救世主になんてなりたくなかった……

臨鞘

あなたにとっての【死】というものはなんですか?(シュウの場合)

 暗い世界で少年はポツンと一人でいる。服は死んだ時と同じようだ。でも今、なぜか何もない暗闇を歩いている。しかし理由は単純。誰が、どこからかはわからないが、呼ばれている気がしているからだ。妹かもしれないという淡い期待を胸にいだきながら、歩き続けている。

 ホントはどれくらい経ったかはわからない。少年の体感時間にすると数分間歩き続けていると一筋の光が遠い場所に現れた。
 彼はその光に吸い寄せられているため、まるで夜に自販機などの灯りに吸い寄せられる昆虫類の気分だ。それと同時に呼んでいるのはあの光だということがわかる。だからと言って歩みを進めるということはない。

 もしかすると、何かしらの罠が仕掛けられているかもしれないからだ。そのため少年は慎重に光に近づいて行く。そうしたはずだった。

 すると突然、眩しいほどの光が視界に入ったので目を閉じる。同時に既に光の中にいることがわかった。少し光に慣れたので目を開けると長い銀髪で、緑色の瞳で、たれ目気味の女性がいた。彼女の服装は天女のようで、主は紺色だが、花火が描かれている着物と桃色の羽衣がある。
 しかし、どういうわけか生地が薄すぎるのか、微かに透けている。そのため大きくも小さくもない胸が見えて、下着を着けていないことがわかる。

 それだけでも充分に顔を背ける案件だが、目と目が合ったので少年にしたら、それが一番の問題なので顔を背ける。

 少年は軽度のコミュ障だ。でも、仕方ない。仕事以外で人との関係は妹以外はないのだから。

「灰色に近い黒髪。長さは前髪は目を隠すほど。後ろ髪は首の真ん中よりも少し下。横髪は耳を隠すくらい。瞳の色は青みがかった黒。身長は174cm程度。体格は細身。顔は可もなく不可もなく。だけど、どちらかと言うとイケメン寄り」

 女性は少年を見ながらそう言い、彼の服をまくり上げて、顔を背けている少年の体を見る。

「だからと言って筋肉はないというわけではなく、むしろ、同身長で同体格の同年代の一般的な同性と比べたらある方」

 少年の体を見ながら、彼女は語る。そんな女性から距離を取るために、後ずさりする。しかし、すぐに追いつかれる。

「名前を聞いてもいいですか?」

 優しい口調で女性はそう言いながら、両手で彼の頬を挟み、強制的に目を合わせられる。その瞬間に彼は目線だけでも逸らす。それでも女性は顔を動かしながら、合わせてくる。

 まるで脅迫されているような恐怖を覚える。そのせいで心臓の鼓動が早まる。もちろん、恐怖だけでもなく恥ずかしさなどもある。しかし、ほとんどが恐怖を占めている。

「お、お、お、お ……いや、ぼ、ぼ、ぼ、僕のな、名前はあ、朝夜あさや……しゅ、主宇しゅう……です」

「喋るのが苦手で人が怖い。名前は朝夜主宇。はい。問題ないですね。さて、色々と不便ですから、人に対する恐怖心を取り除きましょう」

「っ!?」

 彼女は額を彼の額にコツンと合わせる。そのことに驚き、少年──朝夜主宇は息を呑みながらも目を見開く。彼女の瞳を覗いた瞬間に彼女は離れた。

「それではここから少々質問をして参ります。よろしいですか?」

「はい。……えっ?」

「どうしましたか?」

「どうして俺……僕は普通に話せているのですか?」

「俺で大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。でしたら、そうさせていただきます。それと俺の質問にお答えください」

「簡単ですよ。そういう能力を授けただけです」

「もう死んだのにですか?」

「はい。どうやら、死を認知しているようですね。それではお聞きします。転移や転生などは求めないのですか?」

「俺はそんなことをしてもらえるような人間ではないですし、妹にも早く会いたいですからね。それに自殺を選んだのですから、望みませんよ。そんなこと」

「それはスゴく困るのですが……」

「はい? 一体どういうことですか?」

「実はわたくしは女神なのです」

「そうですか」

「えっ? 驚かないのですか?」

「雰囲気的にそんな感じかと……」

「そうですか。まぁ、女神と言いましてもまだ見習いですけどね。ですから、あなたがその……私の初めてなのです」

 女神は頬を赤らめ、微かに視線を逸らしながら、そんなことを言う。そのせいで主鵜は別の意味を想像して、妙に恥ずかしく思った。

「ですから! 失敗はできないのです! どうか協力してください! お願いします!」

 女神なのに彼に頭を下げた。そのせいで彼はあたふたし始める。

「顔を上げてください!」

「でしたら!」

 女神の表情がパァ! と明るくなる。

「お断りです。俺は妹に会えて地獄に落ちたらそれでいいのですから、異世界に転移や転生などは絶対にイヤです」

「そんなぁ……」

 ションボリしたが、こればかりは主宇の方も譲れない。

「それにしても先ほどが妹、妹とよく言っているのですが、もしかしてシ」
「シスコンじゃないです。ただ、俺が愛を与える相手がの妹だけなのです」

「やはり、シス」
「シスコンじゃないですよ。ただ、俺のことを愛する人なんて誰もいないですし、妹はとして愛しているだけです」

 彼は家族という単語を強調する。さすがにそこまで強調されると認めるしかないと女神は考えた。

「わかりました。最後の質問です。これが終わればあなたを地獄に案内します」

「妹には会えないのですか?」

「はい。彼女は天国行きですから、あなたに会う権利はないです」

 妹に会えないことを伝えられたが、普通に納得できる回答だったので、彼は頷いた。

 ーー約束守れなくて、ごめんな。そっちで幸せに暮らせよ。きっと優しい人ばかりだからさ。お前を大事に思ってくれる人もいるだろうから、そういう人と仲良くなれよ。俺のことなんか忘れてさ。

 彼は心の中で妹に謝罪をして、心から幸せを願った。

「それでは最後の質問です」

「もう最後ですか? 質問が少なかった気がしますけど」

「はい。最後です。聞きたいことは一通り聞けましたので」

「わかりました。その質問に答えると地獄に送ってくださるのですね」

「はい。地獄に送らせていただきます。……ある意味での地獄ですが」

「最後の方に何か言いましたか?」

「いえ。何も」

「そう……ですか」

 確かに何か言っていたんだけどなと疑問に思いながらも、納得したような素振りを見せた。

「それでは最後の質問です。あなたにとっての【死】というものはなんですか?」

「……はい? その質問の意味はあるのですか?」

「いいから答えてください」

 女神が先ほどとは違う、怒っているかのような低い声で言われたので素直に頷くが、あごに指を当てて、悩んでしまう。

 ーーここはふざけた回答をすればいいのか? それとも真面目に答えればいいのか? この質問で女神様は何がわかる? …………ダメだ。いくら考えてもわからん。ここは真面目に答えるしかないな。

 恥ずかしいことを言うかもしれないので、彼は意を決した表情をする。

「俺にとっての【死】というものは、誰もが通る最後の道です。結局のところ人は全員死んで無にします。俺のように神に出会うこと自体がおかしいです。それと今まで言っていたことと矛盾するかもしれませんが、死後は天国や地獄なんて存在しない無です。
 天国や地獄は生きている人間が勝手に想像して造ったモノです。『死んでも幸せになれる』や『死んで詫びろ』なんてセリフは全て嘘です。結局、無に帰すのですから。ですから、今の俺の状態は謎です。どうしてこんなことになっているのか。俺に何の価値があるのかという部分全てがです」

 主宇は少しズレたが【死】について、なんとか伝えたが、久々、あるいは初めてこんなに喋ったので少し疲れた。

「俺の意見は以上です」

「そうですか。やはりあなたは適任ですね。【死】についての意見をすぐに言えるのですから」

「何に適任ですか?」

「救世主」

「………………はい?」

 唐突に言われた救世主という単語に主宇の思考が停止してしまう。それがダメだった。

 主宇の足元の床が突然、光りだす。そのため何がどうなっているのか聞こうとするが、言えなかった。

「あなたにはとある世界を救ってもらいます」

 女神が宣言するかのように声を大にして言うと、視界が光に埋め尽くされる。

「その世界は……」

 女神の言葉がそこで途切れた。……いや、口が動いていたから違う。

 途切れたのは朝夜主宇の意識の方だった。

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