禁断の愛情 怨念の神
巨大蜘蛛との死闘
目で合図したのち、私たちは同時に駆け出した。巨大蜘蛛に向かって、全力で距離を詰める。私たちの踏んだ地面から、砂煙が舞ってゆく。
「ま、待て、その方に触れるな! その方は――!」
背後で長老が何事かを叫んでいた。
だが今更引き返すことはできない。巨大蜘蛛の鋭利な足爪が、私の頭上から振り下ろされてきたからだ。
横方向に地面を蹴る。間一髪、さっき私がいた箇所に爪が襲ってきた。攻撃を受けた地面が、円筒状に抉られる。
頬を冷や汗が伝った。
一撃でも喰らえば命が危ない。
「チヨコ! 聞こえるか!」
巨大蜘蛛を隔てた向こう側から、ミノルの声が響いてきた。
「聞こえるよ! どうしたの!」
「僕が注意を引きつける! チヨコは隙を見つけて攻撃してくれ!」
彼が注意を引く。危険な役回りだ。
それでも私は了解の旨を大声で伝えた。そうでもしなければ、たぶん奴には勝てない。それに、彼ならきっと大丈夫なはずだ。
私は次の攻撃に警戒しつつも、巨大蜘蛛から距離を取る。それが逃走だと思われたのだろう。巨大蜘蛛は八本足を小刻みに動かし、砂埃をあげながら猛烈な速度で迫ってきた。
が。
「ギャアアアアアア!」
私の眼前まで近づいてきたところで、巨大蜘蛛は初めて悲鳴らしき雄叫びをあげた。視線を向けると、ミノルが弓矢を構えているのが見えた。おそらく、何本かが命中したのだろう。
「ギギギギギ……」
巨大蜘蛛は唸り声をあげながら、ミノルのほうへと方向転換した。全身の毛が鋼鉄のように固く伸びている。これが怒りの印なのかもしれない。
巨大蜘蛛はこの世のものとは思えぬ絶叫をあげながら、ミノルに突進していった。ミノルは背に弓矢をしまうと、代わりに剣を鞘から抜いた。気合いのこもった表情で巨大蜘蛛の攻撃に備えている。
頑張って――私はささやいた。この戦いに勝てるかどうかは、彼にかかっている。
私は巨大蜘蛛の背後で、一定の距離を保ちながら奴の隙をうかがっていた。敵の攻撃は凶暴そのものだった。数本の足を無思慮に振り回し、ミノルを蹂躙している。ミノルは避けるのだけで精一杯のようすだ。それに一撃一撃が尋常じゃなく重い。ミノルの直垂も何度か切り裂かれ、数ヶ所破けている。
途中、何度も助けに入りたくなった。いますぐあの憎い巨体を切り刻んでやりたかった。だがそう思う度に、ミノルがこちらに目を向けてくるのだ。――大丈夫、心配しないで。
激しい攻防が続いた。あの巨大蜘蛛にも知能はあるようだ。ミノルが反撃する構えを見せると、二本の足を交差させ、顔面を守る。ミノルも紙一重で巨大蜘蛛の爪をかわす。
だが、やがて転機が訪れた。ミノルの全力の一振りが、奴の足のおそらく関節に命中したのだ。巨大蜘蛛が体勢を崩す。
――いまだ!
私とミノルは同時に叫んでいた。
私はありったけの力で駆け出した。
巨大蜘蛛はまだ立ち直れていない。
歯を食いしばり、力を振り絞ってひたすら疾走する。
「イヤアアアアア!」
これまで修行に修行を重ねた渾身の一撃。それを巨大蜘蛛の顔面に向けて叩き込む。
「グオァァアアアアア!」
巨大蜘蛛が盛大にのけぞる。血液とおぼしき紫の体液が、顔面から激しく吹き出す。やった。大成功だ。
私はミノルに連れられ、巨大蜘蛛から数歩遠ざかった。これ以上奴の近くにいるのは危険である。
ミノルは私の肩に手を回した。
「やったね」
「……うん、頑張った」
「チヨコすごかったよ。修行の成果だね」
「ううん。ミノルだって、かっこよかった」
「そうかな。ありが――……」
ミノルが言いかけたときである。
「ユ、ユ、ユルサヌ……」
人のものとは思えない、まさに死霊の胴間声が響きわたった。根源的な恐怖心が呼び覚まされ、私は思わずびくんと震えあがった。
「まさか……嘘だろ?」
ミノルが大きく目を見開いた。
見れば、巨大蜘蛛の頭部から、私たちがつけた傷が綺麗さっぱり消えている。血の一滴すら流れていない。巨大蜘蛛は激しく暴れまわりながら、怨念の声を発し続けている。
「なんてこと……」
私も驚きを禁じえなかった。
あいつが言葉を話せることもそうだが、私たちが死にもの狂いで放った剣撃さえものともしないとは。
これでは……
「ねえ、ミノル……」
呆然と私はつぶやいた。
「どうするの。どうやって倒すの。あんな化け物……」
「焦っちゃ駄目だ。きっと勝機はある」
励ますように、肩にまわした手にぐっと力を入れるミノル。
――が。
「ユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルユルユルユルユル!」
ひとしきり叫んだ巨大蜘蛛が、複数の眼球を不気味に光らせたかと思うと。
急に突進してきた――ように見えた。
次の瞬間には、私は明後日の方向に吹き飛ばされていた。思考の処理が追いつかない。数秒遅れて、腹部にかつてないほどの激痛があることを知覚した。そのとき初めて、私は目一杯の悲鳴をあげた。
そのまま地面に激突し、背中が叩きつけられる。
腹部と、背中。その二つがすさまじい損害を受けたことはなんとなくわかった。立ち上がることさえできない。
どこかでミノルの悲鳴も聞こえる。チヨコと叫んでいる。しかしそれに応えることもままならなかった。
立ち上がらないと。立ち上がらないと。
早く逃げないと――殺される。
「ま、待て、その方に触れるな! その方は――!」
背後で長老が何事かを叫んでいた。
だが今更引き返すことはできない。巨大蜘蛛の鋭利な足爪が、私の頭上から振り下ろされてきたからだ。
横方向に地面を蹴る。間一髪、さっき私がいた箇所に爪が襲ってきた。攻撃を受けた地面が、円筒状に抉られる。
頬を冷や汗が伝った。
一撃でも喰らえば命が危ない。
「チヨコ! 聞こえるか!」
巨大蜘蛛を隔てた向こう側から、ミノルの声が響いてきた。
「聞こえるよ! どうしたの!」
「僕が注意を引きつける! チヨコは隙を見つけて攻撃してくれ!」
彼が注意を引く。危険な役回りだ。
それでも私は了解の旨を大声で伝えた。そうでもしなければ、たぶん奴には勝てない。それに、彼ならきっと大丈夫なはずだ。
私は次の攻撃に警戒しつつも、巨大蜘蛛から距離を取る。それが逃走だと思われたのだろう。巨大蜘蛛は八本足を小刻みに動かし、砂埃をあげながら猛烈な速度で迫ってきた。
が。
「ギャアアアアアア!」
私の眼前まで近づいてきたところで、巨大蜘蛛は初めて悲鳴らしき雄叫びをあげた。視線を向けると、ミノルが弓矢を構えているのが見えた。おそらく、何本かが命中したのだろう。
「ギギギギギ……」
巨大蜘蛛は唸り声をあげながら、ミノルのほうへと方向転換した。全身の毛が鋼鉄のように固く伸びている。これが怒りの印なのかもしれない。
巨大蜘蛛はこの世のものとは思えぬ絶叫をあげながら、ミノルに突進していった。ミノルは背に弓矢をしまうと、代わりに剣を鞘から抜いた。気合いのこもった表情で巨大蜘蛛の攻撃に備えている。
頑張って――私はささやいた。この戦いに勝てるかどうかは、彼にかかっている。
私は巨大蜘蛛の背後で、一定の距離を保ちながら奴の隙をうかがっていた。敵の攻撃は凶暴そのものだった。数本の足を無思慮に振り回し、ミノルを蹂躙している。ミノルは避けるのだけで精一杯のようすだ。それに一撃一撃が尋常じゃなく重い。ミノルの直垂も何度か切り裂かれ、数ヶ所破けている。
途中、何度も助けに入りたくなった。いますぐあの憎い巨体を切り刻んでやりたかった。だがそう思う度に、ミノルがこちらに目を向けてくるのだ。――大丈夫、心配しないで。
激しい攻防が続いた。あの巨大蜘蛛にも知能はあるようだ。ミノルが反撃する構えを見せると、二本の足を交差させ、顔面を守る。ミノルも紙一重で巨大蜘蛛の爪をかわす。
だが、やがて転機が訪れた。ミノルの全力の一振りが、奴の足のおそらく関節に命中したのだ。巨大蜘蛛が体勢を崩す。
――いまだ!
私とミノルは同時に叫んでいた。
私はありったけの力で駆け出した。
巨大蜘蛛はまだ立ち直れていない。
歯を食いしばり、力を振り絞ってひたすら疾走する。
「イヤアアアアア!」
これまで修行に修行を重ねた渾身の一撃。それを巨大蜘蛛の顔面に向けて叩き込む。
「グオァァアアアアア!」
巨大蜘蛛が盛大にのけぞる。血液とおぼしき紫の体液が、顔面から激しく吹き出す。やった。大成功だ。
私はミノルに連れられ、巨大蜘蛛から数歩遠ざかった。これ以上奴の近くにいるのは危険である。
ミノルは私の肩に手を回した。
「やったね」
「……うん、頑張った」
「チヨコすごかったよ。修行の成果だね」
「ううん。ミノルだって、かっこよかった」
「そうかな。ありが――……」
ミノルが言いかけたときである。
「ユ、ユ、ユルサヌ……」
人のものとは思えない、まさに死霊の胴間声が響きわたった。根源的な恐怖心が呼び覚まされ、私は思わずびくんと震えあがった。
「まさか……嘘だろ?」
ミノルが大きく目を見開いた。
見れば、巨大蜘蛛の頭部から、私たちがつけた傷が綺麗さっぱり消えている。血の一滴すら流れていない。巨大蜘蛛は激しく暴れまわりながら、怨念の声を発し続けている。
「なんてこと……」
私も驚きを禁じえなかった。
あいつが言葉を話せることもそうだが、私たちが死にもの狂いで放った剣撃さえものともしないとは。
これでは……
「ねえ、ミノル……」
呆然と私はつぶやいた。
「どうするの。どうやって倒すの。あんな化け物……」
「焦っちゃ駄目だ。きっと勝機はある」
励ますように、肩にまわした手にぐっと力を入れるミノル。
――が。
「ユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルサヌユルユルユルユルユル!」
ひとしきり叫んだ巨大蜘蛛が、複数の眼球を不気味に光らせたかと思うと。
急に突進してきた――ように見えた。
次の瞬間には、私は明後日の方向に吹き飛ばされていた。思考の処理が追いつかない。数秒遅れて、腹部にかつてないほどの激痛があることを知覚した。そのとき初めて、私は目一杯の悲鳴をあげた。
そのまま地面に激突し、背中が叩きつけられる。
腹部と、背中。その二つがすさまじい損害を受けたことはなんとなくわかった。立ち上がることさえできない。
どこかでミノルの悲鳴も聞こえる。チヨコと叫んでいる。しかしそれに応えることもままならなかった。
立ち上がらないと。立ち上がらないと。
早く逃げないと――殺される。
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