救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第53主:異世界人襲来

 シュウが意識を取り戻したのは実習の時間が終わってからだ。

「あっ。目が覚めたか」

「サルファさん……」

 目を開けるとサルファが声をかけてきたので、シュウは名前を呼んだ。そして、ふと疑問を抱いた。
 今は寝転がっているはずだ。だというのに彼女と目があっている。それだけではなく頭の後ろに柔らかな感触もある。

 結論は出ている。出ているが、心が反応しない。特に何も感じていないのだ。心の底ではサルファのことを男と認識しているのかもしれない。だからこそ反応していないのだろう。そうでないと今の状況を理解できないのだ。

 今、サルファに膝枕をされているのに何も感じていないという状況を。恥ずかしさが生まれないという状況を。

「あ、ありがとうございます」

 彼は平然とお礼を言い、彼女の膝から起き上がった。

「ダメだっ!」

「えっ? ちょっ!? 何があったのですか!」

 起き上がった瞬間に目を隠されたので、シュウは慌てる。

「今はジッとしていて……」

「か……はっ!!」

 女性の声。明らかに何か起きていると感じ取った彼はサルファを押しのけて目を開ける。目の前では一人の女生徒が見たこともない服装の男たちに首を絞められている。

「…………はっ?」

 目の前の光景が理解できなくて、思わず声を漏らす。

 男たちの服装はシュウが知っている軍服に見える。だが、違うことはわかる。基本は黒だが、白い縦線が肩の部分から足首まである。その線は正面ではなく側面に描いてある。真っ黒な帽子を被っているが、ツバはあるかわからないほど小さい。

「まさかコイツら!」

 シュウはある予想を立てた。相手は異世界人。自分とは別でこの世界のことも知っている異世界人。この世界の人間を奴隷にする異世界人。

 許せない。その一心でシュウは駆ける。特に深い関わりがなくても救えるのならば救う。男女問わずにだ。彼はそう考えている。そんな彼を見て、サルファは彼の意志の強さを感じ取り、止めようとしない。

 彼女が手を開くと二振りの短剣が開いた手に現れる。

「シュウ!」

 片方だけ短剣を放り投げる。

「助かる!」

 短剣を受け取る。受け取った短剣を逆手に構えて、すぐに駆け出す。

 相手はシュウのことに気づいていない。そこに付け入る隙がある。シュウはとりあえず女子生徒に一番近い異世界人の首を刈り取りにいく。そこに躊躇はない。躊躇なんてしていられない。普段は命を奪うことに抵抗があるが、今は違う。躊躇をしていれば誰も救えない。たとえ、どれだけ自分のことを嫌っている人でも、シュウは助ける。助けないと自分に罪が増えていく。彼はそう考えている。

 今の彼にすれば殺生が罪ではない。救えないことが罪なのだ。いずれは殺生をしたことに罪悪感を覚えるだろうが、今さえ良ければいい。救えるものは救う。

 男の首に背後から短剣を突き刺す。肉を切る感触が凄まじいほど伝わってくるが、相手は恐らくすぐに絶命する。首には脳に繋がる神経が通っている。切られれば脳の活動は停止して死が待っているのみ。

 もちろん首なので血が多量に出る。シュウはその血を浴びる。だが、気にしていないようだ。すぐさま他の人に気づかれる前に標的を変え、同じように進む。今度も近くにいた人間だ。相手は女らしいが気にしない。今の彼にとっては敵で間違いないのだから。

 同じように首を短剣を振り下ろす。だというのに背後に目があるのか相手に止められる。しかも、持っているのが拳銃なのでピンポイトでないと防がれない。だというのに一切確認せずに銃身で防がれた。すぐに銃を軽く回転させて、銃口をシュウに向ける。撃たれると判断した彼は迅速に彼女の足を払い、後退する。

 いつもの彼なら銃口を向けられただけで怯む。ましてや足払いをして後退なんて芸当はしない。明らかにいつもの彼ではない。相手を殺すという覚悟をしただけで、彼は戦闘慣れしているみたいになった。

 だけど、未だに女子生徒は救出できていない。救出できないと、たとえシュウが生きていても敗北だ。

「へぇー。君、あたしのところに来ない?」

「…………」

「無視……か……。さみしいなぁ。さみしいなぁ! あっ! そうだっ!」

 シュウに話しかける敵の女。彼は無視を続けていると、何かを思いついたのか声をあげた。

「ゴー」

「おっ? マジですか。隊長。ここでいいのですか?」

 敵の女が何かを言うと女子生徒の首を絞めていた男が反応する。何が今からされるかわからないが、予想はつく。

 シュウが絶対に許せないこと。

 彼はそう考えているが、実際のところはやるまでわからない。だが、悪いことをする。これは明白だ。

「断る」

「だろうね。まぁ、わかりきっていた答えだけど。さて、今からすることを君は何もできないまま見ればいい」

「そんなのするわけ」

「するよ。ほら。君はもう捕まっている」

「な、何をした!?」

 何もしていなかった。ただ、会話をしていただけだ。だというのにシュウは気がつかない間に四肢を紫色の電気が走っている輪っかで捕らえられていたのだ。しかも、その輪っかは電磁石のようで、彼の体は近くにあった壁にはりつけにされている。一切身動きが取れない。

「何って簡単なことさ。瞬間移動をさせて君の四肢にはめただけさ。もちろん、君が見えないところでね」

「どうやって!」

「科学の力をナメないで。これくらい造作もないこと。あたしたちの世界には死なない働き者がいるからね。それじゃあ準備できた?」

 男はぐっと親指を立てる。

「じゃあショーの始まり始まり〜」

 女が言うと男が小瓶に入っていた白色の液体を口の中に含むと女子生徒にキスをした。口に入っている液体を彼女の口に無理矢理流しこむ。すると、彼女の全身が一度、ビクンと跳ねる。次の瞬間に彼女は何を思ったのか自らの手で服を脱ぎ始める。

 それをシュウは間近・・で見た。

「っ!? いつの間にっ!?」

 女が声を出した時には既にシュウは女子生徒を抱きかかえて、先ほどの地点から離れていた。

「悪い、シュウ。少し手間取った」

「いや、ギリセーフだ。サルファ。それで他のみんなは?」

「無事だ。あとはこの子だけ」

「わかった。なら、任せる」

「うーん。それは無理みたいだ」

「どうしてだ?」

「今、彼女の身体を支配しているのは媚薬。しかも、異世界のだ。さすがのオレでも異世界の薬をどうにかすることはできない。それに効果はどうやら性的感情の増大。証拠に自ら服を脱ぎだそうとしたし、男にキスされて興奮していた。それに今もシュウに抱きかかえられて興奮している」

「マジで? でも、それと何の関係が?」

「今の彼女は男と一緒にいないとダメな体になっているということ。認めたくはないが今のオレは女だ。彼女が暴れ出す可能性があるからこそ、任せてもらうことはできない」

「わかった。ならば、せめて」

「言いたいことはわかっている。だが、どうなるかわからないぞ。シュウは一応異世界人だから拒否反応が起きるかもしれない」

「それでも倒すためには必要なんだ」

「わかった。なら、準備する。それまで耐えていてくれ」

「マジかよ……」

 サルファの無茶振りにシュウは困惑の表情を浮かべてしまう。だが、今はそうするしかない。

「一体なにがあった!」

「簡単な話だ。サルファに念話で指示を出した。他のみんなを救ってから来てくれってな。もちろん、彼女だけじゃなく色んな人に手伝ってもらった。周りを見てみろ。いるのは二人だけだろ?」

 時間稼ぎのためシュウはネタばらしをする。そもそもバレてもどうしようもないのだ。相手は異世界人。念話なんて使えない。無線機があるから、そもそも必要としていない。

 シュウのネタばらしの確認のために二人は周囲を見る。彼女たちの認識では、先ほどまで百近くはいた。だからこそ、今の二人とシュウたちしかいないことが不思議で仕方がない。

「これが魔法か……。ますますこの世界の人間が欲しくなったじゃない。でも、今日はお暇する」

「させると思うか?」

 言ったかと思うとシュウは男を蹴り、女へ衝突させた。

「今からお前たちを殺す」

 殺す発言を聞いて、二人ともニヤリと醜悪な笑みを浮かべる。

 止まっていた戦闘が再開された。

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