がたんと肩を落とす長老。
「ち、長老。私は大丈夫です。ショウイチがいなくても戦えます」
「駄目じゃ。いくら剣の心得があってもおぬしはおなご。ひとりで行かせるには危険すぎる」
「で、でも……」

 だからといって、このままミノルを放っておけない。また会いたい。あの優しい腕に。あの逞しい顔つきに。

「私、説得してきます」
「なに? やめんか、説得なぞどうせ――」
 長老の言葉を最後まで聞かず、私は長老宅を出た。


    ☆



 ショウイチの家は村のはずれにある。怨神の可視放射から逃れた数少ない家屋のひとつだ。賊の攻撃を何度も受けたようで、すっかり木の壁が磨り減ってしまっている。彼のことだ、修理するつもりもあるまい。
 苔の生えた扉をトントンと叩きながら、私は言った。

「ショウイチ、ショウイチ。入っていい?」
「あ? なんの用――」
「話があるの。入るよ」

 返事を待たず、私は半ば乱暴に扉を開ける。

 家のなかを見て、私は呆れた。武具や服があちこちに散乱しているのもそうだが、ショウイチは寝ござの上で横になっていたのである。私も人のことは言えないが、いま村民たちが復興に汗水垂らしているのを知らないのか。

「んだよ。返事もしてねえのに入ってくんな」
「言ったでしょ。話があるの」
 言いながら、私は寝ござの隣に腰を下ろした。ショウイチは、ちっ、と舌打ちをして、私に背を向ける格好で寝返りを打った。ふてくされている――ように見えた。理由はわからないが。

「さっきはどうしたの? あんなに騒いじゃって」
「知るかよ」
「ちゃんと答えて。私たちはもう子どもじゃないんだよ」
「……わかんねえかよ、くそったれが」
 どうやらもっとふてくされてしまったらしい。彼の声が一段と低くなる。
「わかんない。ちゃんと説明して」

 沈黙がおりた。
 ショウイチはなぜか答えない。
「ねえ、ショウ――」
「……きなんだよ」
「へ?」
「ばか野郎!! 一回で聞き取れよくそが!」

 そんなこと言ったって、声が小さすぎて聞き取れるわけが……
 ん?
 ちょっと待て。まさか――
 次の瞬間、私の脳裏にある予感がひらめいた。
 似ている。あのときのミノルと。頓珍漢な頃合いで愛を告げてきたミノルと。
 言いたかった。でも言えなかった。その矛盾した気持ちを精一杯抑え込んでいる、あの表情。

「ショウイチ……もしかして」
「……あ、ああ。たぶんそのもしかしてだ。た、たぶんだぞ」
「そうだったの………」

 知らなかった。彼がまさかそんな思いを秘めていたなんて。
 でも私にはミノルがいる。将来を約束した、理想の男性が。
 私がなにも言えないでいると、ショウイチはさらにふてくされたように言った。
「もうやったのか?」
「……え?」
「やったのかって聞いてんだよ」
「やったって……なにを?」
「とぼけんな。セックスだよ」
「セ……」
 かあっと顔が熱くなる。
「う、ううん。まだ」
「は? まだなのかよ」
 若干声が明るくなった。
「うん。まだそこまではいってない」

 あのとき、ミノルは私をたしかに抱き締めた。胸を優しく愛撫した。唾液の交換で愛の確認もした。だがそれ以上には至らなかった。「まだ早いよね」と言って彼のほうからやめてしまった。私には心の準備ができていたのに。

「じゃあよ」
 と言って、がばっとショウイチは上半身を起こす。
「俺とやろうぜ」
「……は?」
 意味がわからなかった。
「いいじゃんかよ。やらせてくれたら行ってやるぜ、ミノルを助けにな」
「な、なにを――」
 反論する暇もなかった。
 ショウイチは強引に私の体に手を伸ばした。かつてない衝撃が、身体中に迸る。

 そこから先は――ミノルともしていない禁断の領域だった。だがショウイチはそこまで遠慮なく踏み込んできた。





 私はなんてひどい女なのだろう。
 ミノルに対して――将来の婚約者に対して、あってはならない秘密をつくってしまった。

【一章 終】

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