救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第80主:ビルル救出作戦(4)

「どうして……」

 シュウは絞り出すように声を発する。

「…………」

 しかし、ビルルは何の反応も示さない。

「なにがあったんですか?」

 反応はないが、声は届いていると判断したシュウは話し続ける。

「一緒にいたサルファさんはどうしたのですか?」

 疑問を投げかける。

「…………」

 だが、返ってくるのは沈黙のみ。

「ビルルさん!」

「黙れ!」

「っ!?」

 一陣の風が顔の真横を通る。そのせいで、シュウの頬は切れ、血を流す。だが、ようやく反応したビルルからシュウは目を離さない。

「異世界人のくせに、わたしを気安く呼ぶな!」

「はっ?」

 予想外の反応。明らかにシュウが知っているビルルではない。しかし、何かを考える余裕も話しかける余裕もない。

 ビルルが反応を示した瞬間、剣先が目の前にあった。シュウは慌てて首を傾けて、避ける。だが、彼女の細剣が纏っている風が、鋭利な刃物のようにシュウの首をえぐった。

「……ぐっ!」

 予想以上の痛みに絞り出すような声が出る。

(声が出るということは喉はやられていない。なら、まだいけるっ!)

 シュウは血を流したまま、ビルルをジッと見る。そして、気づいた。

 ビルルの瞳に光が灯っていなかった。あろうことか一筋の涙も流している。

 視線を少しグウェイに向ける。彼は辛そうに目を伏せていた。

「ハハッ……。そういうことかよ」

 全てが繋がった。

「やっぱり、ビルルさんはビルルさんだ」

「黙れ!」

 ビルルは風に乗り、向かってくる。しかし、シュウは冷静に対処する。

「単調な攻撃だな。正常なビルルさんだったら、もっと複雑怪奇な攻撃してきますよ」

 ただ、切りかかってきただけのビルルの攻撃を避けた。シュウはすぐさま攻撃に転じようとする。しかし、割り込んできたグウェイに手首を持たれて、ビクともしない。

「お願いです。ビギンス様のためにられてください」

「いいですよ。ですが、それでビルルさんが正気に戻る保証があるならです」

「…………」

 どうやら保証がないようだ。シュウは自分が死ぬことに対しては、なんら抵抗はない。誰かのためなら、むしろ望んで死ぬ。それが妹である美佳を殺した、せめてもの罪滅ぼしだと考えている。

 だが、シュウは自分以外の誰かが傷つくのはよしとしない。

「保証がないのなら、絶対にしませんよ。俺が死ねば、もしかすると、グウェイさん。あなたが死ぬかもしれないじゃないですか。だから、死ぬわけにはいきません」

「ボクは大丈夫です」

「その根拠は?」

「ボクは魔力人形ですよ。だから、死ぬわけではありません。壊れるのです。そのため修理は可能です」

「…………」

 シュウは何も言わない。反論できないわけではない。しかし、今はもっと重要なことがある。

「ビルルさんの動きが止まっている……?」

 ビルルはシュウには積極的に攻撃してきた。しかし、今はグウェイもいる。彼の身体がビルルから見ると、ちょうど被っているようだ。

(なるほどな)

 シュウは理解した。彼女の行動原理を。

「ビルルさんは異世界人である俺と、この世界を不死にしたヒカミーヤさんとサルファさんには敵意があるのですね。そして、この世界の人たちは守る対象で、戦うことはできないと。まるで、防衛システムみたいですね」

「…………」

 グウェイは何も言わない。

「無言は肯定の意味ですよ」

 シュウが言うと、視界の端に金色がチラつく。その瞬間、何かがグウェイをシュウから引き剥がした。その瞬間、ビルルはシュウに駆ける。それと同時に金色がシュウとビルルの間に割り込んだ。

「ヒカミーヤさん……?」

「なんですか。その反応は。まぁ、当然ですよね」

 今のヒカミーヤは金髪だ。それは変わらない。しかし、瞳は血赤色けっせきしょくに染まり、黒いマントらしきものを羽織っている。そして、口からは鋭い犬歯が生えていた。今までの彼女も生えていたが、今はさらに大きくなっているようだ。

「ヒカミーヤは血を急に多量摂取するとこうなる。まぁ、吸血鬼だからな」

「サルファさん……。無事だったのですね」

「一度復活しただけだから、無事かと言われると微妙だな」

「そうですか」

 シュウたちはビルルを前にしながらも、話している。しかし、シュウに関しては、決して余裕があるわけではない。ただ、余裕を持っているフリをしているだけだ。

 しかし、ビルルの剣をヒカミーヤは素手で止めている。そして、鍔迫り合っていた。どうして、止めれるのか聞こうとしたが、自分がいれば戦いにくいのを知ってか、シュウはその場から離れる。

「俺は今から最低なことをする」

 宣言すると、シュウはグウェイの元へ向かう。そして、グウェイをビルルとの間に立たせる。

「グウェイさん! お願いします! ビルルさんを止めてください!」

「できません」

「ビルルさんのご両親の意思は関係ありません! あなた自身はどうなのですか!」

「できま……せん」

 グウェイは苦しそうに言う。

「そうですか……。でしたら、ボロボロになる様をそのままジッと見ていてください」

 シュウは残念そうに言う。

「ヒカミーヤさん。さらに多量の血を吸うとあなたはどうなりますか?」

「吸血鬼の力が目覚めます」

「その力はどれくらいですか?」

「この屋敷は完全に潰れます」

 その言葉を聞いて、シュウは静かに目を閉ざす。

(ヒカミーヤさんには頼らない……か。恐らくサルファさんを頼ることもできない。俺がやるしかないな)

 シュウは目を開けた。

「ヒカミーヤさん。サルファさん。グウェイさんを抑えていてください。これは命令です」

「「…………」」

 命令と言われれば、逆らうことができない。二人は所詮、肉壁だ。シュウは今まで二人を人間と扱っていたが、肉壁という事実は変わらない。

「さぁ、早く!」

 シュウが言うと、二人はすぐさま動いた。グウェイに向かって。

 当然、シュウがビルルと相対する。その瞬間、ビルルは襲いかかった。

「さぁ、最終ラウンドに突入だっ!」

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