禁断の愛情 怨念の神

魔法少女どま子

近寄りたくもない男

 もともと強いにも関わらず、これ以上修行してなんの意味があるのか。男のそういったところが昔から理解できなかった。村を守れる力があれば、それだけで充分なはずなのに。

「あ、それとよ。村の奴から聞いたぜ」
 ショウイチは下を向き、がしがしと髪を掻きむしった。白い粒がぽろぽろこぼれていく。
「俺のいねえ間に……厄介な奴が来たんだってな」
「うん」
「村の奴ら、せっせと建て直しやってるぜ。おまえは行かないのか?」
「……あとで行くわ。ショウイチは行ってきたら?」
「俺も後で行くさ。そんなことよりな」
 続けて発せられる彼の言葉を、私は見事に予想した。
「ミノルの奴……いなくなったんだな」
「…………」

 ミノル。その名前に、脳が過敏に反応した。
 止められなかった。せっかく拭いた涙が、怒涛のように押し寄せてきた。一瞬にして視界がかすんでいく。
「あ、あれ」
 そんな。なんで。もうずいぶん泣いたはずなのに。人前では絶対に弱い自分を見せたくなかったのに。

 気づけば、ショウイチが呆然とこちらを見つめていた。彼のほうも表情が暗い。
「なるほどな。話は本当だったか」
「……なにを……聞いたの」
「おめえとミノルが恋仲にあるってことだよ。はん、俺がいねえ間によ、なんであんな奴と」

 あんな奴……?
 今度は怒りの感情が込み上げてきた。
「その言い方はなによ。ミノルがいたから村が残ってるんじゃない。自分は無理やり村からいなくなったくせに、勝手なことを言わないで!」

 心が安定しない。心臓が激しく波打っているのがわかる。これが悲しみなのか、あるいは怒りなのか……自分でもわからない。なにもわからない。すべてが歪んで見えた。

 これにはショウイチも当惑したらしい。急に私に近寄り、
「あーわかったわかった。わかったから落ち着けよ」
 と、私の肩を叩いてきた。
「実はな、旅先でうまそうな山菜を採ってきたんだよ。俺が調理してやらあ。どうだ、食うか?」
「……いらない。ひとりで食べてて」

 もうこいつのそばにはいたくなかった。
 ショウイチを両手で押しのけ、彼に背中を向ける。
 怨神との闘いで汚れてしまった剣がそばにある。それを手に取り、手でこすっていく。

 えい、さ。えい、さ。
 遠くから村人たちのかけ声が聞こえる。こんなところまで聞こえてくるとは、余程作業に力を入れているのだろう。
「いらねえのか、飯」
 背後の男がまだ訊いてくる。当然というべきか、声が若干暗い。
「いらないって言ってるでしょ。自分で食べたら」
「最近ほとんど飯食ってねえんだろ、おまえ。ただでさえヒョロヒョロなのによ、ちゃんと食わんと身体壊すぞ」
「いいって。食べたくなったら自分で作る」
「…………そうか」

 沈黙が降りた。
 葉擦れの音がする。チュンチュンという可愛らしい鳥の泣き声が響きわたる。
 後ろの男はなにも言ってこなかった。
 ずっと黙っていた。

 ただ彼の視線だけを感じる。次にどう行動すべきかわかりかねている。それがひしひしと伝わってくる。

 寄ってこないで。背中でそう語る。正直、彼がそばにいるだけで情緒が不安定になりそうだった。

 昔からそうだった。彼はとにかく人の気持ちを考えない。空気を読まない。自分大好き人間。
 彼はよくミノルの悪口を言っていた。だがミノルは人間としての格が違った。自分自身に向けられた悪口すら、笑って受け流していた。
 村で何番目に強いかだなんて、私にはどうでもいい。いくら強くたって、人間として一番大切なものを欠いている人には、なんの魅力も感じない。

 じゃあ、出るぜ。ショウイチのかすれ声が聞こえた。荷物をまとめる音がする。

 やっと出ていくか。私がほっとしたのも束の間だった。
「おーいショウイチ、帰ってんのか」
 扉の向こう側から、何者かの声がした。名は知らないが、たぶん村民だろう。

 勘弁してよ。そう思ったが、ショウイチと来訪者はそのまま会話を始めてしまった。ショウイチが明るい声で応じる。
「ああ、さっき帰ったぜ」
「そうか。扉、開けていいか?」
「好きにしろ」

 ギィーと木のこすれる音とともに、室内に光が入り込んできた。私は徹底してショウイチに背を向ける。聞きたくはないが、耳だけは完全にふさぐことができない。嫌でも彼らの会話が聞こえてくる。
「うおっ……二人とも、喧嘩でもしてたのか?」
「うるせえよ。用件はなんだ」
「長老が呼んでるぜ。久々だからな」
「長老か……わかった、すぐ行く」

 今度こそ一人になれる。そう思った瞬間、来訪者は言った。

「チヨコちゃん、きみにも来てほしいそうだ」

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