あいつなんて好きじゃない

nanami

8年の恋にバイバイ (1)

     ヴーヴーと携帯が鳴り響く。
着信相手は斎藤 修哉。
どうしたんだろ?こんなに朝早く。
「もしもし?」
[おー、紫穂?今日話しがあるんだけど駅前のバーで夜の9時に会える?]
「珍しいね。修哉からのお誘いなんて」
    嬉しくて、つい顔がにやける。
[今日は紫穂と付き合って8年目だし……な?]
「そっかー。もうそんなに経つんだ!了解〜!仕事早く終わらしてくるね!」
    修哉とは高校3年の夏から付き合い出して今日で8年目になる。大学を卒業してから地元は同じでもお互い仕事で忙しくてあまり会えていない。
だから今日は久しぶりに会える。すごく嬉しい。

「せーんぱい!何ニヤけてるんですか?正直キモいです。」
「わ、若葉ちゃん!?」
    私の顔を覗き込んでいるのは後輩の若葉ちゃん。
私の課の中で多分1番美人。デレデレする男性社員に見向きもしない若葉ちゃんは本当のモテ子だと思う。
先輩の私よりしっかりしている若葉ちゃんはたまに毒舌。
「いっいつからそこに!?」
「もうお昼ですよ?お腹ぺこぺこです」
     ぱっと時計を見るともう12時を回っている。
「美味しいうどんのお店を見つけたんです!今日はそこに行きましょう!」
     若葉ちゃんは食べ物には目がない。細いくせに人一倍よく食べる。
     私達は会社から出てすぐのうどん屋で昼食にすることにした。
「で?何をさっきからニヤけてたんですか?」
その言葉に心臓がドクンと脈を打つ。
「前から付き合ってた彼氏と8年目の記念日にデートすることになったの。」
私はうどんをツルツル食べながら話す。
「えぇーーー!?先輩、彼氏いたんですか!?」
若葉ちゃんのその返事に少しイラッとくる。
「っ、何よ?私だって彼氏くらいいますー」
「でも、付き合って8年目の記念日にデートなんてプロポーズじゃないですかね?」
その言葉にうどんが口から出そうになった。
「は、え、プ、プロポーズ!?」
動揺する私に若葉ちゃんは大きくうなずく。
「8年も付き合ってたらそれしか考えられません!先輩!おめでとうございます!!!」
若葉ちゃんは私の手をぎゅっと握る。
「修哉が!?そんな事するの、かな?」
「はい!私が保証します!」
そう言って若葉ちゃんはうどんの汁を飲みほした。

夜の9時
       若葉ちゃんは自分の仕事を終わらした後、私の分の仕事も手伝ってくれて約束どおり9時にバーに行くことができた。
バーの入り口の前で私は大きく深呼吸した。
若葉ちゃんの言葉が頭から離れない。
ープロポーズー
もし、そうだったら……。
私の顔が赤くなる。
もう!若葉ちゃんのバカ!
私は自分の顔を両手でパンっと叩くとバーの中へ入った。

      店の中に入るとカウンターに修哉の姿を見つけた。
少し寝癖がついているようなピョンとはねている頭に、大きな背中。その背中を見るといつもなぜか安心する。
「修哉!」
私は修哉の元に駆け寄る。
「おー、紫穂。」
電話越しでもそーだった。私の名前を呼ぶとき。はじめに必ず、おーって付けるところも。全部が久しぶりで胸が熱くなる。マスターにワイン・クーラーを頼み、修哉の横に座った。
2人で高校や大学時代の話に花をさかせていたら修哉が急に真面目な顔になり私の方を向いた。
「紫穂。」
さっきとは違く低くなった声にビクンっと体が跳ねる。
「は、はい。」
声が震える。
しばらくの沈黙の後に修哉が口を開いた。
「紫穂。ごめん。別れて欲しい。」
「私でよければー……え?」
俯いていた顔を上げると修哉は気まずそうにこっちを見ていた。
「紫穂と会えなくなってから、他の女性と付き合って妊娠させてしまったんだ。だから、別れて欲しい。その人と結婚したいんだ。」
その時パンっとした音が響た。
気づいたら修哉の頬を叩いていた。
「……と、2度と私の前に現れないでっ!」
私がそう叫ぶと、修哉はごめんと小さく呟いてバーを出ていった。
「マスター、度がうんと強いお酒ちょうだい。」
マスターは戸惑いながら
「かしこまりました。」
とだけ言ってカクテルを作りはじめた。

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