異能力主義学園の判定不能(イレギュラー)

深谷シロ

Episode.17「急変」

会場が沸き上がる。


先程、準々決勝第1試合が開始したばかりだ。第1試合では、Aクラス首席の宮倉とPクラスの加藤が対戦する。


準々決勝ともなれば、幾ら相手がPクラスだと言っても手強くなる。特に加藤の異能力スキルである『泥美術マッドアート』による多彩な攻撃は宮倉を惑わしている。


加藤は己の異能力スキルを使い、舞台上を駆け回る。基本、防御からのカウンターを狙う宮倉には戦いづらい相手だろう。


だが……宮倉は防御とカウンターのみの戦闘スタイルではない。普通に攻撃もするのだ。


加藤は宮倉が攻撃してこないと思ったのだろう。近付きすぎた。


加藤が近付いたその隙を狙って、宮倉はほぼ反則間際の技である異能力スキルの『空間支配エリアコントロール』の結界で試合舞台外まで押す。


そのまま成す術なく落ちるか……と思われたが、加藤も中々の曲者だった。自身の足を舞台に沈み込ませ、さらに背後に泥の壁を作って、落ちないようにした。


上手い手だ。その態勢を維持しつつ……試合舞台の中央に戻った。注意を別の場所に惹き付けて、自らは押し寄せる異能力スキルから逃れる。


試合舞台の中央に加藤が戻って、宮倉がようやく加藤の意図に気付く。背後を振り返ると、加藤が拳を前に出して────





────そんな加藤の目論見も宮倉には届かなかった。宮倉は常に自らの周りに『空間支配エリアコントロール』を張っているため、単純攻撃が効かないのだ。加藤の小さな過ちだった。


だが、この小さな過ちは対戦中であれば、大きな過ちと化す。宮倉は再び『空間支配エリアコントロール』で加藤を試合舞台外から押し出した。


「準々決勝、第1試合は宮倉選手の勝利です。」


判定員ジャッジの判定は、全員一致で宮倉の勝利を告げていた。


宮倉の臆病とも取れる常時異能力スキル展開だが、裏を返せば強みにもなる。加藤には良い経験となっただろう。


「続いては第2試合です。」


熊無颯太と東谷秋良が試合舞台へ上がる。2人の対戦を見るのは、これが初めてではない。


俺自身が判定員ジャッジをしていた時に試合を見ていたからだ。2人の戦闘スタイルも把握している。


互いに召喚をするタイプの異能力スキルである『特化系』だ。


熊無がBクラスで東谷がAクラスである。


熊無の使う『蟲術インセクトアート』は、これまでもあまり評価が良くない異能力スキルだが、本人的にはあまり気にしていないようだ。


聞いた話によると、熊無は蟲が意外と好きらしい。それが理由だろう。


蟲を召喚する異能力スキルである『蟲術インセクトアート』は、名前と反して、攻撃的な異能力スキルである。


召喚できる蟲は、制限がない。何処にでもいる有名な蟲から想像上の蟲まで無数にある。


さて、『蟲術インセクトアート』の紹介はこれぐらいにしておいて、東谷の説明もした方が良いだろう。


東谷の使う異能力スキルである『召喚術サモンスキル』は、召喚できる対象が生物・・である。


但し、ここでの生物とは人間以外を指している。


生物であれば何でも良いのであって、熊無と同じく有名な生物から想像上の生物までの良いのである。


レパートリーで比べれば、熊無よりも召喚できる対象が多いだろう。唯一のデメリットと言えば、あくまでも概念として存在している生物のみと言えるだろう。


自らが考え出した生物などは召喚できない。これは熊無の『蟲術インセクトアート』も同様である。


だからこそこの2人は良い勝負をするだろう、と俺は思っている。


閑話休題それは置いといて


熊無と東谷の2人は試合舞台で対戦を始めていた。


熊無は試合開始とともに物量作戦である。蟲が沢山いることを物量作戦と言って良いのか分からないが、兎に角数が多い。


その数は数千万にも昇る。これだけの数の蟲がいれば、一体は攻撃が当たるだろう。


それに対して東谷は不死鳥フェニックスを召喚した。


不死鳥フェニックスは、想像上の生物である。炎を纏い輝く。流した涙は万物を回復させ、己が死んでも灰となり、再び蘇る。まさに不死・・である。


無数にいる蟲は不死鳥フェニックスに対して、圧倒的不利であった。例えるならば、『飛んで火に入る夏の虫』であろう。


文字通り、蟲が火に飛び込んでいるようだ。事実は違うのだが。


「不死の炎で焼き尽くせ。」


東谷が召喚した不死鳥フェニックスにそう命令した。これを聞いた不死鳥フェニックスは、そちらを振り向くこと無く、炎を強める。


さらに多くの数の蟲の死体が積み上がっていく。


観客の中には悪寒で震える者や挙句には泣き出す者までいた。阿鼻叫喚である。


しかし、2人の召喚した蟲と生物は戦っているが、未だに召喚者である2人には全く攻撃が当たっていない。


壮絶な戦いと見えるこの第2試合も未だに始まっていないのだ。変化しているのは互いの体力だけ。流石、準々決勝に進む強者である。


進展がいつまでも無い────そんなことは有り得ない。この試合でも遂に進展が見られたようだ。


熊無の放った蟲の一体が東谷を刺した。数秒後、東谷は痙攣を起こした。召喚者が行動不可になり、東谷の召喚した不死鳥フェニックスは消失した。


不死鳥フェニックスは己の涙で東谷の麻痺を回復させようとしたが、数センチ。たった数センチ足りなかったのだ。


これは熊無の勝利だ。


「準々決勝、第2試合は熊無選手の勝利です。」


熊無は少なくないバッシングにあったが、勝利は勝利であり、作戦勝ちだ。紛れもない勝利であり、イカサマもしていない。


これにケチをつける方がバッシングに合うべきでは無かろうか。


「お静まり下さい。続いては第3試合です。試合開始は30分後です。」


ここで休憩が入る。一回一回の試合が長くなる為に休憩を細かに挟む必要があるのだ。


まだ春とはいえども数千人以上の人が集まっては、熱中症や脱水症状が出てしまう人がいるだろう。


それを考慮した結果だ。


第3試合は俺の試合であるため、俺には休みがない。


俺は椅子から立ち上がる。今は選手控え室にいるが、じきに呼び出されるだろう。それを待つ間の気分転換も兼ねて自動販売機へと向かった。




それは突然として訪れた。数人の生徒が俺の横を走って通り過ぎた。全力疾走だ。それも試合舞台の方へ。


生徒会でもなく、出場者でも無い。ということは誰なのか……。


その正体はそう時間が掛からずに分かった。


『私達は『疾風』という組織に属する!その場を動くな!』


マイクで校内全域に放送された。放送室だ。但し、美濃山ではない。


『疾風』というのは、以前サッカー部に集まっていた生徒達が作り上げた有志同盟だろう。今流れた声も聞いたことがある。勿論、幹部会と称する会議で、だ。


別に特別用事も無いためここにいると、試合舞台から数人こちらへ向かってきた。


「動くな!」


『疾風』の一員だろう。どうやら抵抗するな、と言いたいようだ。素直に従っておく。


「こいつを拘束しろ!」


1人が言った。それを聞いた他の3人が俺の腕を後ろを回し、手錠を掛けた。どこからそんな品を手に入れたのだろうか。何やら裏がありそうだ。


「試合舞台へ連れていけ!」


そのまま俺は俺を捕らえた3人に付いて行った。抜け出そうと思えば、一瞬で抜け出せるが、このまま様子を見たい。


既に退学条件は兼ね揃えているが、ここで抵抗して、学校以外の場で絡まれるのは勘弁して欲しいのだ。


俺と他の4人が試合舞台へ行く。そこには観客全員が座らされていた。観客席の合間合間を見ると、銃器を持った生徒が数百人いる。大規模だ。さらに外部組織と思われる大人が同じく数百人ほどいた。


俺は押される。さらにスポットライトが当てられる。照明器具の係だった生徒会役員の人は大丈夫だろうか。


「こいつは全ての生徒……さらに教師に隠している事実がある!!!」


観客がざわめく。茶番に付き合わされていると思ったのだろう。俺も同感だ。


「黒霧隼人は異能力スキルを6つもっている!!」


「『多重能力マルチプルスキル』、『強奪エクストーション』、『不滅インディストラクティブル』、『偽装カモフラージュ』、『並列思考パラレルシンキング』、『確率操作プロパビリティオペレーション』!その内、『多重能力マルチプルスキル』、『強奪エクストーション』、『不滅インディストラクティブル』、『偽装カモフラージュ』のレベルは70!これは不公平だ!!」


「全ての生徒が公平に渡された祝福ギフトを個人がせしめている!さらに『強奪エクストーション』で無数に異能力スキルをこいつは保有している!!」


「これは不公平では無いか!今すぐその異能力スキルを全ての生徒に配布すべきだ!!また、学校側もこれに対処すべきだ!」


「このような危険人物は監視が必要だ!!」


「諸君、これをどう考える!!」


好き勝手に言ってくれる。だが、嘘はついていない。どこからその情報を仕入れてきたのだろうか。


1人の問い掛けに恐らく殆どが『疾風』のメンバーだろうが、対処すべきだ、理不尽だなどと言った。


また、過激なものになると、殺すべきだ、などと言う輩もいた。


別に俺はここまで言われても何とも思わないが、平穏無事でいたい学校生活に水を差されるのは、辞めてほしいものだ。


だが、ここには約数万の人質がいる。ここには流石に『透竜ドラゴン』こと樋口宗斉はいないだろう。


誰かを頼ろうにも誰も彼も監視の目がある。動けるのは俺一人・・・だ。


俺はこの時、事態がここから大きく変化するとは思ってもみなかった。

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