救世主になんてなりたくなかった……
第83主:シュウの部屋で
ビルルの屋敷から出ると、空は朝焼けに染まっていた。
一行は、クラウダー学園の寮にあるそれぞれの部屋に戻る。
夜通し戦っていたので、みんな疲労が溜まっている。幸いなことにシュウもビルルも今日は試合がない。そのため、今日は明日に向けての英気を養う時間に当てることになった。
シュウは部屋に備え付けられているシャワーで汚れを洗い流す。
体の水気を拭き取ると、寝るときのジャージに着替え、すぐさまベッドに寝転んだ。
目を閉じる。だが、眠れそうな気配はない。なんとかして、眠らないと明日の試合に支障をきたす。そんなことシュウはわかっている。だからこそ、意地でも寝ようとする。
コンコン。
扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい」
何者かわからないが、返事をする。
「わたしだけど、中に入れてもらえる?」
「ビルルさん? どうぞ」
何事かと思いながらも、ベッドから起き上がる。
ピンクの薄いネグリジェ姿のビルルが中に入ってきた。今の彼女は髪を下ろしているので、シュウは一瞬誰だかわからなかった。
「ごめん。起こしちゃった?」
「い、いえ、寝付けなくてどうしようかと思っていたところなので」
「そう……。わたしと一緒ね。ねぇ、少し隣いい?」
「いいですよ」
シュウはベッドに腰掛けて、許可を出す。すると、少しずつ近づいてくるビルル。いつもなら、ドギマギしてしまうところだが、今のシュウにそんな気配はない。
目を赤く腫らしているビルルの姿が視界に入ってしまったからだ。彼女がそんな状態になってしまった理由に心当たりがあるシュウは、目をそらしてしまう。
「座ってください」
「うん。失礼するね」
そう言うと、シュウの隣に腰を下ろした。
女性らしい甘い香りが漂ってくる。しかし、シュウはそんな香りを放つビルルから逃げるように、視線を彼女がいる方とは逆に向けた。
「…………」
「…………」
お互いに沈黙してしまう。そのせいで呼吸する音しか聞こえない。
「ビルルさん」
「シュウくん」
どれくらいたっただろう。ずっと無言だった二人は、どちらからともなく、名前を呼ぶ。
「あっ、お先にどうぞ」
「ううん、そっちこそ」
話を始める権利を譲り合う。
「…………」
「…………」
また互いに沈黙してしまう。しかし、すぐにシュウが口を開いた。
「……ビルルさん。すみません」
「どうして、謝るのよ……」
「謝って許されることではないのはわかっています。ですが、俺にはどんな技術もない。だから、謝ることしかできないのです」
「だから、どうして謝るのよ!」
「そんなの……そんなの、俺の指示でグウェイを壊させたからに決まっているだろ!」
「っ!」
「グウェイは魔力人形だって、言ってたじゃないか! 人間じゃない! だから、そんな簡単に復活しない! 俺はこの世界でも、完全な終わりを与えてしまった!」
「完全な終わりなんかじゃない……」
「いいや、完全な終わりさ! 修理されたとしても、グウェイは元のグウェイじゃないんだから……」
本当に短い間だけど、ビルルがグウェイを大切にしていたことをシュウは知っている。
グウェイは意思がある魔力人形だ。そんな彼が文句一つ言わず、ビルルに付き従っていた。大切にされている。それがわかっているからこそ、彼も素直に従ったのだろう。
「それなら、わたしだって悪いよ!」
「ビルルさんは何も」
「違うよ! わたしが……わたしさえがお父様の洗脳紛いのものに抗ってさえいれば、こんなことにはならなかった!」
「洗脳されていたのなら、仕方がな」
「仕方ないで済ませないよ! そもそも洗脳は意思が弱い者にしか効果がない!」
ビルルは涙を流しながらも叫ぶ。
「全部わたしが悪いのよ! 今回のことは! 全部! 全部!!」
ビルルをこのままにしておくと、全ての罪を自分で背負ってしまうだろう。
シュウは思いっきり、彼女を抱きしめた。妹である美佳にしていたように。
ビルルは抵抗せずにシュウの胸の中で泣き続けた。
︎
数分後、ビルルはようやく泣き止んだ。
「ごめんね。服汚しちゃって」
「いえ、気にしないでください。それよりも、落ち着きましたか?」
「うん。おかげさまで」
「それなら、よかったです」
シュウがそう伝えるとジッと見つめてくる。
「な、なんでしょうか?」
「シュウって呼んでいい?」
「…………はっ?」
突然過ぎて、声を出すまで少し時間がかかってしまう。
「ど、どうしてですか?」
「んー……なんとなく」
「そうですか。まぁ、好きに呼んでくれていいですよ」
「本当に?」
「はい。呼び名を強制するつもりはないので」
「そう。ありがとう。ついでと言っては何だけど、わたしに敬語を使うのはやめて」
「お断りします」
「……即答なのね」
「まだ出会って一週間も経っていませんよ」
「そう。悲しいな。わたしの方は親しくなったつもりだったのに、一方通行な思いだったのね」
「えっ? あっ、いや! そ、そんなつもりはありませんよ! 俺の方も親しくなったとは思いますよ! ですが、俺なんかが敬語をやめるのはおこがましいというか!」
「本人である、わたしが許可出しているのよ。そんな気を使わなくていいよ」
彼女の言葉を聞いて、後悔をする。
(クソッ! 選択ミスったな。こんなこと言われると拒否のしようがないじゃないか。やっぱりバカだな。俺は)
諦めてビルルの指示に従う。シュウに残された選択肢はそれしかない。
「わかり……わかった。ビルルさんに敬語を使わないように頑張る」
「できれば、さん付けもやめて欲しいな」
「ぜ、善処する」
「うん。お願い」
彼女がそう言うと、また無言の時が訪れる。だが、ビルルに出ていく気配はない。
数分経った。それでも、互いに無言を貫く。
ーーど、どうすればいいんだ!
シュウは一人、混乱していた。
シュウはこういう状況に慣れていない。だからこそ、何を話せばいいのかわからない。先程は話すべきことがあった。だが、今は話すべき内容がない。聞きたいことは色々あるが、今はそれを書くべきではないこともわかっている。だからこそ、何もできない。
そんなシュウの混乱を知らずにビルルが沈黙を破った。
「ねぇ、シュウ」
「な、なんだ?」
話を振られるとは思っていなかったので、少し声が裏返ってしまう。だが、そんなシュウに気づいてか気づかずか、ビルルは話を続ける。
「わたしのこと知りたくない?」
「へっ?」
返事を待ってくれずにシュウはビルルに押し倒された。背後はベッドだったので、痛みはない。ただ、シュウの脳内の混乱が加速した。
ビルルはシュウに馬乗りになった。
シュウは離れようと手足を動かそうとしたが、彼女に腕を押さえられ、足を絡められ、動きを止められる。
互いの体温が感じられる近さになった。
「な、何を?」
抵抗できない状態になり、シュウは声を震わせながら、彼女に質問する。
今のシュウを支配しているのは恐怖だけだ。そんなシュウにビルルは優しく笑顔を向ける。
「大丈夫。痛くないよ。ただ、少し辛いかもしれない。お願いだから、それは我慢して」
そう言って、彼女は指を絡める。指を絡められても、押さえつけられているのは変わらないので、抵抗はできない。
ゆっくりとビルルの整った美しい顔が近づいてくる。シュウは思わず目をギュッと閉じた。
額が額に触れたのを感じた。それと、同時に意識が遠のき始める。
「シュウ。それがわたしと彼の出会いだから」
ビルルの囁く声が耳を通じて、脳に届いた瞬間、シュウの意識が暗転した。
一行は、クラウダー学園の寮にあるそれぞれの部屋に戻る。
夜通し戦っていたので、みんな疲労が溜まっている。幸いなことにシュウもビルルも今日は試合がない。そのため、今日は明日に向けての英気を養う時間に当てることになった。
シュウは部屋に備え付けられているシャワーで汚れを洗い流す。
体の水気を拭き取ると、寝るときのジャージに着替え、すぐさまベッドに寝転んだ。
目を閉じる。だが、眠れそうな気配はない。なんとかして、眠らないと明日の試合に支障をきたす。そんなことシュウはわかっている。だからこそ、意地でも寝ようとする。
コンコン。
扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい」
何者かわからないが、返事をする。
「わたしだけど、中に入れてもらえる?」
「ビルルさん? どうぞ」
何事かと思いながらも、ベッドから起き上がる。
ピンクの薄いネグリジェ姿のビルルが中に入ってきた。今の彼女は髪を下ろしているので、シュウは一瞬誰だかわからなかった。
「ごめん。起こしちゃった?」
「い、いえ、寝付けなくてどうしようかと思っていたところなので」
「そう……。わたしと一緒ね。ねぇ、少し隣いい?」
「いいですよ」
シュウはベッドに腰掛けて、許可を出す。すると、少しずつ近づいてくるビルル。いつもなら、ドギマギしてしまうところだが、今のシュウにそんな気配はない。
目を赤く腫らしているビルルの姿が視界に入ってしまったからだ。彼女がそんな状態になってしまった理由に心当たりがあるシュウは、目をそらしてしまう。
「座ってください」
「うん。失礼するね」
そう言うと、シュウの隣に腰を下ろした。
女性らしい甘い香りが漂ってくる。しかし、シュウはそんな香りを放つビルルから逃げるように、視線を彼女がいる方とは逆に向けた。
「…………」
「…………」
お互いに沈黙してしまう。そのせいで呼吸する音しか聞こえない。
「ビルルさん」
「シュウくん」
どれくらいたっただろう。ずっと無言だった二人は、どちらからともなく、名前を呼ぶ。
「あっ、お先にどうぞ」
「ううん、そっちこそ」
話を始める権利を譲り合う。
「…………」
「…………」
また互いに沈黙してしまう。しかし、すぐにシュウが口を開いた。
「……ビルルさん。すみません」
「どうして、謝るのよ……」
「謝って許されることではないのはわかっています。ですが、俺にはどんな技術もない。だから、謝ることしかできないのです」
「だから、どうして謝るのよ!」
「そんなの……そんなの、俺の指示でグウェイを壊させたからに決まっているだろ!」
「っ!」
「グウェイは魔力人形だって、言ってたじゃないか! 人間じゃない! だから、そんな簡単に復活しない! 俺はこの世界でも、完全な終わりを与えてしまった!」
「完全な終わりなんかじゃない……」
「いいや、完全な終わりさ! 修理されたとしても、グウェイは元のグウェイじゃないんだから……」
本当に短い間だけど、ビルルがグウェイを大切にしていたことをシュウは知っている。
グウェイは意思がある魔力人形だ。そんな彼が文句一つ言わず、ビルルに付き従っていた。大切にされている。それがわかっているからこそ、彼も素直に従ったのだろう。
「それなら、わたしだって悪いよ!」
「ビルルさんは何も」
「違うよ! わたしが……わたしさえがお父様の洗脳紛いのものに抗ってさえいれば、こんなことにはならなかった!」
「洗脳されていたのなら、仕方がな」
「仕方ないで済ませないよ! そもそも洗脳は意思が弱い者にしか効果がない!」
ビルルは涙を流しながらも叫ぶ。
「全部わたしが悪いのよ! 今回のことは! 全部! 全部!!」
ビルルをこのままにしておくと、全ての罪を自分で背負ってしまうだろう。
シュウは思いっきり、彼女を抱きしめた。妹である美佳にしていたように。
ビルルは抵抗せずにシュウの胸の中で泣き続けた。
︎
数分後、ビルルはようやく泣き止んだ。
「ごめんね。服汚しちゃって」
「いえ、気にしないでください。それよりも、落ち着きましたか?」
「うん。おかげさまで」
「それなら、よかったです」
シュウがそう伝えるとジッと見つめてくる。
「な、なんでしょうか?」
「シュウって呼んでいい?」
「…………はっ?」
突然過ぎて、声を出すまで少し時間がかかってしまう。
「ど、どうしてですか?」
「んー……なんとなく」
「そうですか。まぁ、好きに呼んでくれていいですよ」
「本当に?」
「はい。呼び名を強制するつもりはないので」
「そう。ありがとう。ついでと言っては何だけど、わたしに敬語を使うのはやめて」
「お断りします」
「……即答なのね」
「まだ出会って一週間も経っていませんよ」
「そう。悲しいな。わたしの方は親しくなったつもりだったのに、一方通行な思いだったのね」
「えっ? あっ、いや! そ、そんなつもりはありませんよ! 俺の方も親しくなったとは思いますよ! ですが、俺なんかが敬語をやめるのはおこがましいというか!」
「本人である、わたしが許可出しているのよ。そんな気を使わなくていいよ」
彼女の言葉を聞いて、後悔をする。
(クソッ! 選択ミスったな。こんなこと言われると拒否のしようがないじゃないか。やっぱりバカだな。俺は)
諦めてビルルの指示に従う。シュウに残された選択肢はそれしかない。
「わかり……わかった。ビルルさんに敬語を使わないように頑張る」
「できれば、さん付けもやめて欲しいな」
「ぜ、善処する」
「うん。お願い」
彼女がそう言うと、また無言の時が訪れる。だが、ビルルに出ていく気配はない。
数分経った。それでも、互いに無言を貫く。
ーーど、どうすればいいんだ!
シュウは一人、混乱していた。
シュウはこういう状況に慣れていない。だからこそ、何を話せばいいのかわからない。先程は話すべきことがあった。だが、今は話すべき内容がない。聞きたいことは色々あるが、今はそれを書くべきではないこともわかっている。だからこそ、何もできない。
そんなシュウの混乱を知らずにビルルが沈黙を破った。
「ねぇ、シュウ」
「な、なんだ?」
話を振られるとは思っていなかったので、少し声が裏返ってしまう。だが、そんなシュウに気づいてか気づかずか、ビルルは話を続ける。
「わたしのこと知りたくない?」
「へっ?」
返事を待ってくれずにシュウはビルルに押し倒された。背後はベッドだったので、痛みはない。ただ、シュウの脳内の混乱が加速した。
ビルルはシュウに馬乗りになった。
シュウは離れようと手足を動かそうとしたが、彼女に腕を押さえられ、足を絡められ、動きを止められる。
互いの体温が感じられる近さになった。
「な、何を?」
抵抗できない状態になり、シュウは声を震わせながら、彼女に質問する。
今のシュウを支配しているのは恐怖だけだ。そんなシュウにビルルは優しく笑顔を向ける。
「大丈夫。痛くないよ。ただ、少し辛いかもしれない。お願いだから、それは我慢して」
そう言って、彼女は指を絡める。指を絡められても、押さえつけられているのは変わらないので、抵抗はできない。
ゆっくりとビルルの整った美しい顔が近づいてくる。シュウは思わず目をギュッと閉じた。
額が額に触れたのを感じた。それと、同時に意識が遠のき始める。
「シュウ。それがわたしと彼の出会いだから」
ビルルの囁く声が耳を通じて、脳に届いた瞬間、シュウの意識が暗転した。
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