救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第76主:作戦を立てましょう

 部屋に戻るシュウ。ヒカミーヤとサルファも今回はついてきていた。

「さ、早速、作戦を立てましょう。まぁ、お、俺にはすでにありますけど」

「言ってみてくれ」

「今回、俺が買ったのはスタングレネードとスモークグレネードです」

「はっ? なんだそれは?」

 サルファがそんな反応をするということは、最近できたモノのようだ。

「光で視界を奪う道具と、煙で視界を奪う道具です」

「なるほど。ビューハッカーとビューロストみたいなものか」

 サルファが言った、何かの固有名にシュウは眉をしかめたが、みたいと言ったということは同じ効果があることが理解できるので、とりあえずは納得した。

「そのため作戦は至極簡単です。潜入して、バレないようにビルルさんの部屋を探して、彼女を見つければ連れ出します。そして、そのままそこから抜け出します。その間に相手に侵入がバレると、視界を奪います」

 シュウの作戦にヒカミーヤもサルファも異論がないようだ。

「で、ですが、これには問題がいくつかあります」

 シュウは申し訳なさそうに、そう言った。

「屋敷の間取りを知りません。ビルルさんがあの家から逃げ出したいと思っているのかもわかりません。そして、何より家の場所がわかりません」

「根本的な問題だな」

「はい……」

 作戦を立てたとは言え、行う場所のことを知らなければ何もできない。シュウもそのことは重々わかっていた。しかし、冷静ではなかったので、今になり、ようやく肝心な情報が足りないことを思い出したのだ。

「さて、どうするか」

 シュウとサルファは考え出す。その時にヒカミーヤがそっと手を挙げた。

「ど、どうしましたか?」

「そ、そのことについては問題ないです」

「ど、どういうことですか?」

「みんながあちこちにいるので、場所の特定はできています。どこの部屋かまではわかりません。で、ですが、彼女が窓に出てくださるのなら、問題ありません」

 みんなという言葉でシュウはヒカミーヤたち魔族のことを思い出した。だからこそ、その情報は信頼できると思う。シュウが聞けば嘘を教えられる可能性はあるが、魔王であるヒカミーヤが聞けば、嘘を言うことはない。

「部屋はわからなくても大丈夫です。最悪、俺が囮になり、二人がビルルさんを救い出してくれれば」

「それだったら、オレが!」

「いえ、妾が!」

 二人はシュウが囮になってはダメだと考えているようだ。

「ダメです! こんな危険な役目を任せられないし、そもそも、二人では囮に不十分です!」

「これだと、どっちが下からわからないじゃないか!」

「どっちが下とかないのです。俺たちは同じくらい。むしろ、俺なんかよりも二人の方が上です」

 シュウは微笑む。そんなシュウの表情に二人は何も言えなくなる。

「どうして、オレたちは囮としては不十分なんだ?」

 きっと結果はわかっているだろうが、サルファは聞いた。

「お、俺が侵入したということはすぐにバレると思います。すると、短剣を持った男が侵入したと言われるでしょう。ですから、それがビルルさんに伝わると、あの人は優しいからきっと少しでも様子を伺おうとします。そこを二人に確保して貰えますから。それに俺が一人よりも二人の方が彼女を抑えることはできます」

 当然のことを聞いたので、呆れられると思っていたのか、サルファがシュウの言葉を聞き、目を丸くする。

「さて、作戦の順番を整理しますね」

 シュウの言葉に二人はコクリと頷いた。

「まず最初にヒカミーヤさんが発見したビルルさんの屋敷に向かいます」

「部屋を確認できなくて、すみません」

「大丈夫ですよ。部屋なんて簡単に見つかるものじゃないですからね」

 ヒカミーヤが申し訳なさそうに謝罪を述べたが、シュウは優しい笑みを浮かべながら、彼女を許した。

(仮にも元魔王だから、もっと自信を持てばいいのに)

 シュウは内心で苦笑を浮かべている。だが、すぐに罪を感じているから仕方ない納得した。

「次に屋敷に侵入します。恐らくセキュリティがエグいでしょうけど、幸いこの世界では死ぬことがないです。俺が囮になって、二人はビルルさんを救い出してください」

「そのことなんだが」

「どうしました?」

 突然、サルファに話を止められたので、シュウは怪訝そうに首を傾げる。

「この世界は死なない。ということはセキュリティは恐らく死ぬ系ではなく、麻痺系で。死ぬ系もあるだろうが、バカじゃない限り、そんなものは設置しない」

「そ、それはなさそうです」

「どうしてだ?」

 シュウのわけのわからない返しにサルファは自信ありげな表情を歪める。

「セキュリティがこの世界に人間に対してとは限りません。ビルルさんの家は没落貴族と言われてました。ということは元貴族なわけですよね。どうして元になったかはわかりません。ですが、可能性としては異世界人に母親が連れ去られたからということもあります。だとすると、没落させた異世界人対策はすると思います」

 シュウの言い分に二人は納得してしまいそうになる。

「だけどさ、異世界人対策とは限らないだろ? この世界の住人対策かもしれない」

 サルファの言葉にシュウは頷いた。しかし、納得できていないのか、口を開く。

「それを言うなら、この世界の住人対策とも限りません。結論なんて、現地に行ってみないとわからないです」

「たしかに行ってみないとわからない。だからこそ、両方を対処できる奴が行かないといけないだろ」

 サルファの言葉にシュウはため息をついてしまった。

「このままだと一向に結論が出ませんね。なら、最後に一つだけ言います」

 シュウの言葉にサルファとヒカミーヤは真剣な表情を向ける。

「俺は弱いです。二人と比べて断然。きっと、ビルルさんの部屋には警備員らしき人がいると思います。そうなると、俺だと足手まといになります。二人は強いです。簡単にその警備員も無力化できますよね。それに二人は変装の技術もあります。俺はそんなもの持っていないです。迅速にビルルさんを連れ出すには二人でないといけないのです。わかりましたか?」

 シュウの言葉に反論しようとしたが、何もできなくて、口を閉ざした。ヒカミーヤは少し悲しそうな表情を浮かべ、サルファは拳を強く握りしめていた。そんな二人を見て、安心したシュウは微笑む。

「今回の作戦は二人にかかっています。俺は最悪の場合、目くらましを使い逃げることができます。広範囲に効果が出ますので、むしろ味方は一人の方がいいのです」

「わかった。キチンと作戦を遂行する。だから、シュウも捕まるなよ」

 サルファの言葉にシュウは苦笑を浮かべた。
 捕まるつもりはないが、絶対に捕まらないとは言い切れない。そもそも、相手の強さもわかっていない。

(相手がいくら強かろうと俺には関係ないか。どうせ、負け戦だ。だけど、二人がビルルさんを救いさえしてくれれば、勝ち戦になる)

 シュウは二人を信頼して、ビルル奪還という役を任せたのだ。

「わ、わかりました。もし、危なくなったらこれを使ってください」

 そう言うとヒカミーヤは金色の塊を生み出して、シュウの手のひらに置く。彼女のよくわからないものの錬成に戸惑ったシュウだが、手のひらに乗った少し粘質な塊を見て、固まる。

「もしかして、コイツは」

「はい。あなたがこの世界に来て、すぐさま不死の世界と教えたゴールデンスライムの子供です」

「お、俺がコイツを持っていて、親に殺されませんか?」

「それは問題ないです。何かしようとしたら妾が追い払いますから」

 ヒカミーヤは優しい笑みで言う。そのせいで少し不気味さが浮かんだ。

「あっ、ちなみにその子はあなたに一目惚れしたチビスライムですよ」

「ち、チビスライム? ……あっ」

 会ったことがないと思い返してみると、このチビスライムは親スライムに呑まれる前に見つけたスライムだった。

「ヨロシクね」

「うおっ!? スライムが喋った!?」

 チビスライムは小さな声だが、たしかに喋った。シュウは声帯の在り処が気になるが、異世界だからという理由で答えが見つからないと考え、考えるのをやめる。

「ど、どうやって使うのですか?」

「簡単です。その子を潰せばいい」

「ええ……」

 まさかの方法にシュウは引きつった笑みを浮かべる。

「安心してください。この世に死は存在しません。それにスライムの特性上、潰せば潰すほど成長しますから」

「ま、まるで筋肉みたいですね」

「そう考えていただければ幸いです」

 シュウたちは夜に荷物が届くまで待ち、届くとすぐにビルルの屋敷へ向かった。

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