救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

第52主:実習室

 授業は着々と進んでいく。シュウも文字が読めて書けるようになったので、何一つ問題ない。ただ、彼が使えない魔力の話ばかりなので、特に意味もない。だというのに彼は淡々と何一つ文句言わずに受けている。

 隣に座っているサルファは自分が知っていることと色々と違うのか目を輝かせている。そんな彼女を見て、彼は少し微笑ましく思う。

「さて、今から実習室に行きます」

 どこに行くか、わからなくてシュウは少し戸惑ってしまう。そんな彼を周りはあざ笑うかのような表情で見る。そもそも今回の担当の教師自体も異世界人に恨みがあるようで、生徒たちと同じようにあざ笑うかのような表情を浮かべているのだ。

「シュウくん。場所わからないよね? 案内するよ」

「あっ、お願いします」

 ビルルは周りのことをキッと睨みながら彼に話しかける。彼女の睨みを見て、教師を含めてほとんどが怖気付く。シュウは彼女の睨みは怖くないと思っている。そもそも自分のためにやってくれたことなので、彼にしたら怖がる理由がわからない。


 ビルルに案内されて実習室に着いた。だが、シュウが想像していたものとは違った。

「ここが実習室……」

「言いたいことはわかるよ。闘技場にしか見えないんだよね。地面のそこら中に血のシミがあるから仕方ないよ。でもここは実習室だよ。いや、正確には実戦室かな。ここでは頻繁に怪我人が出るからね。それに殺し合う場所だからね。その点においては闘技場とはあまり変わらない。でも、ここは使う時に申請がいらないから誰でも気楽に使えるのよ」

「ということは俺があの人と戦った場所は申請が必要な場所ということですか?」

「そういうこと」

「その申請にお金は」

「そりゃあかかるわよ」

 ビルルの言葉を聞いて、シュウは素直にコウスターに感謝する。シュウを晒しものにしようとしていた。これは間違いないが、彼女は金を払うように要求しなかった。それに普通にちゃんと戦ってくれた。元々、信用がなかった。だが、彼女と戦ったおかげで何人かは恐怖で何も手を出してこない。正直、今まで絡んできたのは一人の男子生徒だけ。恐らくはあのまま何もないまま学生生活を送れば、もっと酷いことになっていたに違いない。

「それでは今から魔法実践をする。確実二人一組になってくれ」

 シュウはビルルと組もうとするが、彼女は強くて人気。すぐにペアができる。このクラスの人数はサルファを除くと偶数なので、必然的に他の人間と組まないといけない。それで余ったのが、シュウを嫌悪しているあの男子生徒。彼はニヤリと笑う。

「そういえば名乗っていなかったな。俺様の名前はグリートエクスト・K・ナタルファ」

「なぜ名乗る?」

「貴様を殺す相手の名を覚えさせるためだからな!」

「まぁいいや。さて、どこからでもかかってこい」

「ケッ! 随分威勢がいいじゃねぇか。なら、お望み通り殺してやる!」

「シュウくん。特訓の成果見せてあげて」

 ビルルに大きめの声に言われて苦笑を浮かべる。彼女に勘付かれていたのかはわからない。だが、シュウは普通に攻撃を受けて死のうと思っていたのだ。しかし、ビルルの言葉によって、それができなくなった。成果を見せないとビルルに恥をかかせることになる。自分自身だけなら、問題がないが他人が関わってきたとすると、シュウは他人を優先する癖がある。その癖を利用された。

 シュウは身構える。特訓の成果である回避をするためだ。

『我は漆黒の王なり』

 グリートエクストが詠唱をしだす。先ほど彼が発した言葉はたしかに授業で習ったことと全く一緒。しかも、ジッとしながら唱え出す。

 詠唱の邪魔するのは申し訳ないと思っているシュウは、その場で身構えることに徹する。ホントの戦闘ならこの時点でおしまいだ。

『汝の光を闇で覆い尽くす。光は闇に捕食され、存在し得ない。闇の力は最大の攻撃であり、最強の防御。発動。ダークリセット』

 詠唱が終わるとグリートエクストの身体が闇に包まれる。すぐにシュウへ向けて駆けた。尋常ではない速さ。普通なら対応できない。だが、シュウは違う。朝のビルルとの特訓のおかげでむしろ遅く感じる。ビルルの方が速かった。それも圧倒的に。

 正直ここまで来ると、ビルルの才能には脱帽ものだ。実際にビルルは実習だというのにずっと、シュウたちのことを見ている。片手間という感じだが、無詠唱で闇を纏っている。自分自身にではなく武器にだ。しかも、武器も複数の短剣を投げて、相手を見ずに手首を動かして操作しているのだ。短剣は手首が向いた方へ進む。

 ビルルは見ていないというのに的確に相手のいる場所へ向かっているのだ。ビルルのパートナーはその対処に必死で彼女の行動に注意する余裕はない。

 シュウはグリートエクストの攻撃を難なく避ける。そんな彼の動きにグリートエクストはイラつきを表に出す。シュウからしたら彼はいつもイラついているので、特に問題ない。いつも通りとしか思わない。

「逃げるな!」

「悪いな! 今回はできない!」

「朝のようにさっさと死ねよ!」

「っ!?」

「ん? 朝のように?」

 墓穴を掘ったグリートエクストにシュウは駆ける。彼はシュウが突然、向かってきたので反応に遅れてしまう。だが、グリートエクストの方が魔法で身体を強化しているので早い。シュウは彼に地面に叩きつけられた。

「カハッ!」

 肺の空気が一気に抜けたせいで、一瞬だけシュウは意識を失いかける。だが、なんとか保てた。そんなシュウを逃すほどグリートエクストは甘くない。

 彼は地面に倒れ伏せたシュウの頭を踏みつける。魔法で身体能力が上がっているせいか、シュウの鼻はすぐに折られる。だが、シュウは叫ばない。下唇を噛み締めて、なんとか耐えきった。そんな彼に追い打ちをかけるようにグリートエクストは、さらに強い力で踏みつける。

 顔の骨がミシミシと悲鳴を上げ出す。だが、シュウは耐える。声は絶対に上げない。

 これでこの世界の人のストレスが低下するならば謹んで受け入れる。自分は関係ないが、この世界の人に異世界人はひどいことをした。いや、現在も恐らくはしている。この世界の人々にとって、どの世界の異世界人も最低最悪な存在でしかない。自分も異世界人。やっていることを知らなかったとはいえ、この世界の人々にとっては一緒。

 痛いと声を上げたいが、自分にはそんな資格がないとシュウは思っている。いや、知っている。ただ、死を受け入れるのみ。どうせこの世界では死なない。殺人なんて日常茶飯事だ。些細な喧嘩でも殺す。死がないからこその日常。自分も死なないと既に知っているため受け入れているのだ。肉体的なダメージは我慢すればいいだけの話。

『我が身は金属。全てを潰すほどの重さ、どんな時にでも対応できる柔軟さ。我は金属。アイムメタル!』

 グリートエクストが呪文を唱え、魔法を発動させた。恐らく自分の身を金属のように変える魔法だ。実際にシュウの顔にかかる重量は増えていっている。おかげでもうそろそろ顔が潰れるだろう。シュウはその瞬間を待つことにした。だが、その瞬間はすぐに訪れた。

 顔が潰れて、血を辺りに撒き散らしたと共にシュウの意識は途絶えた。

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