救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第56主:何度目かの復活

 シュウの目から一筋の雫が流れていく。その雫が地面にポツリと落ちる。すると、動画消えた。代わりに現れたのは闇。ホントにただの闇だ。何もおかしなところはない。強いていうならシュウの存在自体がおかしなところだろう。

 もう一度、雫が落ちる。まるで水に落ちたみたいに、雫が落ちるとポチャンと音が響く。それだけだったのに彼は何モノかに足を掴まれ、そのまま水の中に引きずり込まれていく。

 彼はなぜか抵抗する気が起きなかったので、されるがままに引きずり込まれていく。

『ノロッテヤル。ツブシテヤル。コワシテヤル。フクシュウシテヤル』

 男とも女とも取れる声が苦しそうに言う。声はシュウが今いる世界全体に響いている。まるでシュウに訴えかけて、自分たちの負の考えを実行してもらおうとしているかのようだ。

 だが、抵抗などしない。あんな動画を見てしまったからには、自分たちが生まれた世界を恨んでもおかしくないと思ってしまったからだ。

「アアアアアアアアアアアア──ッ!!」

 シュウは雄叫びをあげる。その姿からは人間味を感じない。ただ、化け物にしか見えない。そんな彼を見ても、エルリアードは焦らない。ただ、冷静に対処をしだす。

「コウスター、ビルル、セインド、グウェイ。どんな手段を使ってもいい。いますが彼を止めろ」

「「「「了解」」」」

 エルリアードの指示に四人が同時に同じ返事をする。すぐさまビルルが駆け出した。目では追えないほどの速度だ。そのためビルル以外の四人は安心していた。だから、まさかシュウが彼女の動きを避けるとは思わなかった。

「ははっ。やっぱり」

 避けられたビルルはなぜか楽しそうに口角を上げる。

「さすがはシュウくんだよ!」

 彼女は楽しさを隠さずに言うと、一度、間を置く。すぐさま『加速』と言った。シュウは短剣を逆手に持った腕を前に軽く突き出し、身構える。その彼の姿を見て、ビルルは嬉しそうにした。

 彼女は地を強く踏みしめて、思いっきり蹴る。

 彼女の速度により、風が起きる。その風がエルリアードたち四人の髪を揺らす。そんな速度でも彼は避けようとしている。だが、避けられるはずもなく彼は真っ二つにされる。彼はすぐさま生き返り、同じように構える。また真っ二つにされる。

 復活。首を切り落とす。復活。四肢を斬り飛ばす。復活。心臓を一突き。復活。内臓を潰す。復活。顔だけが真っ二つ。復活。

 何度何度もシュウは殺され、復活する。しつこく繰り返す。

 外から見たらわけがわからなさすぎる。普通は死んだら怨念という呪いは解けるはずだ。だというのに一切解けない。何度も死んでいるのにだ。その二人の光景を見ていて、我慢できなくなったのか四人はビルルの救援をしようとする。

「邪魔しないで!」

 だというのに彼女は四人のことを邪魔だと言う。そう言われれば援護できない。普通なら彼女の意思なんて無視すればいいはずだ。だが、四人が揃いも揃って、何か考えがあるのだと予想する。

 シュウは何度目かの復活を遂げる。

「ああああああああああああああ──ッ!!」

 叫ぶ。二人の一方的な戦いを見ている者たちはシュウの今の状態に違和感を抱く。

 彼はまた構える。その彼を見て、ビルルは笑みを浮かべる。冷徹な笑みではなく優しい笑みだ。化け物に向ける笑みではない。

 ビルルは駆ける。音速を超える速度だ。彼女は自分の体にだけ、薄い結界を纏う。その結界は彼女を重力の影響を及ばないようにしている。Gなんてものは今の彼女には何の役にも立たない。

 シュウは彼女をジッと見ている。だが、今の彼女は音速を超えるため、見えたとしても一瞬だけ。

 ビルルは血塗れの鉄扇を彼の頭めがけて、振り下ろした。だが、彼は横に避ける。鉄扇はそのまま地面に向かったが、彼女は楽しそうだ。

「やっぱり……飲まれていなかったね」

「…………」

「無言は肯定の意味よ」

「ハハッ。バレてましたか」

「やっぱり」

「一体いつからわかってました?」

「武器を構えた時点で。普通は意識を飲まれていたら、武器を構えるなんてことはできないからね」

「ほぼ、最初からですね」

「でも、どうして飲まれているフリなんかしたの?」

「そうしないとビルルさんは本気で戦ってくれませんから。特訓の前の特訓の時は、かなり手加減してくれたことがわかってましたから。ですが、バレていたのなら意味を成さなかったですね」

「でっ、シュウくん。どうして反撃しないの?」

「しないではなく、できないの間違いですよ」

「へぇー。わたしの本気の攻撃を避けられるのに反撃できないと」

「ど、どどどどうしてそんなにも怒っているのですか?」

「いやぁ。ナメられたことを言われたからね」

「えぇ〜」

「よし、教育が必要そうだね。今から少し教育するから覚悟して」

「その教育って、絶対に肉体的にですよね?」

「教育その一! 攻撃を避けたらすぐさま反撃!」

「えっ、ちょっ! まっ!」

 シュウは死を覚悟した。しかも、凄まじい痛みを感じての。

「落ち着こう」

 セインドの声が聞こえたかと思うと、シュウが薄い水色の膜に覆われる。傷は癒え、汚れは落ち、服は元に戻っていく。外部からの干渉も受け付けない。

「何のつもり?」

 ビルルはセインドをキッと睨む。

「彼は正気だ。正気の人に攻撃するのはボクは好かない」

「これは特訓だから、また別よ」

「そうか。なら、ボクは君と戦う羽目になっちゃうな」

「ハッ! 望むところよ」

「はい、そこ。落ち着け。今から、シュウくんに色々と事情聴取するから、ジッとしていろ」

 エルリアードが命令すると、二人はホントにジッとする。まるで拘束されているかのように動かなかった。

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