救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第73主:力を貸してくれないか?

 四人は街へと歩いていく。いつもなら転移門で移動するのだが、今回はホントに歩いているだけだ。

 ビルルが焦っている様子がシュウの目に入る。恐らく今の彼女は冷静ではない。だが、自分の言葉では、どうすることもできないシュウは考えている。
 何も言わず、彼女に従うだけ。

「ビキンス。どこへ行く?」

「っ!?」

 急に目の前に現れた、ビルルと同じ髪色と瞳の男性に彼女は息を飲んだ。

 男性は暗い赤髪のオールバックで、獣のように鋭い黒の瞳だ。そして、髪と同じ色のヒゲを顎に生やしている。

「お父様……」

「ビルルさん?」

 握っている手が震えていた。ビルルがシュウの前で初めて怯えているのがわかる。いつもどこか余裕そうな彼女だが、今はどこにも余裕が見当たらない。

「どこへ行くと聞いている」

「ご、ご飯を食べに行こうと思っています!」

 ビルルの父親は静かだが、圧が凄まじい。

「そこの異世界人と疫病神とか?」

「…………」

 ビルルは無言で、ゆっくりとだが、コクリと頷いた。

「この面汚しが! 貴様みたいな奴は消えればいいんだ!」

「まあまあ、落ち着きましょう。アナタ。彼女はルセワル家の嫡女ちゃくじょですよ。消えればルセワル家は衰退しますよ。これでもかの有名なクラウダー学園で三本の指に入る実力者。そんなものを捨てさせるほどワタクシも甘くありませんよ」

「そうか。たしかに君の言う通りだな」

 先ほどまで怒っていたビルルの父親は、突然現れた女性の言葉で収まった。

 その女性はカールがかかった長い青い髪だ。瞳はまぶたがほとんど開いていない状態なので、わからない。

「ですが、異世界人と一緒にいるのはいただけませんね。実の母親が異世界に連れ去られたというのに」

「っ!?」

 衝撃的な言葉にシュウは思わず息を飲んだ。ビルルは目を合わせようとしない。それが、女性が言った言葉が事実だということを証明している。

「そうですか。すみません。今まで何も知らなくて」

「待──ッ!」

 シュウはビルルから離れていく。それを止めようとしたビルルの腕を女性は掴んだ。

「さぁ、アナタはこちらへ、いらっしゃい」

「はい」

 ビルルはどこか寂しげに二人はついていく。シュウたちは街へと歩いていった。

「よ、よかったのですか?」

「何がです?」

「その……あの人は……」

「言われなくてもわかっています。ですが、これは俺の問題です。俺はビルルさんの気も知らずに普通に生活してきましたから」

「それはあいつが望んだことだろ? シュウが気に病むことなんてないだろ」

「たしかにそうですね。だからこそ、離れないといけないのです」

「どういうことだ?」

「このまま一緒にいると、ビルルさんが様々な人から嫌われるということです。そもそも俺と親しく時点でおかしいと気付くべきでしたね」

「お前はそれでいいのか?」

「いいも何も、これが一番正しいことですから」

「本当にそう思っているのか?」

「はい。当然です」

「そうか。ならばオレは何も言わない。だけど、それはお前の本心なのか?」

「…………」

 サルファの言葉に少し返事を迷う。

「本心じゃないんだろ?」

 彼女は優しい微笑みを浮かべ、シュウに言う。

「本心です」

「そうか」

 シュウの返事を聞いて、サルファは何かを諦めたように答えた。

「なら、シュウ。一つ頼みがある」

「な、なんでしょうか?」

「そんな身構えるな。簡単な話だよ。朝の特訓をあいつの代わりにオレにやらせてくれ」

「えっ?」

「まぁ、そうは言っても、どんな特訓をしているのかよくわからん。だけど、オレなりの特訓をしてやる。元勇者のオレなりのな」

「ならば、その特訓に妾も付き合っていいですか?」

「ああ、もちろん」

「ちょ、ちょい待ち!」

 勝手に話が進んで行くので、シュウは思わず声を上げる。

「俺、許可出してないけど!?」

「えっ? どうでもいいじゃん」

「ファッ!?」

「どうせ一人でやるつもりなんだろ?」

「ま、まぁ、そのつもりだったけど……」

「よし、ならば決まりだな」

「いやいや、二人にはビルルさんの代わりなんて務まらないから」

 シュウの言葉にサルファは眉をひそめた。

「どうして、そう言い切れる?」

「だって、二人は力を制限されているんだろ? なら、ビルルさんほど強くなれないんじゃないのか?」

「まぁ、確かにな。なら、ビルルに頼むか?」

「いやいや、して欲しいのは山々だけど無理だろ」

「して欲しいのか?」

「当たり前だろ。ビルルさんは俺の友達で師匠なんだからな」

 シュウの言葉を聞くと二人は微笑む。

「なら、救ってやれよ。あの呪縛から」

「はっ?」

「友達だったら、自分の手で取り戻せ。解放してやれ。難しく考えなくていい。誰かを救うためには自分の心に正直になれ」

 サルファは真剣な眼差しをシュウに向けながら言う。そのまっすぐな眼差しに目をそらしてしまった。そんなシュウの反応にサルファは苦笑を浮かべる。

「助けに行くなら、妾も手伝いますよ」

 ヒカミーヤも覚悟をしているようだ。

「で、でも……」

「シュウさん。何度も言ってますが、自己犠牲はやめてください。その自己犠牲で救われる者はいると思います。ですが、肝心なときまで自己犠牲を行なっていると、いずれ後悔することになりますよ。もっと、わがままになってください。自分がしたいことを叶えてください。あなたにはその権利がある」

「そんな権利、俺には……」

「ないとは言わせません。あなたは妹を殺しました。ですが、それだけです」

「それだけなわけ!」

「妾たちはこの世界の全員を不死にしました。不死は死よりも辛いことです。どう足掻いたって救いはないのですから」

 ヒカミーヤにそう言われて、何も言い返せない。彼女の言葉には実際に経験した重みがある。そして、彼女が言いたいのは簡単だ。

「だから、妾たちは自分がしたいことを叶える権利はありません。ですが、シュウさん。あなたは違います。ですから、あなたはあなたがしたいことをしてください。力不足ですが、少なくとも妾はあなたに協力します」

「オレもするから安心しろ。さぁ、シュウ。今、お前がやりたいことはなんだ?」

 シュウは少し考える素振りをする。だが、すでに心は決まっている。

「まずは腹ごしらえしないか?」

 シュウの言葉に二人はズッコケた。

「そして、次はビルルさんを呪縛から解放する方法を考えよう。実行はそれからだ。二人とも。力を貸してくれないか?」

 少し恥ずかしそうなシュウの言葉に、ヒカミーヤとサルファの二人は強く頷いた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品