救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

無償の愛というものは存在しない

 一人の少年は愛を一切貰っていない。でも、仕方のないことだ。

 無償の愛というものは存在しない。絶対に何か見返りがないと愛は生まれないのだ。
 人間は自分が幸福に満たされるから愛を与える。何も感じなくなったら愛なんて生まれない。
 人間の中のサービス業や農家などの職業についている人はお金が貰えるから愛を込める。
 動物は自分が甘えたりするとご飯を貰える可能性があるから愛が生まれる。

 だから、誰も幸せにしない少年は誰からも愛を貰っていない。それは家族からもだ。その証拠に父は家に帰ってこなくて、母はたまに帰ってきては彼に暴力を振るう。昔にレイプされて精神が病んで情緒不安定の妹は言わずもがな。

 彼に愛を与える人物はいない。だけど、愛をもらえないからと言って与えないということはない。父と母はどうでもいいが、妹は家族として愛している。自分にそう言い聞かせている。でも、それは兄だからという義務感と、妹を救えなかったという罪悪感から来ているもの。彼は心のどこかでそれを察している。

 だからこそ、妹の世話をしているのだ。お金は親がくれないのでアルバイトで、二人が普通に暮らせるくらい働いている。つまり、複数のアルバイトを掛け持ちしているのだ。

 一応高校には行っているが、アルバイトで休みがちだし、行ったとしても遊ぼうと言われても、必ず断るから友達は一切いない。

 そんな働きすぎの少年が全てのバイトを辞めた。理由は単純だ。生きるのに疲れたからだ。実際に家で、少年は今、二年前に無理して買ったスマホで自殺の仕方を調べている。そんな時に少年の部屋に続くふすまが開けられた。母は帰っていないので、そんなことする存在は一人しかいない。

「おにいちゃん!」

 精神が病んでいる妹しかいない。少年とは誕生日的には二つしか離れていないので、中学三年の十五歳。しかし、精神年齢は幼稚園児くらいまで下がる。そのため、まるで語尾に音符でも付くかのようなテンションで抱きついてきた。

「どうした?」

 少年は普通にそれを受け入れている。突然、彼が見ていたスマホを取り上げた。

「あっ! おい!」

 自殺の仕方を調べている画面を見られてしまった。きっと不安になると考えたので、誤解ではないが、誤解だと伝えようと口を開けた瞬間に、そっと両の手首を掴まれた。そのまま引かれたので押し倒すような形になってしまう。

 そして、掴まれた手は妹の首を抑える形になっている。

「ご、ごめん! ……っ!?」

 すぐさま謝り離れようとしたが、離れられない。妹にこんな力があるなんて彼は知らなかった。でも、彼女がレイプされるよりもずっと前に、少年のマネをするかのように武道を初めて、少年よりものめり込んだからあってもおかしくはない。

「おにいちゃん……。みかをころして……。おにいちゃんがいなければ……、みか……いきていけないから……。それとゴメンね。せわをかけて」

「どうして……。どうして笑った顔で泣いてんだよ……! 死にたく……ないんだろ! ならっ!」

「ううん。しにたいよ。だから、はやく……」

 先ほどまで絶対に言わなかった妹の言葉を聞いて、首を絞める手に体重をかける。

「待っていてくれよ。兄ちゃんもすぐに逝くから」

 それから一分近く涙を流しながら、首を絞めていた。途中で妹が力尽きたが、それでも絞め続けた。自分の罪を体に染み込ますように。

 少年は妹を担ぎ、自分の部屋ではなくて玄関近くのリビングに転がす。そして、少年は裸足でその家から出ていき、近くの大きな丘に向かった。その時の彼の手には大きめのスコップが握られていて、ポケットには通帳が入っていた。

 少年が向かった丘はまるで丘の周囲を神が見守っているかのような神々しさがある。そのためか聖なる場所として基本は誰も立ち入らない。

 だからこそ少年は大きめのスコップで地面を深く掘っている。掘り起こした土は来る途中でお金を引き下ろして買った糸が付けられている、板の上に置かれている。

 ちなみに通帳は糸を買ったコンビニのゴミ箱に捨てた。

 少年は一日中、掘っていた。そのおかげで翌日の夜には人が三、四人入れるほど大きな穴ができた。そんな穴に少年は入り、寝転がった。

 右手を伸ばしながら空を見上げると星空が広がっていた。彼が住んでいる町は田舎でも都会でもないという中途半端な場所なので星空も中途半端だ。いつもと代わりもしない。

 だからか、フッと微かに笑う。そんな彼の右手には束ねられた糸が握られている。それを先ほどよりも強く握る。そして、少し思いがそのまま引いた。

 すると、板が穴の中に落ちてきた。それと同時に土も落ちてきた。その土は全て、一日かけて彼が掘り起こした土だ。その土が彼を埋める勢いで落ちてくる。

 彼は昔、罠を作るのが得意だった。簡素なものから人をいたぶることができるものまで、様々な罠を作るのが得意だった。そんな彼が作った罠だ。逃げ出すことは不可能に近い。だからこそ、彼は自らが作った罠から逃げようとしない。それで死のうとしているのだ。

 だから、人が多々いるのが年に一度しかない丘を選んだのだ。ちなみにその年に一度は一昨日にあった。つまり、一年ほどある。

 そ彼が作った穴を見つける間に地中に暮らしている様々な生物が、彼の肉を食らう。そして、草が生えて掘り起こしたことがわからないようになる可能性もある。ちなみに今の時期は梅雨なのでジメジメとしているため、すぐに骨は腐る。

 それらを全て考慮して彼はこの罠を選んだのだ。口の中に土が入ってきて、彼の体内に侵入して行く。本能的に吐き出すがすぐにまた入り込んでくる。逃げることは不可能だ。そして、実妹を殺した罪を償うために苦しんで死ぬ方法を選んだ。

 ーー待っていてくれよ。今から俺もそっちにいくからさ。それと愛をお前にくれなかったあいつらに後悔させるようにしたから。安心してくれ。
 普通ならお前は愛を受けないといけないのにな。俺もお前を愛していたかと聞かれると怪しい。ただの義務感だった可能性がある。愛を与えてなかったかもしれない兄を許してくれよ。どうか安らかに眠ってくれ。
 そっちにいくと言いながらも、天国と地獄があったとしたら俺は地獄だろうな。つまり俺はそっちにいけないかもしれない。だから、そっちで俺のことなんかは忘れて幸せになってくれ。

 時間が経つにつれて薄れゆく意識の中で妹への謝罪と言いたいことを心の中で伝えた。伝わっているかわからないので、最後に彼は自己満だなと思いながらも、死を受け入れた。

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